ミャオの言語と話者
ミャオの人たちは中国揚子江の南に位置する湖南省、貴州省、雲南省などを主 な居住地域としている。中国国内での人口は730万人を超え、中国少数民族人 口ランキングの第4位を占める、少数民族中の大民族である。また、東南アジ アに移住した人たちも少なくない。人口の多さと分布の広さから推測できるよ うに、ミャオの人たちの話す言語、ミャオ語は互いに通じない数多くの方言か らなっている。ミャオ語の方言は、貴州省東部の凱里市を中心とした東部方言 の話者が一番多い。さらに、湖南省の西部に位置する北部方言、貴州省の西部 に多様なバラエティーを展開する西部方言が代表的であるが、これ以外にも多 くの方言がある。
ミャオ語はミャオ・ヤオ諸語に属し、ヤオ族の人たちの話すミエン語と親縁関 係にあるが、それより上位の系統関係については未だ定説はない。ミャオ語に は日常語レベルでかなり多くのチベット・ビルマ系、漢語系の借用語があり、 古代からこれら東アジアの諸民族と密接な関係にあったことは間違いない。お そらく居住地域も現在よりはるかに北東に寄った地域(江蘇省から湖北省にか けての揚子江中下流域)であったと推測でき、そこで長期間にわたる接触があっ たのだろう。
ミャオ語は音韻的には非常に複雑な音節頭子音の体系と声調の体系が知られて いる。形態素は単音節のもの多いが、名詞は何らかの成分がついて複音節にな ることが多い。文法はいわばタイ語と漢語の中間的な様態を示す。例を挙げる と、tsiA phonA ?uC taA ?lenA eB(3-類別詞-服-名詞化-赤い-その) 「その3枚の赤い服」、 kanB maB tuC penB NtoB panA aA-tanA.(私-買う- 得る-類別詞-本-あげる-子 供)「私は子供に本を一冊買ってあげた。」 (いずれも貴州省開陽県高寨郷のミャオ語西部方言、A, B, Cは声調を表わす)。
ミャオ族の歴史は移住と地域における共生という面と、歴代の中華王朝との対 峙という二つの面をもつ。後者の面においては、中華封建王朝との戦争という 話は現在に到るまで語り継がれており、特に清の太平天国期に十数年に渡って 独立状態を勝ち取り、その後捕らえられ殺された張秀眉は民族の英雄とされて いる。共生という面においては、常に中国から文化を取り入れてきた。少なく とも成人男性に関する漢語とのバイリンガル状態は歴史上相当程度長いと見ら れる。
《田口善久:千葉大学文学部(2005年掲載)》