地球ことば村
言語学者・文化人類学者などの専門家と、「ことば」に関心を持つ一般市民が「ことば」に関する情報を発信!
メニュー
ようこそ

【地球ことば村・世界言語博物館】

NPO(特定非営利活動)法人
〒153-0043
東京都目黒区東山2-9-24-5F

http://chikyukotobamura.org
info@chikyukotobamura.org

インターネットでの言葉の魔力


【インターネット事情】
今日ではインターネットの普及により、多くの人がホームページ、ブログ、電子メールで言葉のやり取りをしています。
日本人なら日本語、としてなじみがあると想っていたのですが、最近、「インターネットでの文書交換は通常の言語と違う」ことに気が付きました。
通常の会話では、言葉は頭に想ったらすぐに音になり、相手に伝えられます。また文章である場合、手紙となり、一方的にこちらから送り、相手からの返事を待 つこととなります。そういう意味ではホームページに文章を載せるのは手紙に近いものと言えるでしょう。
ホームページを手紙と比較すると、固有の一人に送るのではなく、広く一般の人に送ることが差でしょう。インターネット以外にこのように一般に文章を広める には、新聞などのマスコミに掲載するか、自前でポスターを作成し、さまざまな場所に貼って回るようなコトでしょう。
電子メールの場合は通常の手紙とかなり近いものになると言えるでしょう。送っただけではまだ相手は読んでいません。読んだ後で返事がくるまでは暫くの時間 を要します。

さて、そこで出てくるのがインターネット独自の言葉のやりとり。掲示板やチャット、メッセンジャーと呼ばれるものです。

【掲示板】
掲示板とは、ホームページの一種ですが、ホームページを作った人以外がそこに文書を書き、それに対してまた他の多くの人が返事を書くことができるシステム です。駅の伝言板に記事を書くと、そこに通り掛かりの人が返事を書いていくようなことだと考えればいいでしょう。
掲示板の場合、定期的に記事を読み返事を書く人がいると、数人から数十人のコロニーができあがります。こうした文書のやりとりにより、新しい人間関係が形 成されてきています。

通常の生活との大きな差として、そこに個別を表すペンネームをつけられること。こうしたペンネームを「ハンドル」と呼びます。ただし、ハンドルは自分で自 由につけられるので、「太郎」というハンドル名でも実際には女性だったり、その逆もありえます。

仕事や恋愛で行き詰まり、その辛さを書き込んだ場合、それに対しての叱咤激励や、応援する優しい言葉などが贈られます。
例えば、最初の記入者が女性名だった場合にタロウさんやサトシさんから励ましの言葉が書き込まれるわけです。
しかし、実際には、タロウもサトシも実在の人間ではなく、女性からの励ましかもしれません。さらに、丁寧語で年下かと想っていても実は親子ほども年上の人 からの言葉だったりするわけです。
もっと言えば、こうした応援の言葉も、その最初の記入者に対しての応援ではなく、正確には、その「辛い」と記入したことへの応援なわけですが、言葉をも らった人からすると「自分に対してはげましてくれるこんないい人」と錯覚してしまえます。相手の側からしても、その苦しんでいる人を知っているわけではな いので、苦しんでいることに対して、相手が傷つく様なことを避けて書く場合が多いです。
逆に、反感を持つ相手に対してはストレートに相手を追い込むような言葉を書き込むこともあります。

今日では、こうした会話がきっかけで恋愛に発展したり、いさかいの元となり、先日は小学生通しの殺人にまで発展しました。
ある程度分別がある大人でも多くのいさかいが起こるわけですから、感情表現が未熟な子供が自由に利用すれば、こうした事件は増えていくと思います。

現実とバーチャルな世界との差を認識できていないとそのギャップに押しつぶされてしまいます。

【チャット】
チャットは掲示板よりリアルタイムに言葉のやりとりを行うもので、送った言葉はその場で一般に後悔されます。そのホームページを見ていると、会話がどんど ん進んでいきます。複数の人が1つのホームページに集まり、互いに意見交換を行うわけです。
21世紀の井戸端会議といったところでしょう。掲示板のように、「書き込む」ことから「会話」に近くなります。
これも、一般の井戸端会議とは異なり、実際の会話相手の顔は見えていません。そこで、1つの会話の中で次のような勘違いが発生できます。
  A:今日学校で先生に叱られちゃった
  B:たいへんだったねぇ
Aの勘違い例
1 こうやって慰めてくれるいい人だ
  →私のことを好きなのかもしれない。
2 人事みたいに「たいへん」って言葉だけの人だ
  →私のことをばかにしているのか、
同じ会話でも言葉だけでは気持ちが伝わらないので、全く逆の効果になる場合があるわけです。そこで、掲示板やチャットを多用する人は書き込んでいるときの 気持ちを表す為に気持ちを文字で表現したりアスキーアート(顔文字)を使って表現するようになってきました。例として以下のようになります。
  A-1:今日学校で先生に叱られちゃった(泣)
  A-2:今日学校で先生に叱られちゃった(^^;)
  A-3:今日学校で先生に叱られちゃった(T_T)
A-2の場合、汗をかいた顔のように見せています。A-3では涙を流した顔に見せています。カッコやセミコロンなどを組み合わせさまざまな顔を作っていき ます、ですから、これに対応する返事も同じで、以下のような例があります。
  B-1:たいへんだったねぇ(^へ^;)
  B-2:たいへんだったねぇ(@@;)
  B-3:たいへんだったねぇ(T_T)
最初の記入者と同じ顔を使うことで、同じ意思であることを表したりします。これにより、Aの人からすると、Bとの距離感が縮んで感じられます。

