地球ことば村
言語学者・文化人類学者などの専門家と、「ことば」に関心を持つ一般市民が「ことば」に関する情報を発信!
メニュー
ようこそ

【地球ことば村・世界言語博物館】

NPO(特定非営利活動)法人
〒153-0043
東京都目黒区東山2-9-24-5F
http://chikyukotobamura.org
info@chikyukotobamura.org

ことば村・ことばのサロン

2013・5月のことばのサロン
▼ことばのサロン

 

「アイヌの口承文芸―その諸相と継承運動」


● 2013年5月18日(土)午後2時-4時30分
● 慶應義塾大学三田キャンパス南校舎464教室
● 話題提供:中川裕先生(千葉大学)


中川裕先生


講演概容

 千葉大学の中川と申します。今日はアイヌの口承文芸についてお話をするということなので、二つに分けまして「諸相と継承運動」というタイトルにいたしました。諸相というのはアイヌの伝統的な口承文芸にどういうものがあるかという話です。そちらが半分で、もう半分は現在どういう形でそれが継承されようとしているかという話をしようと思いますが、どちらかというと後半の方に重きを置いてお話します。


アイヌ口承文芸の諸ジャンル

 アイヌ口承文芸については、伝統的かつアイヌ語で語られるものという、その二つの条件にあるものに話を限ります。つまり、アイヌの口承文芸だからといってなにもアイヌ語でなければいけないことはないのですが、今日はアイヌ語で語り継がれてきたものにどういうものがあるのかについてお話します。

 アイヌの口承文芸にはいろんな分類法があるのですが、ここでは私の分類法として「ことばあそび」、「となえごと」、「うた」、「ものがたり」という4つに分けて説明いたします。これは、何を目的としているのか、どういう社会的機能を持たせてそれを口にするのかという、目的別による分類です。形式別の分類、つまりどういう形式で語られるかという分類法もありますが、それはどうもうまくいかない。なぜかというと、同じような語られ方だけれどもいろいろな名前で呼ばれていて、形式と名称だけでは分類が一意に定まらないものもあれば、全く同じ形式と内容であっても、語る目的が違うので違う名前で呼ばれるものもあります。目的が違うものは、そもそも別のものとして整理していく方が分かりやすいのではないかということで、この分類に従ってそれぞれどんなものがあるかということを、順に紹介していきます。


ことばあそび

 「ことばあそび」というのは、そのことを口にすること自体を楽しむもの。それ以上の目的を持たないもの。みんなでそれを言って遊ぶ。そういうものをそう呼んでおきます。

☆ことばあそび

  • 早口ことば(uparpakte)
  • 鳥や虫のききなし(cikapporeki...)
  • あそびうた
  • なぞなぞ(urekreku)

 例えば早口言葉。早口言葉というのは日本語にもたくさんありますが、「東京特許許可局」とか「きゅりーぱみゅぱみゅ」とかいろいろありますけれども、そういうものは、上手く言えたからどうということはないものですね。NHKのアナウンサーでしたらそれを言うことがトレーニングになりますけど、一般の人にはそれが言えたからといって何かの役に立つということはない。言えたら楽しい。言えなくても楽しい。このようにそれを言って遊ぶことが目的になるものを「ことばあそび」と言います。それには「早口ことば」-アイヌ語でuparpakte「口比べ」と言われるもの。それから「鳥や虫のききなし」-鳥や虫の鳴き声を、言葉として聞くことをききなしと言いますけれども、cikapporeki「小鳥の鳴き声」という名前で呼ばれているもの。「あそびうた」というのは、遊びのときにそれに伴って歌う歌ですね。あとから「うた」というのが出てきますが、「あそびうた」はそれとは区別して「ことばあそび」の中にいれておき、「うた」との違いについては後で話します。それから「なぞなぞ」-urekreku。こういったものを「ことばあそび」と言います。それではひとつ例を聞いてみたいと思います。

 まず「鳥のききなし」から一つ例をお聞かせしますが、これはある鳥の鳴き声を意味のあるアイヌ語の言葉として聞いているものですね。―(音声)

  kusuwep toyta  クスウェプが耕した
  huci wakkata  おばあちゃんが水汲んだ
  katkemat suke  奥さんが料理した
  pon tono ipe  若殿様が食事した

 意味の説明をしますと、kusuwepが鳥の名前です。toytaは畑を耕すこと。huciはおばあちゃん。wakkataは水を汲むこと。katkematは奥さんと訳しますが、その前に「おばあちゃん」が出てきたので、ここでは「おかあさん」という意味でしょう。おかあさんは何をしているかと言うと、おばあちゃんが水を汲んでいるので、おかあさんは料理をしている。で、pon tono「若い殿様」が食事をする。pon tonoが誰をさすのかはいろいろ議論がありますが、私の解釈では、おばあちゃん、おかあさんときたのですから、そこの息子が食べていると考えるのが、一番自然だろうと思います。kusuwepが耕して、おばあちゃんが水汲んで、おかあさんが料理して、そこの家のぼっちゃんがそれを食べる。こういう一つのまとまった内容になっています。

 さて、それではこれは一体何の鳥の鳴き声でしょう。kusuwepというのはどこにでもいるキジバトという鳥ですが、この鳴き声は皆さん良くご存知だと思います。―(音声)なんて聞こえますか? これは日本語でも「ででっぽぽー」と聞かれることになっていますが、特に意味はないですね。それをアイヌ語はこう聞くわけです。もう一度聞くとですね―(音声)huci wakkata huci wakkataと僕には聞こえるわけです。ただし、katkemat suke とかpon tono ipeとに聞くのは無理がある。おそらく昔の人もキジバトの鳴き声をhuci wakkata「おばあちゃんが水汲んでる」と聞いたのでしょう。そしてそこから空想を広げていって、おばあちゃんが水を汲んでいるならkusuwepは何をしているかと考えると、ご存知の通りキジバトはあまり空を飛んでいる鳥ではなくて、地面を歩いていますね。地面をつついて歩いています。これを畑を耕していると見なしたんですね。wakkataというのは水を汲むという意味で、wakkaが水、taが汲むという意味です。で、toytaのtoyは地面、taはwakataのtaと同じです。固まっているものの一部を取り出すことがta。同じ動詞ですが、地面だったら「掘る」ですし、水だったら「汲む」ということになるわけですね。「奥さんが料理した 若殿が食事した」はキジバトが耕しておばあちゃんが水汲んでということになったから、その後に付け足していったと考えられるので、そうやってできてきたのではないでしょうか。

