7 注文(ちゅうもん)の多(おお)い料理(りょうり)店(てん)

(1)-(2) p60

(1) 二人(ふたり)の 若(わか)い 紳士(しんし)が、すっかり イギリスの 兵隊(へいたい)の かたちを して、ぴかぴかする 鉄砲(てっぽう)を かついで、白熊(しろくま)のような 犬(いぬ)を 二(に)匹(ひき) つれて、だいぶ  山奥(やまおく)の、木(こ)の葉(は)の かさかさした とこを、こんな ことを 言(い)いながら、あるいておりました。
「ぜんたい、ここらの 山(やま)は けしからんね。鳥(とり)も 獣(けもの)も 一(いっ)匹(ぴき)も いやがらん。なんでも かまわないから、早(はや)く タンタアーンと やってみたいもんだなあ。」
「鹿(しか)の 黄色(きいろ)な 横(よこ)っ腹(ぱら)なんぞに、二(に)、三発(さんぱつ) お見舞(みま)い もうしたら、ずいぶん 痛快(つうかい)だろうねえ。くるくる まわって、それから どたっと 倒(たお)れるだろうねえ。」
それは だいぶの 山奥(やまおく)でした。案内(あんない)してきた 専門(せんもん)の 鉄砲(てっぽう)打(う)ちも、ちょっと まごついて、どこかへ 行(い)ってしまったくらいの 山奥(やまおく)でした。

(2) それに、あんまり 山(やま)が ものすごいので、その 白熊(しろくま)のような 犬(いぬ)が、二(に)匹(ひき) いっしょに めまいを 起(お)こして、しばらく うなって、それから あわを はいて 死(し)んでしまいました。
「じつに ぼくは、二(に)千(せん)四(よん)百(ひゃく)円(えん)の 損害(そんがい)だ。」と、一人(ひとり)の 紳士(しんし)が、その 犬(いぬ)の 眼(ま)ぶたを、ちょっと かえしてみて 言(い)いました。
「ぼくは 二(に)千(せん)八(はっ)百(ぴゃく)円(えん)の 損害(そんがい)だ。」と、もう 一人(ひとり)が、くやしそうに、頭(あたま)を まげて 言(い)いました。〕
はじめの 紳士(しんし)は、すこし 顔(かお)いろを 悪(わる)くして、じっと、もう ひとりの 紳士(しんし)の、顔(かお)つきを 見(み)ながら 言(い)いました。
「ぼくは もう もどろうかと おもう。」
「さあ、ぼくも ちょうど 寒(さむ)くは なったし 腹(はら)も すいてきたし もどろうと おもう。」
「それじゃ、これで 切(き)りあげよう。なあに もどりに、昨日(きのう)の 宿屋(やどや)で、 山鳥(やまどり)を 十(じゅう)円(えん)も  買(か)って 帰(かえ)れば いい。」
「兎(うさぎ)も でていたねえ。そう すれば 結局(けっきょく) おんなじ こった。では 帰(かえ)ろうじゃ  ないか。」

(3)-(4)- p62

(3) ところが どうも 困(こま)った ことは、どっちへ 行(い)けば もどれるのか、いっこうに 見当(けんとう)が つかなくなってしまいました。
風(かぜ)が どうと 吹(ふ)いてきて、草(くさ)は ざわざわ、木(こ)の葉(は)は かさかさ、木(き)は ごとんごとんと 鳴(な)りました。
「どうも 腹(はら)が すいた。さっきから 横(よこ)っ腹(ぱら)が 痛(いた)くて たまらないんだ。」
「ぼくも そうだ。もう あんまり 歩(ある)きたくないな。」
「歩(ある)きたくないよ。」
「ああ 困(こま)ったなあ。何(なに)か たべたいなあ。」
「食(た)べたいもんだなあ。」
二人(ふたり)の 紳士(しんし)は、ざわざわ 鳴(な)る すすきの 中(なか)で、こんな ことを 言(い)いました。

(4) その 時(とき) ふと うしろを 見(み)ますと、立派(りっぱ)な 一(いっ)軒(けん)の 西洋(せいよう)造(づく)りの 家(うち)が ありました。そして その 玄関(げんかん)には、

