(1)春のあたたかい日のこと、わたし舟に二人の小さな子どもを連れた女の旅人が乗りました。
舟が出ようとすると、
「おうい、ちょっと待ってくれ。」
と、土手の向こうから手をふりながら、さむらいが一人走ってきて、舟に飛びこみました。
(2)舟は出ました。
さむらいは舟の真ん中にどっかりすわっていました。ぽかぽかあたたかいので、そのうちにいねむりを始めました。
黒いひげを生やして強そうなさむらいが、こっくりこっくりするので、子どもたちはおかしくて、ふふふと笑いました。
お母さんは口に指を当てて、
「だまっておいで。」
と言いました。
さむらいがおこっては大変だからです。
子どもたちはだまりました。
(3)しばらくすると、一人の子どもが、
「母ちゃん、あめ玉ちょうだい。」
と、手を差し出しました。すると、もう一人の子どもも、
「母ちゃん、あたしにも。」
と言いました。
(4)お母さんは、ふところから紙のふくろを取り出しました。ところが、あめ玉は、もう一つしかありませんでした。
「あたしにちょうだい。」
「あたしにちょうだい。」
(5)二人の子どもは、両方からせがみました。あめ玉は一つしかないので、お母さんはこまってしまいました。
「いい子たちだから、待っておいで。向こうへ着いたら、買ってあげるからね。」と言って聞かせても、子どもたちは、「ちょうだいよう、ちょうだいよう。」とだだをこねました。
(6)いねむりをしていたはずのさむらいは、ぱっちり目を開けて、子どもたちがせがむのを見ていました。
お母さんはおどろきました。いねむりをじゃまされたので、このおさむらいはおこっているにちがいないと思いました。
「おとなしくしておいで。」と、お母さんは子どもたちをなだめました。けれど、子どもたちは聞きませんでした。
(7)すると、さむらいがすらりと刀をぬいて、お母さんと子どもたちの前にやって来ました。
お母さんは真っ青になって、子どもたちをかばいました。いねむりのじゃまをした子どもたちを、さむらいが切ってしまうと思ったのです。
「あめ玉を出せ。」と、さむらいは言いました。
お母さんは、おそるおそるあめ玉を差し出しました。
(8)さむらいはそれを舟のへりにのせ、刀でぱちんと二つにわりました。そして、「そうれ。」と、二人の子どもに分けてやりました。
それから、また元の所に帰って、こっくりこっくりねむり始めました。
1 あめ玉
『日本の童話』 全7話 第1話 あめ玉 (日本語) 準拠
作 新美 南吉
絵 てりぃ ゆかどぅか
朗読 高橋 正彦
制作 NPO法人 地球ことば村・世界言語博物館
2021.2.9