 なおかつ面白いと思うのは、kusuwepではkuが一番高く、huciではhuが一番高く発音されます。これは単語の形からすると例外的な発音なんです。一方、katkematやpon tonoというのは単語の形から自動的に第一音節-つまり、katkematのkatやpon tonoのponが高く発音される単語です。ということで、全部の行が第一音節が高くなる言葉で始まっていることになります。かつ、これは母音の数がすべての行で5つ、言い換えれば5音節でできています。いわば五言絶句のような感じです。こういうものをhuci wakkataと聞こえたというところからつくりあげてしまったということで、非常に精巧に組み立てられた言葉の作品です。

 で、これはなんのために口にするのかというと、別に意味はありません。これを口にするとキジバトが畑を耕してくれるとかそういうものではなく、ただそういって遊ぶだけです。こういったものが「ことばあそび」です。


となえごと

 次に、となえごと。「となえごと」というのはそれを口にすることで相手に何らかの気持ちを起こさせたり何かを促そうとするもの。つまり、ことばあそびは相手が居なくても一人で言っていれば良いのですが、相手に対してそれを言うことで相手に何かさせる、というのがとなえごとというものです。

☆となえごと

  • おまじない・呪文
  • 会見の辞(uerankarapitak)
  • 死者への引導渡し(ioytakkote)
  • カムイへの祈詞(inonnoytak)

 どういうものがあるというと「おまじない・呪文」それから「会見の辞」-これは人と合ったときに交わす正式な挨拶です。「こんにちは」「ああ、どうも」というような簡単なものではなくて、非常に改まった形で、節をつけて語るものです。それから「死者への引導渡し」。これは死んだ人に対して唱える、現代日本で言うお経なんですが、お経と違ってこれはその人と生前親しかった人が死者に向けて語るものです。何を語るかと言うと「無事にあの世へ行ってくれ」ということなんですが、ただそういうだけでなくて、もっと具体的に「だれそれさんのところに行きなさい」という言葉が入ります。「だれそれさん」とは死者の家のすでに亡くなった人。男の人であればお父さんやおじいさん。女の人であればお母さんやおばあさん。アイヌの伝統的な観念から言うと男と女は別系統でしたので、男の人は自分の父親の系統のところへ、女の人は母親の系統へ行くことになっていて、そのときに「なんとかばあさんのところへ行きなさい」ということを言ってやらないとどこへ行っていいか分からない。死んだ人間は初めて死んだものだから。そのまま放っておくと、そこに居座ってしまう。というのでは困るので、なるべくあの世へ行けるように行き先を教えてやる。それが「死者への引導渡し」です。それから「カムイへの祈詞」。これについて説明するには、その前にカムイとは何かという話をしなければならないのですが、それだけで二時間かかりますので、一応「神様」だと思っておいてください。そういうと語弊があるのですが、とりあえず神様のような存在だということにしておいて、神様に対してこういうことをしてくださいとか、こういうことをしてくれてありがとうとか、それが「カムイへの祈詞」です。つまり、会見の辞というのは人間に対して、死者への引導渡しは死んだ人間に対して、カムイへの祈詞はカムイに対して唱えるものだということです。では、最初の「おまじない・呪文」というのは誰に対してかと言うと、これも基本的にはカムイに対して唱えるものですが、ここでおまじないの例を見てみたいと思います。では聞いてみましょう。―音声

  wakka mos mos  水よ起きてください
  wakka mos mos  水よ起きてください
  kamuy wakka mos mos  神様の水よ起きてください
  kamuy wakka mos mos  神様の水よ起きてください
  wakka k=ahupkar kusu k=ek na  水をいただきにまいりましたよ
  wakka k=ahupkar kusu k=ek na  水をいただきにまいりましたよ

 これがおまじないと言ったり呪文と言ったりアイヌ語では特に名前はないのですが、日常的に誰でも唱える言葉です。wakka mos mos・・・wakkaは水、mosは目覚めるという意味ですが、アイヌ語では「目覚める」「目覚めろ」「目覚めた」の区別はありませんので、ここでは「目覚めよ、目覚めよ」という命令形になります。kamuy wakka mos mos・・・kamuyという言葉が出てきました。これは神様の水という風に訳しましたが、神様の水とは何かと言うと、水自体が実は神様ですので、「これは神様であるところの水」です。特別な水ということではありません。水は全部神様ですので、早い話が(ペットボトルをさして)これが神様というと語弊はありますが、まあこれが神様なのです。どんな水であってもそれはkamuy wakkaなんですね。wakka k=ahupkar kusu k=ek na k=は「私が」という意味で、人称接辞というものです。発音上は関係ないんですが、分かりやすくするために=をつけることにしています。ahupkarは「もらう」、kusuは「のために」、k=ek「私が来る」、naは「よ」。つまり、「水を私は貰うために私は来ましたよ」ということですね。これが、おまじないの言葉の例ですが、もう一度聴いてみましょう。