RESTAURANT西洋(せいよう)料理(りょうり)店(てん)
WILDCAT山猫(やまねこ)軒(けん)

と いう 札(ふだ)が でていました。
「君(きみ)、ちょうど いい。ここは これで なかなか 開(ひら)けているんだ。入(はい)ろうじゃ ないか。」
「おや、こんな ところに おかしいね。しかし とにかく 何(なに)か 食事(しょくじ)が できるんだろう。」
「もちろん できるさ。看板(かんばん)に そう 書(か)いて あるじゃ ないか。」
「入(はい)ろうじゃ ないか。ぼくは もう 何(なに)か 食(た)べたくて 倒(たお)れそうなんだ。」

-(4)-(5)- p64

二人(ふたり)は 玄関(げんかん)に 立(た)ちました。玄関(げんかん)は 白(しろ)い 瀬戸(せと)の レンガで 組(く)んで、実(じつ)に 立派(りっぱ)な もんです。
そして ガラスの 開(ひら)き戸(ど)が たって、そこに 金(きん)文字(もじ)で こう 書(か)いて ありました。

≪どなたも どうか お入(はい)りください。けっして ご遠慮(えんりょ)は ありません。≫

二人(ふたり)は そこで、ひどく よろこんで 言(い)いました。
「こいつは どうだ、やっぱり 世(よ)の 中(なか)は うまく できているねえ。今日(きょう)の  一日(ついたち) なんぎしたけど、こんどは こんな いい ことも ある。この うちは  料理(りょうり)店(てん)だけれども ただで ごちそうするんだぜ。」
「どうも そうらしい。けっして ご遠慮(えんりょ)は ありませんと いうのは その 意味(いみ)だ。」
二人(ふたり)は 戸(と)を 押(お)して、中(なか)へ 入(はい)りました。そこは すぐ 廊下(ろうか)に なっていました。その ガラス戸(ど)の 裏側(うらがわ)には、金(きん)文字(もじ)で こう なっていました。

≪ことに 肥(ふと)った お方(かた)や 若(わか)い お方(かた)は、大(だい)歓迎(かんげい)いたします。≫

(5) 二人(ふたり)は 大(だい)歓迎(かんげい)と いうので、もう 大(おお)よろこびです。
「君(きみ)、ぼくらは 大(だい)歓迎(かんげい)に あたっているのだ。」
「ぼくらは 両方(りょうほう) 兼(か)ねているから。」
ずんずん 廊下(ろうか)を 進(すす)んで行(い)きますと、こんどは 水(みず)いろの ペンキぬりの 扉(と)が ありました。
「どうも 変(へん)な 家(うち)だ。どうして こんなに たくさん 戸(と)が あるのだろう。」
「これは ロシア式(しき)だ。寒(さむ)い とこや 山(やま)の 中(なか)は みんな こうさ。」
そして 二人(ふたり)は その 扉(と)を あけようと しますと、上(うえ)に 黄(き)いろな 字(じ)で こう 書(か)いてありました。

≪当軒(とうけん)は 注文(ちゅうもん)の 多(おお)い 料理(りょうり)店(てん)ですから、どうか そこは ご承知(しょうち)ください。≫

-(5)-(6)- p66

「なかなか はやっているんだ。こんな 山(やま)の 中(なか)で。」
「それあ そうだ。見(み)たまえ、東京(とうきょう)の 大(おお)きな 料理(りょうり)屋(や)だって 大通(おおどお)りには すくないだろう。」
二人(ふたり)は 言(い)いながら、その 扉(と)を あけました。すると その 裏側(うらがわ)に、

≪注文(ちゅうもん)は ずいぶん 多(おお)いでしょうが どうか いちいち こらえてください。≫

「これは ぜんたい どう いうんだ。」一人(ひとり)の 紳士(しんし)は 顔(かお)を しかめました。
「うん、これは きっと 注文(ちゅうもん)が あまり 多(おお)くて 支度(したく)が 手間取(てまど)るけれども ごめん くださいと、こう いう ことだ。」
「そうだろう。早(はや)く どこか 部屋(へや)の 中(なか)に 入(はい)りたいもんだな。」
「そして テーブルに 座(すわ)りたいもんだな。」

