ヘブライ文字 英 Hebrew script
旧グロッケンガッセ・シナゴーグのトーラー巻物 [HOWI / CC BY-SA 4.0 / 出典] |
古ヘブライ文字
ゲゼル農事暦
ゲゼル農事暦 [oncenawhile / CC BY-SA 3.0/ 出典] |
メシャ碑文
メシャ碑文 [Unknown / 3.0 / 出典] |
図は,破壊された後に復元された現在のメシャ碑文。茶色の部分が現存するオリジナルのもので、黒色の部分が復元されたもの
シロアム水道の壁文
エルサレム神殿跡の南東部ギホンの泉(現在,マリアの泉)から南のソロアム(ギリシア語 Siloam,ヘブライ語 Sioah)の池(ヨハネ福音書 9:7)に至る,蛇行して地下水道内の出口付近の平らな岩壁に刻まれているのが,1880 年に発見された。左右の長さ 66 cm,幅 23 cm 。この水道はユダの王ヒゼキヤ(前 728 ~前 700 在位)の造った水道と同定され,壁文のヘブライ語と文字もその時代を証明する。メシャ碑文と同じく,語と語は点で区切られている。最も有名なヘブライ語碑文の一つ。[松田 p. 884]
シロアム壁文 [deror_avi /出典] |
ラキシュ陶片
ラキシュ文書III(表) [NenyaAleks / Public Domain / 出典] |
方形ヘブライ文字
聖書写本などの宗教文書や墓碑は伝統的な方形の楷書体(formal hand)で書かれたのに対し,手紙や覚書などの日常的な書き物は,早く書くために各字母が丸みを帯び,ときには字母どうしを続けて,草書体(cursive hand)で書かれる。一方,草書体のように続け書きされることはないが,楷書体のように角張ってもいない,行書体(semi-formal hand)ないしラビ文字(rabbinic acript)も作られた。これらの書体がいずれも方形文字を崩したものであることは,歴史的に跡付けられる。しかし,字形はすでに方形ではないので,厳密には楷書体だけが方形文字と呼ばれる。楷書体は現代まで約 2 千年もの間,基本的な字形を変えることなく続いたのに対し,非公式の行・草書体は,各地のユダヤ人共同体の間で,それぞれに特徴のある様式が生まれた。[松田 p. 884]
死海文書
死海文書のヘブライ語・アラム語を記した文字は,写本によって少しずつ異なる書体を示すが,古文字学的研究によって 3 つの時期に分けられる。すなわち,前 250~前 150 年頃が第 1 期,前 150~前 30 年のハスモン朝時代が第 2 期,前 30~後 70 年のヘロデ時代が第 3 期である。第 1 期はエレファンティーネ・パピルスのそれにきわめて近く,それに対して第 3 期にはほとんど完成した方形文字が見られる。[松田 p. 885]
レビ記の巻物 (11QpaleoLev) [Shai Halevi / CC BY-SA 4.0 / 出典] |
神殿の巻物 (11QT) [Israel Museum / Public Domain / 出典] |
戦いの書 (1QM) [Matson Photo Service / CC0 / 出典] |
ハバクク書 (1WpHab) [Unknown / Public Domain / 出典] |
シェケル銀貨
シェケル銀貨.[Classical Numismatic Group, Inc. / CC BY-SA 3.0/ 出典] |
ラシ書体
この書体は,ラシ(Raši,11 世紀後半のラビ,シェロモ・ベン・イツハキ Rabbi Šelomo ben Yiṣḥaqi の略称)の聖書註解書の印刷活字の母型とされたために「ラシ書体(Rashi script)」と呼ばれる。ラシ体は,中世スペインのセファルディーム(中・東欧系ユダヤ人に対立するスペイン系ユダヤ人の総称)によって用いられていた筆記体(セファルディー筆記体 Sephardic cursive script)に似せて作られた書体である。[松田 p. 886] [上田 p. 895]
[Multiple rabbis / Public Domain / 出典] |
セファルディー体
額入りの碑文、スペイン、1480年 [Ketubot Collection of the National Library of Israel / CC BY-SA 3.0 / 出典] |
現代の書体
活字体
世界人権宣言第一条 [Universal Declaration of Human Rights -Hebrew -] |
筆記体