 これは何か目的があって言っているのですが、その目的とはなんでしょう。水を汲みに来たのですが、水よ起きてくださいと言っています。何のために「水よ起きてください」というのか。大学の授業ではこれで10分くらい使うんですが、今日はすぐ回答を言ってしまいますと、これは夜に水を汲みに行くときに唱えるおまじないです。水はカムイなんですが、それは人間と同じように夜になると寝ます。そこへ水を汲みに行くのですが、水そのものはカムイの着物、カムイが人間に与えるために人間世界に持ってきた肉体の一部だと考えられています。カムイの本体は霊魂であり、人間はその肉体である水を貰うのですが、そこにカムイ本体もいるわけです。それが眠っている時に水をいきなり汲むと、びっくりして水が濁る。だからまず水を起こしておいて、ちょっとお着物をいただきに来ましたといって汲むと、綺麗な水が汲める。と一応説明されています。でもそれだけではなくて、田舎で夜表に出たら真っ暗闇で何も見えないんですね。私は街中の生まれで経験がなかったのですが、ある時北海道の田舎で夜中に表に出たら、本当に闇というところがあって、昼間歩いている道でそこに地面があるのがわかっているのに、足が前に踏み出せないんですね。そういうところで夜川に下りていって水を汲むのですから大変怖い。そこでカムイを起こして、おまじないを唱えることで、自分ひとりじゃないという安心する気持ちを持つ機能があると思うんですね。つまりこれば水の神様に向かって言う言葉であり、水の神様に綺麗な水を分けてもらい、自分を守ってもらう。こういうことのために唱える言葉であるということで、このようなものが他にもたくさんあり、それを日常的に使って生活していたのです。

 カムイというのは動物だとか火だとかの自然界の事物も指し、また家だとか船だとか人間の作ったものもすべてカムイの内です。人間と一緒にこの世界を動かしているもの。それをすべてカムイと呼ぶんですね。生物と無生物の区別はありません。人間が作ったものでもカムイです。この世で役にたって、活動していると感じるもの―特に意志を持って動いていると感じられるものは、カムイと呼ばれます。だから、この世はカムイだらけです。そのカムイと上手くやっていくことが、何より重要だと考えられているんですが、おまじないや呪文やカムイへの祈詞が唱えられないとカムイたちと上手くやっていけないわけですね。カムイへの祈詞は男性が唱えるもので、これがきちんと唱えられることは男性にとって非常に重要な能力です。これが出来ないと一人前の男性として認められない。


うた

 次に「うた」にいきます。「うた」というのはことばの表現や内容よりも、声に出すその出し方に重きが置かれるものであり、節をつけて喉から声を出すことと、それを楽しむことが目的となるようなものです。さっきのwakka mos mos・・・だって節は付いています。けれど「うた」ではない。それからkusuwep toyta・・・も節はついていますが「うた」ではない。なぜかというと声の出し方が重要ではないからなんですね。むしろ重要なのは節よりもことばそのものであって、とくに「となえごと」の場合には内容を相手に伝えることが重要で、そうでないと意味がない。それに対して「うた」の方は節まわしが重要なので、歌詞は意味が分からないものもあるが、意味が伝わるかどうかは重要な問題ではない。節が付いているからといって、それを全部歌謡だというのは間違いだ、というのはアイヌ人出身のアイヌ語学者である知里真志保が、『アイヌ文学』という本の中で強調していることです。

☆うた

  • 座り歌(upopo)
  • 踊り歌(upopo, rimse sinotca...)
  • 叙情歌(yaysama, iyohayocis...)
  • 労働歌(iyutaupopo...)
  • 子守歌(ihunke, iyonnotka...)

 「うた」にもいろいろなものがありまして、座り歌・踊り歌・叙情歌、こういうのは即興歌とも言って、その場で作って歌っていく。労働歌・子守歌というのがありますが、実例に関しては現在の継承運動の中でお聞かせいたします。


ものがたり

 次に「ものがたり」。ものがたりというのはある出来事の顛末を一つのまとまったものとして他人に伝えるものです。「となえごと」と違って、相手にこうしてくださいああしてくださいということではないし、「うた」のように自分が声を出すことを楽しむためのものでもない。ちなみに「うた」はそれを聞かせる相手が必要なのかというと、子守唄は赤ん坊のために歌うのではなく、それを歌うことで自分を慰めるというものだと考えた方がいいですね。また叙情歌というのは自分の思いを歌うものですが、人に聞かせるもんじゃないと、おばあさん方はよくいいます。山の中など誰も居ないところで自分の思いを歌うものだから相手に聞かせるものではないといいます。また座り歌はその場にいる人が全員歌うもので、本来歌う人と聞く人が分かれるようなものではありません。それに対して、「ものがたり」は人に聞かせないとどうしようもない。

☆ものがたり

  • 散文説話(uepeker, tuytak...)
  • 神謡(kamuyyukar, oyna...)
  • 英雄叙事詩(yukar, sakorpe...)
  • 聖伝(oyna)

 「ものがたり」には散文説話・神謡・英雄叙事詩・聖伝など、いろいろなものがあります。中身も形もだいぶ違いますが、ここでは詳しくは説明しないのでごく簡単に言いますと、散文説話は普通の人間を主人公にした物語で節が付いていません。そこで語られるのは、どういうことをするとよくないことが起こるか、事件が起きたときにはどういう風に解決すればいいのかなど。そういうことを語るのが散文説話。これは現実に生きていた人が体験したものを語ったものだという意識が語り手にも聞き手にもあって、だから脚色してはいけないとおばあさん方は言います。

 次に神謡は先ほど言いましたカムイが主人公です。例えば熊だったり梟だったり、動物はおおかたカムイですので、そういったものが語った話が神謡です。念のために言っておきますと、たとえばスズメもカムイなんですが、それを「スズメの神様」のように訳してしまうと、何かスズメ界の一番偉いものを思い浮かべてしまいますが、そうではなくて、スズメがカムイなので、スズメが10羽居たら10人のカムイがいるわけです。それから火とか水が語る話もあるわけです。火の神様の神謡と言ったら、火そのものが語る話。ちなみにですね、火というのは大体おばあさんだということになっていますが、物語に出てくる時にはおばあさんよりもう少し若い頃として出てきます。火の神様は女性で、カムイの世界では人間の姿をしています。カムイは魂の姿では人間と同じ形をしていることになっていて、人間の世界に出て行くときに、人間に見えるように晴れ着を着ていくわけです。そのときに火であれば、赤い着物を6枚来てその上にもう6枚羽織る。十二単でやってくるわけです。それが我々の眼には炎に見えるということになります。