(6) ところが どうも うるさい ことは、また 扉(と)が 一(ひと)つ ありました。そして その わきに 鏡(かがみ)が かかって、その 下(した)には 長(なが)い 柄(え)の ついた ブラシが 置(お)いてあったのです。
扉(と)には 赤(あか)い 字(じ)で、

 ≪お客(きゃく)さまがた、ここで 髪(かみ)を きちんと して、
 それから はきものの どろを 落(お)としてください。≫

と 書(か)いてありました。
「これは どうも もっともだ。僕(ぼく)も さっき 玄関(げんかん)で、山(やま)の 中(なか)だと 思(おも)って 見(み)くびったんだよ。」
「作法(さほう)の きびしい 家(うち)だ。きっと よほど えらい 人(ひと)たちが、たびたび 来(く)るんだ。」
そこで 二人(ふたり)は、きれいに 髪(かみ)を けずって、くつの どろを 落(お)としました。

-(6)-(8) p68

そしたら、どうです。ブラシを 板(いた)の 上(うえ)に 置(お)くや いなや、そいつが ぼうっと かすんで なくなって、風(かぜ)が どうっと 部屋(へや)の 中(なか)に 入(はい)ってきました。
二人(ふたり)は びっくりして、たがいに よりそって、扉(と)を がたんと 開(あ)けて、次(つぎ)の 部屋(へや)へ 入(はい)って 行(い)きました。早(はや)く 何(なに)か 暖(あたた)かい ものでも 食(た)べて、元気(げんき)を つけておかないと、もう 途方(とほう)も ない ことに なってしまうと、二人(ふたり)とも 思(おも)ったのでした。

(7) 扉(と)の 内側(うちがわ)に、また 変(へん)な ことが 書(か)いてありました。

 ≪鉄砲(てっぽう)と 弾丸(たま)を ここへ 置(お)いてください。≫

見(み)ると すぐ 横(よこ)に 黒(くろ)い 台(だい)が ありました。
「なるほど、鉄砲(てっぽう)を 持(も)って ものを 食(く)うと いう 法(ほう)は ない。」
「いや、よほど えらい ひとが しじゅう 来(き)ているんだ。」
二人(ふたり)は 鉄砲(てっぽう)を はずし、帯(おび)皮(かわ)を 解(と)いて、それを 台(だい)の 上(うえ)に 置(お)きました。

(8) また 黒(くろ)い 扉(と)が あきました。

 ≪どうか ぼうしと がいとうと くつを おとりください。≫

「どうだ、とるか。」
「仕方(しかた)が ない、とろう。たしかに よっぽど えらい 人(ひと)なんだ。奥(おく)に 来(き)ているのは。」
二人(ふたり)は ぼうしと オーバーコートを くぎに かけ、くつを ぬいで ぺたぺた 歩(ある)いて 扉(と)の 中(なか)に 入(はい)りました。

(9)-(11)- p70

(9) 扉(と)の 裏側(うらがわ)には、

 ≪ネクタイピン、カフスボタン、めがね、さいふ、その他(た) 金物(かなもの)類(るい)、
 ことに とがった ものは、みんな ここに 置(お)いてください。≫

と 書(か)いてありました。扉(と)の すぐ 横(よこ)には 黒(くろ)塗(ぬ)りの 立派(りっぱ)な 金庫(きんこ)も、口(くち)を 開(あ)けて 置(お)いてありました。かぎまで そえてあったのです。
「ははあ、何(なに)かの 料理(りょうり)に 電気(でんき)を 使(つか)うと みえるね。金気(かなけ)の ものは あぶない。ことに とがった ものは あぶないと こう 言(い)うんだろう。」
「そうだろう。してみると 勘定(かんじょう)は 帰(かえ)りに ここで 払(はら)うのだろうか。」
「どうも そうらしい。」
「そうだ。きっと。」
二人(ふたり)は めがねを はずしたり、カフスボタンを とったり、みんな 金庫(きんこ)の 中(なか)に 入(い)れて、ぱちんと 錠(じょう)を かけました。