こうした「会話」は通常の会話と同じように勘違いしやすいですが、音としてでる言葉との決定的な違いがあります。それは文字を入力する間のわずかなタイム ラグです。相手が叱られて落ち込んでいる状態のときに「それは貴方が悪い」と言ってしまえば相手はさらに落ち込むことになります。ですから、その相手が傷 つく言葉を入力しかかっても、相手が見てしまうまでの間に『これを言うと傷が広がるかな』と想えば削除して書き直すことができます。時間にすると一瞬の差 ですし、精神的にはそのタイムラグを理解できる人でも、相手の文字入力の速度は分からないので、意識しなくなってしまいます。 こうした、相手を傷つけな い会話を繰り返すうちに、『この相手はなんていい人なんだろう』→『常に私に賛同してくれて、いつも優しい言葉をかけてくれる』→『私はこの人と出会う為 に生まれてきたのではないか』→『もうこの人なしにはいられない』というように気持ちが流れてしまうことがあります。
話だけ聞くと俗に言う「オタク」な人間と想いがちですが、筆者の周りではごく普通の会社員やOL、主婦、学生など、弁護士や、医者などを含めて、学歴や生 活パターンに関係なく、この勘違いに陥ってしまうようです。
チャットでさらに怖いのは、こうした会話を他の人が見ているということです。自分は会話に参加しないでただ見ている人のこと。Read only member 頭文字をとってロムと呼びます。本を読んでいると、その主人公に感情移入するように、ロムの人が、いつのまにかその片方に感情移入し横恋慕 してしまうこともあるのです。急に思い立って、メールを出したり家に押しかけたりして「あんなに私を励ましてくれたのに」などと事件を起こす例がありま す。
こうした勘違いを筆者個人は「究極の勘違い」と呼んでいます。

こうした人間関係に違和感をもつ人や、もっと深く知り合いたい人はオフラインミーティング(通常のインターネットはオンラインなので、その反対語として使 われています)により、集まって食事会や飲み会を行うこともあります。

【メッセンジャー】
いくつかの大手のインターネットサービスではメッセンジャーというサービスを行っています。これはチャットとほぼ同じですが、登録した個人を対象に言葉を 授受できるシステムです。これならチャットのように他の人に見られずに特定の相手とのみ会話を交わすことが可能です。
この場合も、チャット同様相手の顔はもちろん生活も見えていないので、相手に対する印象は良きにつけ悪きにつけ思い込みでどんどん膨らんでしまいます。イ ンターネット利用者を見ると、メッセンジャーで会話するようになると、インッターネットの利用時間も増え、そのまま結婚までいってしまったカップルも多数 存在します。実際には現実の世界で会ってしまうと、その会話と現実とのギャップに破綻する場合も多いですが、通常の会話ではできないことまで文字では表現 してしまうので、秘密のないつきあいができている例もあるようです。以前テレビで紹介されたご夫婦は、同居しているにもかかわらず、個別の部屋を持ち、通 常の夫婦の会話は全てパソコン通信でメッセンジャーを使って行っているという極めて不可思議な状況でした。

【世界の傾向】
こうした傾向はインターネットで調べてみると、日本だけでなく、世界中で起きている現象のようです。インターネットは、この数年で急激に進歩し、今までに はなかった人間関係ができあがっています。10年前であれば、こうしたインターネットでの会話はごく一部のコンピュータに詳しい人しか使用していませんで したが、今日では、筆者の周りのごく普通の主婦まで含めて、利用している時代です。筆者にも数人の「顔も知らない友人」がいますが、実際に逢って夢を壊し たくないので一定のラインを引いて、おつきあいしています。
通常の言語の発展とは異なり、インターネット独自の会話のルールというものがだんだんできあがってきているようですが、これも、参加者毎にルールに対する イメージに差があるので、そのぶつかり合いによるいさかいは多いようです。これだけは人間が行うものなので10年前と全く変わっていないようです。
現状では、特に言語学としては研究もされていませんが、言語というよりも社会学の1つとして今後研究されていくようになれば、もっと健全な社会になってい くのではないでしょうか。。今日の自殺サイトやインターネット詐欺などの犯罪もこうした研究により解明できると考え、コンピュータや教育関係の仕事をして いることから、その一端を担えるように努力していきたいと想います。

(福留 慈之)