 で、そういうものがカムイの世界で人間とまったく同じ姿で暮らしていて、針仕事などをしているというところから神謡が始まります。そこに家の守り神の亭主がいるのですが、彼が「トイレへ行く」と言って表へ行ってしまいます。ところがいつまで経っても帰ってこない。でも、そんなことで慌てるようでは偉い神様ではないので、知らん顔して裁縫しています。そうすると窓のところに鳥が飛んできまして「お前の亭主は水の神のところで仲良くやっている」と御注進にくるわけですね。でも、そこで慌てる様ではやはり偉い神様ではないので、それを聞きますと、火の神は縫っていたものをおもむろに後ろにやって、食器を取り出してきて―これは呪具なんですが―窓の方を千里眼で見通すと、鳥の言ったとおり、はるか遠くの水の神の所に亭主が居て夫婦同然にしているということを確認するんですね。そこで手甲脚絆を身につけて旅支度を始めるんですが、左の手甲を三日かけてはめる。急ぐと偉くないので、急いではいけない。左の手甲を三日かけてはめ、右の手甲を三日かけてはめ、左の脚絆を三日かけてはめ・・・という風にして、12日間かけて装束を付けたら、あとは早いので、川の上を地面のように堅くしてささーっと水の神の所へ行きます。すると亭主が水の神と仲良くやっているので、小鳥に姿を変えて窓枠のところで叫ぶんですが、それで亭主が気が付けばいいんですが、「かわいらしい小鳥が啼いているねえ」みたいなことを言うわけですね。それで頭にきて雲を呼び出して、窓から中に突入させて家の中を竜巻にして、亭主と水の神の着物を剥ぎ取って裸にしてしまう。ところが、二人はお互いの顔を見つめ合っていて、そんなことには全く気が付かない。で、しばらくしてようやく自分が裸であることに気が付いて、恥ずかしさのあまり、水の神は轟音を立てて去ってしまう。その轟音を聞いて亭主はひっくりかえって死んでしまいます。で、自分も窓際に居たので窓の下に落ちて死んでしまうんです。でもすぐに息を吹き返すんですね。そこで中に倒れている亭主を起こすと「もう少し寝ていようとおもったのに」というような間抜けなことを言うわけです。それであとは仲睦まじく暮らしました。というのが火の神様の神謡です。

 この話に何か教訓があるのかというと、何もないのではないかという気もしますが、こういうお話によって、火の神が頼もしい女性であるという観念を子供たちに与えるのに役だったのではないかと思います。火の神は自身が女性であり、女の人がお祈りを捧げていい唯一の神様だと言われていますが、それがこのように亭主の家の守り神より強い存在であるということは、女性にとってとても火が頼りになる存在であり、大切にしなければならないという思いを刻み込んだことでしょう。このように、人間と自然との関係を教えるのに役にたってきたのが神謡だったと考えられます。

 神謡は、それぞれの話にsakeheと呼ばれる独自のリフレインが付いていますが、これは実際に音を聞いてみないとわからないので、様似の岡本ユミさんから私が28年前に聞いた神謡を聞いていただきましょう―音声 

☆様似・岡本ユミさんの神謡 1985年9月5日 中川採録

  paw paw haeeeee Iskar kotan  石狩の村
  paw paw haeeeee kotan etoko  村の山手に
  paw paw haeeeee a=kohorari  私は住んで
  paw paw haeeeee okay=an awa  おりましたが
  paw paw haeeeee pokoinne=an wa  子だくさんで
  paw paw haeeeee an=po utar  子供たちを
  paw paw haeeeee an=resu kusu  やしなうために
  paw paw haeeeee toaniunma taaniunma  あちらへこちらへ
  paw paw haeeeee terketerke=an kane  とびはねながら
  paw paw haeeeee payekay=an wa  歩き回って

 ここでpaw paw haeeeeという言葉を繰り返していますが、これをsakehe(リフレイン)と言います。これはそれぞれの話ごとに独自についているものです。ですからこのsakeheによって話同士が区別されますし、時にはsakeheだけでそれは何の話だか分かります。この場合はpaw paw haeeeeだけで誰の話なのか、分かる人には分かります。何だと思いますか。これは何かの動物の鳴き声です。その動物の声をお聞かせしましょう―(音声)。

 ということで狐が正解です。実際に聞いてみると少しぞっとしますね。昔の人は狐が鳴くと何かを知らせてくれるのだと思っていました。アイヌは狐の鳴き声をpawと聞くので、paw pawで始まる神謡は狐の話だとすぐにわかったはずです。このようにしていろいろなsakeheというものがあります。それがもともと何を表していたのかというのが分からない形になってしまっているものもたくさんあるのですが、起源的には神謡の主人公が何であったのかを表すというものが多かったろうと思います。この今の狐の神謡では、sakeheは一行ごとに付いていますが、必ずしもそうとは限らないので、いろいろな付き方があって面白いものです。ただし、いささかくどいようですが、節がついているからといって、これは「うた」ではありません。うたではないので、上手く歌う必要はありません。人によっては節がなくなってしまって、ほとんど語りのように進める人もいますが、それでも神謡は神謡で、内容を伝えることが重要なのです。