(10) すこし 行(い)きますと また 扉(と)が あって、その 前(まえ)に ガラスの つぼが 一(ひと)つ ありました。扉(と)には こう 書(か)いてありました。

 ≪つぼの 中(なか)の クリームを 顔(かお)や 手足(てあし)に すっかり ぬってください。≫

見(み)ると たしかに つぼの 中(なか)の ものは 牛乳(ぎゅうにゅう)の クリームでした。
「クリームを ぬれと いうのは どう いうんだ。」
「これはね、外(そと)が ひじょうに 寒(さむ)いだろう。部屋(へや)の 中(なか)が あんまり 暖(あたた)かいと ひびが 切(き)れるから、その 予防(よぼう)なんだ。どうも 奥(おく)には、よほど えらい 人(ひと)が 来(き)ている。こんな ことで、案外(あんがい) ぼくらは、貴族(きぞく)と 近(ちか)づきに なるかも 知(し)れないよ。」
二人(ふたり)は つぼの クリームを、顔(かお)に ぬって 手(て)に ぬって、それから くつ下(した)を ぬいで 足(あし)に ぬりました。それでも まだ 残(のこ)っていましたから、それは 二人(ふたり)とも めいめい こっそり 顔(かお)へ ぬる ふりを しながら 食(た)べました。

(11) それから 大(だい)急(いそ)ぎで 扉(と)を 開(あ)けますと、その 裏側(うらがわ)には、

 ≪クリームを よく ぬりましたか。耳(みみ)にも よく ぬりましたか。≫

と 書(か)いてあって、ちいさな クリームの つぼが ここにも 置(お)いてありました。
「そう そう、ぼくは 耳(みみ)には ぬらなかった。あぶなく 耳(みみ)に ひびを 切(き)らす とこだった。ここの 主人(しゅじん)は じつに 用意(ようい) 周到(しゅうとう)だね。」

-(11)-(12)- p72

「ああ、細(こま)かい とこまで よく 気(き)が つくよ。ところで ぼくは 早(はや)く 何(なに)か 食(た)べたいんだが、どうも こう どこまでも 廊下(ろうか)じゃ 仕方(しかた)が ないね。」
すると すぐ その 前(まえ)に 次(つぎ)の 戸(と)が ありました。

 ≪料理(りょうり)は もうすぐ できます。
 十(じゅう)五(ご)分(ふん)と お待(ま)たせは いたしません。
 すぐ 食(た)べられます。
 早(はや)く あなたの 頭(あたま)に ビンの 中(なか)の 香水(こうすい)を よく 振(ふ)りかけてください。≫

そして 戸(と)の 前(まえ)には 金(きん)ピカの 香水(こうすい)の ビンが 置(お)いてありました。
二人(ふたり)は その 香水(こうすい)を、頭(あたま)へ ぱちゃぱちゃ 振(ふ)りかけました。ところが、その 香水(こうすい)は、どうも 酢(す)のような 匂(にお)いが するのでした。
「この 香水(こうすい)は へんに 酢(す) くさい。どうしてなんだろう。」
「まちがえたんだ。下女(げじょ)が 風邪(かぜ)でも 引(ひ)いて まちがえて 入(い)れたんだ。」
二人(ふたり)は 扉(と)を あけて 中(なか)に 入(はい)りました。

(12) 扉(と)の 裏側(うらがわ)には、大(おお)きな 字(じ)で こう 書(か)いて ありました。

 ≪いろいろ 注文(ちゅうもん)が 多(おお)くて うるさかったでしょう。お気(き)の毒(どく)でした。
 もう これだけです。どうか からだ中(じゅう)に、つぼの 中(なか)の 塩(しお)を たくさん よく もみこんでください。≫

なるほど 立派(りっぱ)な 青(あお)い 瀬戸(せと)の 塩(しお)つぼは 置(お)いて ありましたが、こんどと いう こんどは 二人(ふたり)とも ぎょっと して おたがいに クリームを たくさん ぬった 顔(かお)を 見合(みあ)わせました。