他の手書き文字と同様,ヘブライ語の筆記体にはかなりの個人差がある。下の表は現在使われている代表的なものである。
ヘブライ文字筆記体[Cursive Hebrew] |
文字構成
いわゆるアルファベット順は,ヘブライ語以前にすでに決まっていた。ラキシュから出土した前 8 世紀前半の陶片群の中には,古ヘブライ文字をアルファベット順に書いたものがある。「聖書」にはアルファベット詩(acrostic)と呼ばれる詩(ナホム書:2-8,詩篇 9/10,25, 34, 37,111,112,119,145,箴言31:10-31,哀歌1-4)があり,これは,各行または各節の最初の字母がアルファベット順になるように作られている。[松田 p. 888]
ヘブライ子音字母
母音
母音専用の字母はないが,すでに前 10 世紀頃から,声門音と半母音を表す字母(',h,y,w)は,語頭以外の位置では母音を表す場合も起こっていた。この 4 字母はその後急速に母音表記に転用されるようになり,紀元 100 年頃に成立したヘブライ語聖書では,音節頭以外の位置で,いずれも 2 つ以上の母音音価をもっていたと思われる。字母が母音を表しているとき,それをラテン語で mater lectionis 「読み方の母」と称す。[松田 p. 889]
マソラ符号
上記のように聖書の子音本文では,同一字母が子音をも母音をも表しうるし,母音表記にも一定の規則がなく,また,すべての母音が表記されるわけでもない。こうした状態に対処し,表音を明確にして解釈の曖昧さを除去するため,シリア文字の例にならってヘブライ文字にも補助符号をつける試みが起こった。おそらく 5 ~ 6 世紀のメソポタミア地方のバビロニア式,パレスチナで作られたパレスチナ式,最後(10 世紀)に完成した完全なティベリア式のマソラ(massorah 「伝承」)符号が知られている。[松田 p. 889]
次は,マソラ符号のついた「シュトゥットガルト版ヘブライ語聖書 Genesis 11:1-9」BHS (3.44 MB)
ヘブライ文字の非ユダヤ系言語への適用
ヘブライ文字は,異教徒の言語をユダヤ風に作りかえたいわゆる「ユダヤ諸語(Jewish languages)」の表記にも用いられる。ヘブライ文字で書かれる「ユダヤ諸語」は,ユダヤ人が流浪の過程で作り出した混合言語(fusion language)であり,次の非ユダヤ人の言語をベースとしている。(1)アラム語,(2)クルド語,(3)アラビア語,(4)ベルベル語,(5)ペルシア語,(6)タート語,(7)グルジア語,(8)クリムチャク語,(9)ギリシア語,(10)イタリア語,(11)スペイン語,(12)プロヴァンス語,(13)フランス語,(14)ドイツ語,(15)クナアン語。[上田 p. 892]
アラビア語
Cairo Genizah Fragment [Public Domain /出典] |
ペルシア語
Joshua 1:1 as recorded in the Aleppo Codex [Public Domain / 出典] |
ジュデズモ語
ラディノ語,ユダヤ・スペイン語ともいう。スペインでのアラブ人の勝利(711)の後,スペインのユダヤ人たちは徐々にアラブ化した。しかし,レコンキスタ(国土回復運動)により,ユダヤ人はアラビア語を捨ててスペイン語(カスティーリ方言)を話すようになった。スペインから追放されたユダヤ人は,流浪先でも追放時のスペイン語に固執し,セム語要素のほか,居住先の言語の語彙を多数取り込んだ。ジュテズモ語も 20 世紀初め以降は別として,たいていは「ラシ体」のヘブライ文字が用いられた。[上田 p. 895]
A 1902 Issue of La Epoca, a Judeo-Spanish newspaper from Salonica [La Epoca / Public Domain / 出典] |
プロヴァンス語
ユダヤ・プロヴァンス語手稿 17 世紀 [Unknown / Public Domain / 出典] |
ツァルファティート語
ツァルファティート(Tsarfatit)とは,ユダヤ・フランス語の別称。ヘブライ語のツァルファト(צרפת フランスのこと)に由来するが,フランス北部の他に,マインツやフランクフルトやアーヘンなど,ドイツ西部でも話されていた。これら,ドイツ西部でのツァルファティートの話者が古高ドイツ語に乗り換えることで,後のイディッシュ語が生まれたとする説もある。