 さて、「ものがたり」の一番最後は英雄叙事詩です。ユーカラ(yukar)という呼び名で皆さん聞いたことがあるかと思います。これの主人公は超人です。普通の人間ではなく、人間離れした力をもった存在。例えば空を飛ぶとか、変身するとかの能力を持っています。主人公だけでなく、yukarに出てくる人間はみんなそんな力を持っているのですが、その中でも特に強い力を持つ、ポイヤウンペなどと呼ばれる少年-あるいは話によっては少女を主人公にした物語です。神謡では話ごとに節が付いていますが、英雄叙事詩は語っている人が自分の節で語るものです。英雄叙事詩についてちゃんと語りたいところですが、時間が足りないので簡単に言いますと、ものすごく奇想天外な空想力を駆使したおはなしです。空を飛ぶは、得たいの知れない敵が出てくるは。大きな岩の塊に手足をつけたような敵と戦って、それを割ると中から絶世の美少年が出てきたりとか、アニメにしたら面白いと思うような表現がたくさんでてきます。

 このポイヤウンペは決して普通の意味でいい人とか、正義の味方とかじゃない。とても迷惑なやつで、すぐ切れて暴れだす。暴れだして味方から何から皆殺しにしたりします。ところが、皆殺しにした味方が次のシーンでみんな生き返っていたりするんですね。なんで生き返ったのかという説明は一切ない。というのが英雄叙事詩の特徴です。こういう理不尽な展開は、散文説話や神謡には見られません。戦って戦って最後に敵の親玉の妹が味方になって、それが絶世の美少女で自分の奥さんにするというような話がよくあります。また、やっと戦いから帰ってくるとさらに強い敵が現れてまた戦いに出る。その敵を倒すと、最後に「俺なんかよりもっと強いやつがこの先にいる」と言って死んじゃったりするので、そうすると引き返すわけにいくかと言って、これ以上戦う理由も何もないのにまた戦いに出る、というところで終わりになったりする。「虎杖丸の曲」という話はそういう展開で終わりになって、その先が無い。ということで、元々はその先もあったのが、伝承の過程で失われたのではないかと言うので、金田一京助が探し歩いた挙句、それを知っているという古老をやっと尋ね当て、やれうれしやと語ってもらったら、やっぱり前に聞いたのと同じところで終わってしまった。ということで、これは早くから失われてしまったものに違いないという結論を出していますが、私はこの話は最初からそこまでしかないんじゃないかと思っています。要するに結末はどうでもいいので、主人公が戦う場面を楽しむのがこの英雄叙事詩というものではないかと思うんですね。

 言ってしまえば散文説話は落語みたいなもので、落ちがなければいけない。それに対して英雄叙事詩は歌舞伎みたいなもので、落ちはどうでもいい。一幕見だっていいんで、場面場面が格好良く決まればよい。忠臣蔵なんて物語としては破綻していると思うんですが、でもみんな話は知っているから、名場面で名ぜりふを決めて、格好良く見得を切ってくれればそれでいい。そういうものが英雄叙事詩。ということで、少し長くなりましたが、アイヌの伝承文学がどういうものかという概説でした。


質疑応答I

質問:アイヌには文字はありますか。
回答:文字は1920年代から使っていますから100年近い歴史があるわけです。ただし、文字を使ってお互いがコミュニケーションをする、本を出したり手紙のやりとりをする、というような文化が一般的にあったかというとそれはありません。だから一般的な意味でいうと文字はなかったということになります。ただ、文字が無かったと言い切れないのは、100年前からカナやローマ字を使って書くという行為が行われていますから、アイヌ人自身の書いた文字資料もたくさん残っています。そういう意味では文字はあるということになります。また大概の場合、文字はあるかという質問は、独自の文字はあるんですかという意味であることが多いのですが、そこも難しい話です。例えばフランス語に独自の文字はあるのか。英語と大して変わらないんじゃないか。アクサンとかセディーユとか補助記号の違いはあるが、基本的な文字は英語と同じものを使っている。そうするとフランス語には独自の文字はない。逆に言えば英語にも独自の文字はない、ということになってしまう。日本語だって中国から入った漢字を使っているわけです。ひらがなとカタカナが独自の文字になりますが、それも元は漢字ですよね。つまり、日本の独自の文字というのは、漢字を変形して日本語の表記に合わせたものということになる。一方、アイヌ語にもプやクなどを小さく書くという文字があります。これはもとはカナに違いありませんが、アイヌ語の発音に合わせた、日本語のカナにはない使い方です。ということは、フランス語や日本語に独自の文字があるとすれば、これもまたアイヌ語の独自の文字ということになります。ということで、アイヌ語に文字はあるかという質問に対しては、「無い」という答えも「ある」という答えも可能であるということになります。

質問:散文には決まったテキストがあってその通りに語られるのでしょうか。それともプロットにそって話し手が想像力を使って語るのでしょうか。
回答:どちらかというと後者なんですが、後者そのものではない。というのも、先ほど申し上げたように、想像力を駆使することはしないという意識ですからね。聞いたものをそのまま語っているんだという意識です。ただし、一人の人間が同じ話を二回語ったら、二回とも違うテキストになります。ある人から聞いた話を別の人が語ったら違う話になります。表現は自分自身の表現。その表現も常套句をたくさん覚えっていって、ある場面ではこう表現するというのが決まっているんですね。それを使っていって、つまりプロットと頭の中に入っている決まり文句を組み合わせてほぼ同じ話を再現しているということになります。つまり、口承文芸が持つ一般の性質と同じものですが、フォーミュラというものを使って話を組み立てていくわけです。ただし、その覚えている表現の仕方は人によってちがうから、同じ話を違う人が語れば、違う作品になるわけですね。また、たとえば、ある人はスピーディーに筋を追っていく語り方をする。ある人は場面場面をすごく細かく語ったりする。そのようにして同じ話でも長さからしてだいぶ違うことがあります。

質問:神謡や散文説話は北海道共通のものですか。
回答:そこまでよく分かっていないことは分かっていないんですが、ある地域だけにしか確認されていない話などはいろいろありますし、同様の話でも地域によって主人公の名前が違いますうので、主人公の名前でどこの地域の話か分かる場合もあります。先ほど言ったポイヤウンペというのは有名なんですが、実は北海道の西南部にしかポイヤウンペの話はありません。

