(1) 大昔、―― むろん、人間などと いう せこせこした 動物が、まだ この 世へ 現われない 前の ことです。
ある 日、雲が もうもうと わき起こって、ほうぼうの 山へ おそいかかって来ました。そして、高さの 順に 一つずつ 下の 方から 埋めて行きました。
しだいに 峰の 数が 減って、やがて、最後に、この 雲の 大洪水は、富士山と 八ヶ岳の 頭だけを 残して、あらゆる ものを おぼれさせてしまいました。
(2) そこで、八ヶ岳が 富士山を かえりみて、「とうとう 君と 僕だけに なってしまったね。」と 言葉を かけました。
すると 高慢ちきな 富士山は、
「うん。しかし、そのうちに 僕だけに なってしまうのだ。」と 豪語しました。
こう 言われると、八ヶ岳も だまっている わけには まいりません。
「なんだと!それは こっちで 言う ことだよ。論より 証拠、今に みていろ!」
「じゃあ、貴さまは、僕よりも 高いと 思っているのか。」
富士山は、もう なかば けんか腰です。売り言葉に 買い言葉と いう やつで、八ヶ岳も 負けては いずに、
「じゃあ、君は、僕よりも 高い つもりで いたのか。」と 同じような ことを 言って、それに 応じました。
「生意気な 奴だ。」と 富士山が 言いました。
「どっちが。」と 八ヶ岳が やり返しました。
「けしからん やつだ。」
「笑わしやがらあ。見ろよ。この 通り 僕の 方が こんなに 高いじゃないか。」
「いいや、僕の 方が 高い。」
(3) しかし、雲は、あいにくと 最後の 決着を つけては くれませんでした。それでは、と いうので、いよいよ 背丈くらべを やってみる ことに なりました。―長い 樋を 両方の 頭に 乗せ、それに 水を 注ぎます。そして、その 水の 流れて行った 方が 負けと いう ことに なるのです。いかさま、これでは ごまかしが きかない わけです。そして、その 結果、八ヶ岳の 勝ちに なりました。
(4) ところで、負けぎらいな 富士山は、どうしても 腹の 虫が おさまりません。いよいよ 自分の 負けと きまるのが 早いか、ごうを 煮やして、いきなり、両方の 頭に 渡してあった 樋を 取りはずし、それでもって、いやと いうほど 相手の 横面を なぐりつけました。
かわいそうに、その ために 八ヶ岳の 首は 折れて、離れて、宙に 飛んでしまいました・・・
富士山が 日本一と 言われるように なったのは、これから 後の ことであります。
3 背丈くらべ
『日本の童話』 全7話 第3話 背丈くらべ (日本語) 準拠
作 相馬 泰三
絵 武智 祐治
朗読 高橋正彦
NPO法人 地球ことば村・世界言語博物館
2021.2.10