この言語はヘブライ文字で表記する。文献には11世紀の偉大なラビであるラシやモーシェ・ハダルシャンの聖書註解やタルムード註解に初めて登場したが,度重なるユダヤ人迫害によって話者が殺害され,あるいは他の地域に移住したため,14世紀末には死語となった。[Wikipedia: ツァルファティート]
イディッシュ語
イディッシュ語は高地ドイツ語,とくに南ドイツ語方言,中部ドイツ語方言をペーストし,それにセム語要素が加わり,その後 12,13 世紀から 15 世紀にわたって,ユダヤ人が中・東欧に移り住んでからは,チェコ語やポーランド語,また,近・現代に入ってからは,ウクライナ語,ロシア語等が加わったものである。イディッシュ語の口語は 10 世紀頃に生まれたものと考えられるが,ヘブライ文字による最古の文献は 1272 年のヴォルムスの祈禱書の中に見られる。今日の正書法に関しては,YIVO 方式(イディッシュ学術文化研究所が制定)と旧ソ連方式の 2 つがあり,前者が一応,標準的な正書法と考えられている。 [上田 p. 892]
[UDHR Yiddish, Eastern] |
ヘブライ文字コンピュータ処理
ヘブライ文字フォントサンプル
書体 | フリーフォント | |
1 | 活字体 | TITUS Cyberbit Basic [Unicode] [Download] |
2 | 転字 | |
3 | 古ヘブライ文字 (前 10 世紀頃~) | Paleo Hebrew [Download] |
4 | ゲゼル農事文 (前 10 世紀) | Gezer Calendar [Download] |
5 | モアブ(メシャ)碑文 (前 9 世紀) | Moabite Stone [Download] |
6 | サマリア陶片 (前 8 世紀) | Samaria Ostraca [Download] |
7 | シロアム壁文(前 8 世紀) | Siloam Stone [Download] |
8 | 印章(前 7 世紀) | Hebrew Seals [Download] |
9 | ラキシュ陶片(前 6 世紀) | Lachish 5 [Download] |
10 | 死海文書(前 1 世紀) | DSS Scribal [Download] |
11 | サマリア文字 (後 13 世紀) | Samaritan [Download] |
12 | ラシ書体 (後 15 世紀) | RashiAmiti [Unicode] [Download] |
13 | 現代筆記体 | Dybbuk [Unicode] [Download] |
http://oketz.com/fonts/
http://scripts.sil.org/EzraSIL_Home
ユニコード
ヘブライ文字のユニコードでの収録位置は U+0590..U+05FF である。
入力方法
ヘブライ語用キーボードを設定すると,タスクバーにはヘブライ語を表す「HE」が表示される。仮想キーボードおよび入力方法については 多言語環境の設定 を参照。マソラ符号などの入力方法のヒントは,キーボード配列,ヘブライ文字パッド を参照。
注
- 松田伊作 (2001)「ヘブライ文字」河野六郎 [ほか] 編著『言語学大辞典 別巻 (世界文字辞典)』三省堂.
- 上田和夫 (2001)「ヘブライ文字の非ユダヤ系言語への適用」河野六郎 [ほか] 編著『言語学大辞典 別巻 (世界文字辞典)』三省堂.
- Goerwitz, Richard L.,熊切拓訳 (2013)「ユダヤ文字体系」Peter T.Daniels, William Bright [編], 矢島文夫 総監訳, 石井米雄 [ほか] 監訳『世界の文字大事典』朝倉書店.
- Hary, Benjamin,山田恵子訳 (2013)「ヘブライ文字体系の応用」Peter T.Daniels, William Bright [編], 矢島文夫 総監訳, 石井米雄 [ほか] 監訳『世界の文字大事典』朝倉書店.
関連リンク・参考文献
- 地球ことば村 ヘブライ語
- ヘブライ文字
- 中西コレクション (国立民族学博物館)ヘブライ文字
- 世界の文字(中西印刷)ヘブライ文字
- Hebrew: History of the Aleph-Bet
- Library and Archives Canada: Jewish Languges
- Jewish Language Research Webseite
- Omniglot Hebrew
- ScriptSource Hebrew
- 旧約聖書ヘブライ語辞典 Davison/Gesenius: Hebrew Lexicon