質問:「うた」という概念そのものアイヌの間に共通してあるのか、それとも分類のための概念なのか。
回答:これは分類のための概念です。仕分けする方法が何種類かあって、混乱のもとになっているので、最も分かりやすい考え方と思われるものを、ここで挙げています。アイヌ語で表現されている方法と研究者の方法がごっちゃになるとわけが分からなくなるのは確かで、今までもそういうことが実際にあり、用語そのものが大変混乱したことになっています。


会場のようす


現代への継承

 それでは後半に入ろうかと思います。
 現代への継承ということで、こういった口承文芸が今はどうなっているのか。いくつかの具体的な事例を挙げたいと思います。


現代への継承1

 まず一つはマレウレウというグループを紹介します。これは伝統的なアイヌの「うた」-特に座りうたを中心に歌っているアイヌ女性4人によるコーラスグループです。もともとOKIさんというアイヌ人のミュージシャンがバンド活動をしていて、マレウレウはそのOKIさんのバンドのコーラスユニットなのですが、現在は単独で活動することが多く、首都圏でも海外でも盛んに講演を行っています。UA、細野晴臣、坂本龍一など、有名なミュージシャンと共演したりして、今最も活躍してるグループといえます。-(音楽:ウコウ)これはウポポと言われる伝統的な座りうたをいくつも繋げて歌っているものです。ただし、声の出し方は現代的で、昔のおばあさん方のウポポとは声の出し方が違いますので、現代的にアレンジされたウポポだということができます。

マレウレウの活動紹介ページ(別ウィンドウが開きます)
http://marewrewfes.jimdo.com/


現代への継承2

 続いてはチーム・ニカオというグループです。このグループは、古い映像や古い録音、文字にしか残っていない資料、そういう芸能を発掘して再現するのを主な活動の目的にしています。いつも固まって活動しているわけではなく、普段はばらばらに仕事をしていて、何かパフォーマンスをやるときに集まるというゆるやかなグループで、最初16名で結成されたとのことですが、一度に全員が集まったことはないという話です。このグループの活動ということでお目にかけたいのはこちらです。―(動画)

 これは2010年に北見紋別というところで開かれた「氷海の民シンポジウム」で行われたパフォーマンスの映像です。この中のカムイメノコヘチリというものをごらん頂きます。これは非常に感動物で、何が感動物かというと、私は昭和30年代にNHKが記録した樺太のこれを記録した映像資料を知っているのですが、おそらく実際に演じられている映像はそれしかない。しかし、それは部分的にしか映っていません。チーム・ニカオはそれをいろいろな資料を参考にして、実際の踊りとして復元しています。よく見られる北海道のものとはかなり違います。このようにすでに継承者が居なくなった芸能を、20代の若い人たちが、50年以上の時を経てこうして再現することができている。ということで、これを見るととても感動します。

チーム・ニカオのホームページ(別ウィンドウが開きます)
http://www.myspace.com/teamnikaop


現代への継承3

 1997年にアイヌ文化研究推進機構というものができました。これはアイヌ文化振興法と仮に呼ばれている法律が1997年に出来まして、それを施行するために作られた財団法人(現在は公益財団法人)ですが、98年から毎年イタカンロー(アイヌ語弁論大会)というものを開いています。これには誰でも参加できます。1998年に第一回が行われましたが、最初のうちは独立して開催できなかったので、アイヌ民族文化祭という現在の北海道アイヌ協会-北海道ウタリ協会が開催していた行事の一角を借りて同時に行われていたのですが、参加者はわずか9組しかいませんでした、それから11年後の2009年には51組の参加者に増え、今は30組前後で落ち着いています。参加者が増えるにしたがい、弁論部門と口承文芸部門を分けるようになりました。それから大人と子供の部というのを分けるようになりました。さらに今は、一度最優秀賞を取るともう参加資格がないのですがでもやりたいという人のために、模擬演技のようなコーナーを設け、4部門に発展しています。最優秀賞を取るまで毎年出るという人もいますし、賞をとってもやる人などもいます。これに出るためにアイヌ語を勉強する人も結構居るんですね。ということでアイヌ語学習の原動力にもなっているイベントです。

アイヌ文化振興・研究推進機構ホームページ(別ウィンドウが開きます)
http://www.frpac.or.jp/index.html


現代への継承4

 次は札幌大学ウレパプロジェクトです。2010年から札幌大学が行っている奨学生制度でウレパというものがあります。アイヌ人で大学受験資格を持ち、アイヌ文化の研究を志している人たちに、入学金と授業料を負担させない形で入学させる制度で、どこかお金を出してくれるのかと言うと企業です。いろいろな企業がウレパクラブというクラブに名前を連ねています。ウレパ・ソンコという活動報告誌も出しています。

札幌大学ウレパ・プロジェクト(別ウィンドウが開きます)
http://www.sapporo-u.ac.jp/soryo/no120/no120-01.html


現代への継承5

 最後に、現代への継承の一つとして、アイヌ語アニメ制作がありまして、推進機構のホームページ上で公開されています。アイヌの口承文芸を題材にした3編のアニメです。これは私は大変見て感心しましたので、一つ丸々お見せします。一つは子守歌。これを紹介したいと思います。―(動画レホッネシンタ)。大変ファンタスティックな作品ですが、これを歌っているのはどこのおばあさんかと思ったら、実は若いアイヌの女性です。

 もう一つお見せします。―(動画ポイヤウンペとルロアイカムイの戦い)先ほど英雄叙事詩のところでアニメにしたら面白いといいました。これはさわりだけで大事な話までは見られませんが、やっとこういう試みが出てきたかという感じです。声のほうもアイヌの若い人がやってくれていたら良いと思うのですが、これは実はプロの声優さんらしいので、こういう所で若い人を使ってもう一度作ってくれるといいなと思います。このような試みがありまして、これを作っているのはアイヌ語に通じた4人の若手アイヌ語研究者ですが、そのうち二人はアイヌ人です。

