“ ことばで育つ ” ことば塾
言語と人間関係 全2回 ~その2~
2月19日(土)性格心理学・詫摩武俊先生によるシリーズ講座「言語と人間関 係」その2がことば村事務所で開かれました。その1に出席していた方々も含 めて、参加者は15名。今回は「母語としてのにほんご」が、心理学の観点から おもしろく解き明かされました。
人間関係を重んじることば
お兄さん・お姉さんという呼称は、ヨーロッパ系言語にはありません。たいて い名前で呼び合います。こういう例などから、にほんごは年齢による序列を重 んじることばだと思われます。 また、身分の序列によっても呼び方や動詞などが変わります。一度相手に対し て使うことばが決まると、入れ替わったりすることはまずありません。自分に とってどういう関係のひとか、を瞬時に判断して適切なことば使いのできるひ とが大人だ、というわけです。
五感で感じる世界を言語化
他の特徴として、抽象名詞の少なさ・擬音語や擬態語の多さが挙げられます。 自分が感じることの出来る山・川・風などのことばは豊富ですが、それらをま とめたNatureにあたることばは本来のにほんごにありません。「自然」は翻訳 語です。 また、音を表す擬音語や、しずしず、のろのろなどの擬態語が非常に多いので す。これはやはり、自分に感じられたものとして、その中に自分がいる具体世 界を表現していると思われます。西欧的な哲学(形而上学)や宗教が日本には 生まれなかった所以でしょう。
主語が明確でない
多くの場合、にほんごでは主語が省略されます。また、主語の単数・複数による動詞変化もありません。これは自分を目立たせたくない心性の表れだと思われます。
日本人の心性を表すにほんご
にほんごの特徴として挙げた、人間関係の重視・感覚的・自分を目立たせない。 これらは日本人の性格といえるのかもしれません。そのことを踏まえて、これ からの時代に日本人がどう生きていくかを考える必要があります。ドイツの大 学で教えた経験からいうと、ドイツの学生はどんどん質問し、自分で進んで研 究する意欲に満ちていました。日本の学生は決められたことはきちんとこなし ますが、質問や発言が少ないし、自発的になにかをするということが少ない。 こういう違いをどうするかをひとりひとり考えたいと思います。
豊富な実例をひきながらの講義のあと、参加者からたくさんの質問が寄せられ ました。そのひとつをご紹介します。
参加者 | 日本人にはあえてことばにするのは失礼だという感覚がありますが、もと もとことばに重きをおかない文化なのでしょうか? |
詫摩先生 | 察する文化ですね。それに加え、古い身分制度の時代には、ことばを対外 的に言う、というのは主人のすることで、それ以外のメンバーは黙っているこ とになっていました。多数のひとは誰かの判断に従うという、自分を目立たせ ない生き方をしていたわけです。 |
そのほか、現代の家庭ではことばによるコミュニケーションが希薄になってい ること、それによる弊害がとても心配されることなど、これからのにほんごの ありかたについて、大切だとおもわれるトピックが次々と出て、時間が足りな い感がありました。またの機会をぜひ用意したいと思っています。ご期待くだ さい。
《事務局》