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【地球ことば村・世界言語博物館】

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世界の文字

真正文字 英 Real character


17 世紀,さまざまな人が,普遍言語やいわゆる「真正文字」なるものを考案した。フランスでは,デカルトの影響を受けてか,メルセンヌ(M. Mersenne)が,すべての人間の思想を同一の語で簡単明瞭に表現できるような,あらゆる可能な言語のうちの最良のものをつくることを提案している。イギリスでは,同じことが,ジョージ・ダルガーノ(George Dalgaerno)やジョン・ウィルキンズ司教(John Wilkins)のような人々によって進められた。中でもウィルキンズの「真正文字哲学言語試論』(Essay towards a Real Character and a philosophical Language,以下「試論」)はとくに有名である。「試論」は,当時,設立間もない王立学士院の援助で出版されたもので,ロジュ(Roget)は,それがひとつの示唆となって,『シソーラス』(Thesaurus)をつくったのだと,約 200 年後に自ら述べている。(→ ロウビンズ)

ウィルキンズの計画は,世界の全民族の相互伝達のために,体系的に作られており,普遍的に適用できるような読み書きできる言語の原理を創造することに他ならなかった。454 ページにも及ぶその「試論」は,現存する自然言語の欠点を難じた後,抽象関係・行為・過程と論理的概念,生物および無生物の自然的種別,家族と社会における人間の物理的・制度的関係を含めて,人間知識を完全に図式化するためにはどうすればよいかを詳説している。(→ Wilkins)

書記用記号

書記用記号である実在的概念文字(真正文字)とは,直線や点などから成る記号言語である。下図の上部には,ウィルキンスの分類表における最初の 40 個の概念の分類である類(genus)が書かれており,その右側に,それぞれ横線を基本とした線型的記号が書かれている。この線型的記号が,実存的概念文字である。(→ 北詰,北詰氏は Real Character に対して「実在的概念文字」という述語を用いる。)

その下には,種差(Difference)を示す記号として,線型的記号の左側に様々な角度をつけた単線が示されており,そのさらに下には,種(Species)を示す記号として,右側に角度をつけた単線が示されている。こうした単線も実在的概念文字である。この他にも,ウィルキンスが分類した下位概念に従って,記号や印の数は増えていく。(→ 北詰)


発音用記号

発音用記号はアルファベットとそれによく似た記号から成っている。ウィルキンスの『試論』における普遍言語は,書起用記号である実在的概念文字のみならず,分類された観念を読むための音価が与えられて初めて完成する。この発音される音群の記号は「哲学的言語 Philosophical Language」と呼ばれる。これらは観念を発音するための記号であるとされている。

下図上部には,ウィルキンスの分類表における最初の 40 個の観念の分類である類 genus が書かれており,その右側に,アルファベットとそれによく似た記号とが二つ書かれている。この記号が哲学的言語である。その下には,種差 Difference を示す記号として,それぞれ BDGPTCZSN といった子音が書かれており,そのさらに下には,種 Speices を示す記号として,小文字の母音とアルファベットに近い記号とが示されている。これらが観念を発音するための音群の記号とされている。この他にも,ウィルキンスが分類した下位概念に従って,大文字小文字を合わせた子音と母音の組合せが増えていく。


真正文字による簡単な例:文字「父」

これらの類や下位区分,またそこに含まれるさまざまな意味や関係・限定は,すべて意味上それ自身で十分かつ明解に構成される「真正文字」によって書き表す。それはいずれも,自然言語の単語をもって相互翻訳が可能な理想語を表わすのである。(→ ロウビンズ)

かかる文字にそれぞれ発音形を対応させるため,ウィルキンズは普遍的な音声組織の体系,すなわち,世界の既知の言語に見出されるとする調音の範疇を表すための「字」の体系を用意した。文字の構成要素各々は,音節もしくは単字から構成され,それによって同様に明晰な発音語形が組み立てられる。かくして,文字「父」に対する発音形としては,Co が経済関係を表わし,ba が各々血族と直系尊属という二つの下位区分を表わして,Coba (親)となり,さらに男性を示す ra が加わって,「父」(Cobara)(おそらく [kobara])が得られる。。(→ ロウビンス)

例文

普遍言語である実在的概念文字と哲学的言語とは,観念の分類表に正確に対応する記号言語である。この二つの記号表記の具体的な実践例として,ウィルキンスは新約聖書の「主の祈りの」を紹介している。(→ 北詰)


発音表

ウィルキンスは,既存のアルファベット文字に代表されるように,音声言語が視覚化されたものが文字言語であるという一般的理解とは全く異なる考え方をする。詳細にわたった観念の分類表が書記用記号と発音用記号に先んじてあり,それぞれの記号は,あくまでもそれぞれが示す観念に対応している。

「試論」において音を観念のしるしとしても表記可能だと捉えた理由としては,以下の二点が挙げられる。第一に,観念の伝達という観点からすると,音(耳)と文字(目)とには優劣がないこと,第二に,発音器官を正しく動かせば,常に正しい音が形成される,という発想である。哲学的言語は音声記号であるため,各人が発音する具合によって異なる観念の記号になりがちであるが,ウィルキンスは正確な発音を導くための「発音表」を付けることでそれを回避しようとした。


漢字・表意文字からのインパクト

ウィルキンスは,17 世紀の普遍言語構想全般にインパクトを与えた漢字という表意文字の特性を高く評価していた。中国の様々な場所で全く異なる発音がなされるにもかかわらず,漢字は読まれ,意思疎通を可能にする,表意文字は,アルファベットのような表音文字と違い,意味や概念を視覚的に提示する。

こうした表意文字からのインパクトを受けて,ウィルキンスの普遍言語は,観念を直接的に表示する人工的な文字記号として考案されることになる。それは観念の組合せによって事物を視覚的に表示する記号群と,観念に発音記号を割り振ることによって声に出すことを可能にする記号群から成っていた。既存の言語とは全く異なるウィルキンスの普遍言語は,事物や観念を直接的に表わす記号であるがゆえに,いかなる国のいかなる言語によっても判読可能なものと位置づけられる。しかし,→ ロウビンズは,「漢字は,同部首の下では意味的につながりのある概念どうしでまとまる傾向がある点は満足できるが,形式的に複雑であり,しかも意味分析ができず不明瞭であることは否めない」と指摘している。


関連リンク

[最終更新 2019/01/20]