オルペ スウオプ「話の箱」(別ウィンドウが開きます)
http://www.frpac.or.jp/animation/index.html


 このように、現在アイヌの口承文芸の継承のためにいろいろな試みがあります。批判もあるでしょうけれども、言葉としては一度日常生活から消えかけてしまったものを復活させるというのは大変なエネルギーが必要なわけです。いろいろなことをそれぞれがそれぞれの関心や立場から関わっていくことによって、アイヌ語を再び生きた言葉としていくことが可能になっていくだろうと思います。ということで時間になりましたので、お話を終えさせていただきます。


質疑応答II

質問:大学のお話が出てきましたが、小学校での教育の現状は一般的にはどうなっているのでしょうか。
回答:和光小学校とか、北海道千歳市の末広小学校とかでアイヌ文化教育を試みていることは知っていますが、一般的なことは知りません。私の立場をはっきりさせておきますと、私は大人を飛び越して子供に何かをやらせようというのは順番が逆だと思うんです。まずは大人がしっかりとアイヌ文化を学んで教えられるような形にして、子供たちがそれを学んでも嫌にならない空間、社会を作ることが必要で、それから子供たちに対する教育をすべきだと思います。そうでないと続かないんですね。小さいときは一生懸命勉強しても、大きくなって、何か自分は人と違う浮いたことをやっているという意識を持つようになると、関心がなくなってしまう人が大勢います。まずは子供たちが何も気にしなくて良い社会や空間を大人たちが作っていきましょう。

質問:教師の養成はあまりやっていない?
回答:まず教育大学に関して言えば、教師として教えられる人がいるのかという話で、まず教師を育成していかなければいけない。だから大学での教育を優先する必要があると思います。なぜ大学とそれより下を区別するかというと、自分のアイデンンティティに関する問題ですから、自分の意志で選択することが大切なので、自分の意志でアイヌ文化を学びたいという人には積極的に学んでもらいたいと思います。だからまず大学でしっかりとした教師を育成して、その人たちがきちんとしたことを教えられるような場を作っていく必要があるということで、小学校での教育はそこをしっかりしてからでないと、弊害もいろいろあると考えます。

質問:伝承が言語にしろ踊りなどにしろ、どの程度断絶があったのかについて教えてください。事実としてどの程度断絶したのか、しかけたのかについて。
回答:アイヌ語に関しては、今ここでご紹介したような若い人達の親の世代はほとんどアイヌ語を使えないので、一度断絶したところからスタートしているわけですね。家庭内でアイヌ語の会話を聞くということはあまりなかった状況から出発していますから、英語などと同じような形で学び始めるという人がほとんどです。踊りのほうは地域によってで、伝統的に踊りの継承をずっと続けている地域がありますから、そういう所で生まれ育った人たちは物心ついた時からやっているので、後から自分でやりたいから始めたという人と、大きく二つに分かれます。

質問:細かいことですが、先ほどのアニメで刀を鞘に納めるシーンがありましたが、あれは日本の刀の収め方をイメージしているわけでしょうか。
回答:刀は二種類あって、帯に刺すのは日本刀の差し方ですが、そういう差し方もあります。エムシアッという刀提げを肩から下げて、そこに差すという方法もあります。

質問:カタカナ表記の時の小さな文字がありますが...
回答:小さく書いてあるのは要するに子音しかないということです。小さい「シ」の場合はsiではなく、sだけだということですね。小さい「プ」はpを表しますが、アイヌ語のpは、英語などと違って唇を閉じてそこで止めてしまう音で、内破音という音になります。

質問:アニメの中で「60の」というのがあって、繰り返し出てきましたが、60というのは何か象徴的な意味がありますか。
回答:6というのは象徴的な数字で、日本語で言えば8にあたり、「たくさん」という意味を表します。

質問:アイヌ語が生活に使われていたのはいつ頃まででしょうか。
回答:明治の初めくらいまではほぼ全員がアイヌ語で生活していたはずです。江戸時代には松前藩が日本語を学ばせないような政策をしてきました。なぜかというと、日本語が喋れるようになると、松前藩に幕府から巡検使というのが来て松前藩の為政の状況を見てまわるわけですが、そのときにアイヌ側から幕府に対して松前藩の不正や迫害を直訴されてはたまらないので、アイヌ人の言葉は通詞を通じて巡検使に伝える。その過程で、伝えられてはまずいことは伏せられるようにするわけです。もちろんアイヌ人の中にも日本語を話せる人はいたと思いますが。アイヌ語が使えなくなるのは、和人が北海道に大量に移民してきてアイヌの生活環境を破壊していった。そこからの話です。