-(12)-(14)- p74

「どうも おかしいぜ。」
「ぼくも おかしいと 思(おも)う。」
「たくさんの 注文(ちゅうもん)と いうのは、向(む)こうが こっちへ 注文(ちゅうもん)してるんだよ。」
「だからさ、西洋(せいよう)料理(りょうり)店(てん)と いうのは、ぼくの 考(かんが)える ところでは、西洋(せいよう)料理(りょうり)を、来(き)た 人(ひと)に 食(た)べさせるのでは なくて、来(き)た 人(ひと)を 西洋(せいよう)料理(りょうり)に して、食(た)べてやる 家(うち)と いう ことなんだ。これは、その、つ、つ、つ、つまり、ぼ、ぼ、ぼくらが・・・。」がたがた がたがた、ふるえだして もう ものが 言(い)えませんでした。
「その、ぼ、ぼ、ぼくらが・・・うわあ。」がたがた がたがた ふるえだして、ものが 言(い)えませんでした。
「逃(に)げ・・・。」がたがた しながら 一人(ひとり)の 紳士(しんし)は うしろの 戸(と)を 押(お)そうと しましたが、どうです。戸(と)は もう 一分(いちぶ)も 動(うご)きませんでした。

(13) 奥(おく)の 方(ほう)には まだ 一(いち)枚(まい) 扉(と)が あって、大(おお)きな かぎ穴(あな)が 二(ふた)つ つき、銀(ぎん)いろの ホークと ナイフの 形(かたち)が 切(き)りだしてあって、

 ≪いや、わざわざ ご苦労(くろう)です。
 大(だい)へん 結構(けっこう)に できました。
 さあさあ おなかに お入(はい)りください。≫

と 書(か)いて ありました。おまけに かぎ穴(あな)からは きょろきょろ 二(ふた)つの 青(あお)い 眼(め)玉(だま)が こっちを のぞいています。

「うわあ。」がたがた がたがた。
「うわあ。」がたがた がたがた。
二人(ふたり)は 泣(な)き出(だ)しました。

(14) すると 戸(と)の 中(なか)では、こそこそ こんな ことを 言(い)っています。
「だめだよ。もう 気(き)が ついたよ。塩(しお)を もみこまないようだよ。」
「あたりまえさ。親分(おやぶん)の 書(か)きようが まずいんだ。あすこへ、いろいろ 注文(ちゅうもん)が  多(おお)くて うるさかったでしょう、お気(き)の毒(どく)でしたなんて、間抜(まぬ)けた ことを 書(か)いたもんだ。」
「どっちでも いいよ。どうせ ぼくらには、骨(ほね)も 分(わ)けてくれや しないんだ。」
「それは そうだ。けれども もし ここへ あいつらが 入(はい)って 来(こ)なかったら、それは ぼくらの 責任(せきにん)だぜ。」
「呼(よ)ぼうか、呼(よ)ぼう。おい、お客(きゃく)さん方(がた)、早(はや)く いらっしゃい。いらっしゃい。いらっしゃい。お皿(さら)も 洗(あら)ってありますし、菜(な)っ葉(ぱ)も もう よく 塩(しお)で もんでおきました。あとは あなたがたと、菜(な)っ葉(ぱ)を うまく とりあわせて、まっ白(しろ)な お皿(さら)に のせるだけです。早(はや)く いらっしゃい。」

-(14)-(15) p76

「へい、いらっしゃい、いらっしゃい。それとも サラダは お嫌(きら)いですか。そんなら これから 火(ひ)を おこして フライに してあげましょうか。とにかく 早(はや)く いらっしゃい。」
二人(ふたり)は あんまり 心(こころ)を 痛(いた)めた ために、顔(かお)が まるで くしゃくしゃの 紙(かみ)くずのように なり、おたがいに その 顔(かお)を 見合(みあ)わせ、ぶるぶる ふるえ、声(こえ)も なく 泣(な)きました。
中(なか)では ふっふっと わらって まだ さけんでいます。
「いらっしゃい、いらっしゃい。そんなに 泣(な)いては せっかくの クリームが 流(なが)れるじゃ ありませんか。 へい、ただいま。 じきに もってまいります。 さあ、 早(はや)く いらっしゃい。」
「早(はや)く いらっしゃい。親方(おやかた)が もう ナプキンを かけて、ナイフを もって、舌(した)なめずりして、お客(きゃく)さま方(がた)を 待(ま)っていられます。」
二人(ふたり)は 泣(な)いて 泣(な)いて 泣(な)いて 泣(な)いて 泣(な)きました。