質問:旧土人保護法以前にすでにアイヌ語は途絶えかけていたのですか。
回答:そんなことはないと思いますね。僕がアイヌ語を教わった人たちというのは大体明治30年代生まれの人たちですが、明らかにアイヌ語が母語で日本語を後から覚えたという人がたくさんいました。そもそも日本語の発音がアイヌ語の発音に引きずられているおばあちゃんに僕はアイヌ語を教わってきましたので。ですので、明治40年代生まれの人たちくらいまでは、幼少時にアイヌ語で日常的に会話する場所が身の回りにあったはずです。明治40年代以降の生まれになると少し崩れてくる感じがあるかなという感じです。萱野茂さんは昭和3年生まれですが、文法的には前の世代とは若干違ってきますが、それでもあのように流暢に喋れるわけですから、それを考えれば戦前まではアイヌ語を話す社会はずっと存在していた。僕の推測では昭和30年代まではまだあった。
 上田としさんというおばあちゃんがいて、大正生まれの人で、そのお姉さんの木村きみさんから僕はアイヌ語を習っていたのですが、木村きみさんは明治33年生まれ。だいぶ歳が離れています。そのお姉さんに話を聞いたとき、としさんの話が時々出て「あれは何も知らないから。言葉は何も分からないから」と常々言っていたので、そうなんだと思っていたんですよ。としさんの住んでいたところはだいぶ奥の方なので、それもあって訪ねていくことをしなかったんですが、木村きみさんが亡くなった後、としさんの噂が聞こえてきて、とてもアイヌ語の出来るおばあちゃんがいると。それから訪ねて行ったわけですね。そうしたら全く日本語を挟まずにアイヌ語だけで何時間でも話せる人だった。そのとしさんが言うには、「私はもともと親とも姉ともアイヌ語で話したこともない」と。「姉が亡くなる一年くらい前に私に、お前に教えるから覚えろといわれて一年間姉の話を聞いた。それを今喋っているだけなんだ」というわけです。そんなことありえないでしょ。70過ぎて今まで聞いたことない言葉を聞いて喋れるようになるんだったら、現代の英語教育って根本的に間違ってるんじゃないかと思いますよね。つまり、自分の小さい頃にアイヌ語で喋っていた時期があるはずなんですが、それを覚えていないから、アイヌ語で話したことがなかったと思っているわけです。それが70過ぎて一年間アイヌ語にさらされたらアイヌ語だけで喋れるようになった。そのおばあちゃんが白沢なべさんというもう一人のアイヌ語を喋れるおばあちゃんとアイヌ語で喋りたいというので、車で千歳まで連れて行って一日話をしてもらったことがあります。そこでとしさんは終始一貫アイヌ語だけで喋り通した。そんなことが出来るっていう世代というのが大正に生まれた人の中にもいるわけですよ。もしお姉さんからアイヌ語を覚えろといわれなかったら、一生自分はアイヌ語を聞いたこともないと思ったまま亡くなっていたはずですね。だから「アイヌ語を喋れる人がいま何人いるか」というのに我々がはっきりした答えをいつもしないのは、本当は我々が知っている人たち以外にももっといるのかもしれないと思っているからです。それは実は本人にもわからない。「アイヌ語なんて聞いたことも喋ったこともない」と言う人が、なにかのきっかけがあれば喋れるかもしれないんですね。そのような潜在的な話者がどれくらいいるかというのは、社会が変わってその人たちが口を開けるような状況が来ないとわからない。
 僕の推測ではいつからアイヌ語話者がいなくなっていくかというと昭和40年代。何があったかというと高度成長期。この時代にアイヌ語だけでなく日本中の方言が消滅していくんですね。テレビが普及して核家族化が進んで、お金になることが一番重要であるという思想が浸透していく。古いものが古いというだけで意味のないものとして破棄されていく。この時代に日本語の方言と同時にアイヌ語も急激に話されなくなっていく。
 ということで、いないいないと言いつづけてきたことこそが一番の問題だったんじゃないかと思います。本当はもっとたくさん居たんだけど、居ないと思い込んでいるから喋れる人もあえて口にしない。ということだったんじゃないかと思います。

質問:今のお話と小学校教育の普及には関わりはありますか。
回答:どうでしょう。学校教育がそんなに生活の言葉に関係するとは私は思っていません。学校でアイヌ語を教えないからアイヌ語が出来ないようになる、というものではないと思うので。我々は学校で英語をさんざん教わっているのに、いっこうに英語が出来るようにはならないですよね。それは日常生活で使っていないし、使う必用もないからです。学校で教えているからというのではなくて、むしろ家で使わないから無くなっていったというのが、事実だと思います。
 かつて日本中に方言札というものがありましたが、そういったやり方をしていた時には方言はなかなか消えなかったんで、急激に方言が無くなったのはその後です。何で無くなったかというと、ラジオとテレビの普及。これによって、家に帰っても標準語漬けになってしまうから、だんだんみんなが方言を喋れなくなっていったということだと思うんですね。

質問:中川先生の個人的に感じられるアイヌ語の魅力とはなんでしょうか。
回答:言語学者にとって言葉というのは全て平等なのでどれが魅力的というのはありえないのですが、アイヌ語をやるといいのはたくさんの録音資料を自分の耳で聞くことができるということで。昔の人達の考えていた世界、私にとっては一つの理想郷みたいなものですが、そういう世界に日本語を介さずに入って行くことができるというのが魅力です。
 アイヌ人の伝統的世界観というのは、自然との調和とか共存というのではなくて、人間は環境の中の一部分であって、環境が円滑に動いていかないと人間は死ぬという思想です。環境といったのはアイヌ語でカムイという言葉で表現されます(さっきは「神様」と訳しましたが)。カムイと人間がどのように上手くやっていくかというのが口承文芸の一つの中心的なテーマです。人間はカムイ―つまり環境から利益を得るのであるから、それにお返しをしなければいけない。そのためには感謝の言葉を述べることが最も大事だということ。人間が生きていくためには、環境に感謝することが必要なんですね。また、人間がいいと思うものはカムイもいいと思う。例えばお酒というのは人間が飲むと美味しいからカムイも好きに違いないと考える。そこで儀礼の中ではカムイに捧げたお酒の残りを人間が飲むということで、カムイと人間が一杯のお酒を共有するんです。だから、酒を火にそそぎ、またイナウというカムイへの捧げものにそそぐ。
 そういった思想を学ぶのにアイヌ語が必要なわけです。カムイという言葉の概念を理解しないとアイヌ文化を理解できないが、カムイを「神様」と訳してしまうととどうもうまくいかない。今、「環境」と訳しましたし、以前は「自然」と訳してもみましたが、日本語に訳すとどうやってもしっくりこないので、やはりカムイはカムイで理解するしかない。アイヌ語を学ぶというのは、日本語を介さずにそういう世界を直接知ることができるということ。もっともっと多くの人がアイヌ語を出来るようになってくれないと、テープに録ったまま誰も中身を知らないままになっている物語が山のようにあるんです。その宝箱を開けることができるというのが、アイヌ語を学ぶ魅力ですね。


以上

(文責:事務局)