(15) その とき うしろから いきなり、
「わん、わん、ぐわあ。」と いう 声(こえ)が して、あの 白熊(しろくま)のような 犬(いぬ)が 二(に)匹(ひき)、 扉(と)を つきやぶって 部屋(へや)の 中(なか)に 飛(と)びこんできました。鍵穴(かぎあな)の 眼(め)玉(だま)は  たちまち なくなり、犬(いぬ)どもは ううと うなって しばらく 部屋(へや)の 中(なか)を くるくる 廻(まわ)っていましたが、また 一声(ひとこえ)、
「わん」と 高(たか)く ほえて、いきなり 次(つぎ)の 戸(と)に 飛(と)びつきました。扉(と)は がたりと ひらき、犬(いぬ)どもは 吸(す)いこまれるように 飛(と)んで 行(い)きました。
その 扉(と)の 向(む)こうの まっくらやみの 中(なか)で、
「にゃあお、くわあ、ごろごろ。」と いう 声(こえ)が して、それから がさがさ 鳴(な)りました。

(16)-(17) p78

(16) 部屋(へや)は けむりのように 消(き)え、二人(ふたり)は 寒(さむ)さに ぶるぶる ふるえて、草(くさ)の 中(なか)に 立(た)っていました。
見(み)ると、上着(うわぎ)や くつや さいふや ネクタイピンは、あっちの 枝(えだ)に ぶらさがったり、こっちの 根(ね)もとに ちらばったり しています。風(かぜ)が どうと 吹(ふ)いてきて、草(くさ)は  ざわざわ、木(こ)の葉(は)は かさかさ、木(き)は ごとんごとんと 鳴(な)りました。
犬(いぬ)が ふうと うなって もどってきました。
そして うしろからは、
「旦那(だんな)あ、旦那(だんな)あ。」と さけぶ ものが あります。
二人(ふたり)は にわかに 元気(げんき)が ついて、
「おおい、おおい、ここだぞ、早(はや)く 来(こ)い。」と さけびました。
蓑(みの)帽子(ぼうし)を かぶった 専門(せんもん)の 猟師(りょうし)が、草(くさ)を ざわざわ 分(わ)けて やって来(き)ました。
そこで 二人(ふたり)は やっと 安心(あんしん)しました。
そして 猟師(りょうし)の もってきた 団子(だんご)を 食(た)べ、途中(とちゅう)で 十(じゅう)円(えん)だけ 山鳥(やまどり)を 買(か)って 東京(とうきょう)に 帰(かえ)りました。

(17) しかし、さっき 一(いっ)ぺん 紙(かみ)くずのように なった 二人(ふたり)の 顔(かお)だけは、東京(とうきょう)に 帰(かえ)っても、お湯(ゆ)に 入(はい)っても、もう もとの とおりに なおりませんでした。

奥付(おくづけ)

7 注文(ちゅうもん)の多(おお)い料理(りょうり)店(てん)

『日本(にほん)の童話(どうわ)』 全(ぜん)7話(わ) 第(だい)7話(わ) 注文(ちゅうもん)の多(おお)い料理(りょうり)店(てん) (日本(にほん)語(ご)) 準拠(じゅんきょ)

作(さく) 宮沢(みやざわ) 賢治(けんじ)
絵(え) 佐々木(ささき) ひろこ
朗読(ろうどく) 高橋(たかはし) 正彦(まさひこ)

制作(せいさく) NPO法人(ほうじん) 地球(ちきゅう)ことば村(むら)・世界(せかい)言語(げんご)博物(はくぶつ)館(かん)

2021.2.9