ことば村・ことばのサロン
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■ 2009・ 5月のことばのサロン |
▼ ことばのサロン |
シリーズ「よみがえる ことばたち」3
● 2009年5月16日(土)午後2時-4時30分 講演要旨
ハイダ族はカナダのブリティッシュ・コロンビア州北西海岸にあるクィーン・シャーロット諸島、アメリカ合衆国アラスカ州南東部に住む先住民の人々です。 1842年の調査では全体で8428人だった人口は、疫病の侵入などで1890年中ごろには1200人ほどに激減し、生き残った人々はQ.シャーロット諸 島のスキドゲイト、マセットと、アラスカ州ハイダバーグ、ケチカンに移り住みました。ハイダ族の村があったニンスティンツは1981年にユネスコの世界遺 産に登録され、残されているハイダのトーテムポールなどの映像がNHKで放映されたこともあります。彼らの言語・ハイダ語は北部のマセット方言・アラスカ 方言(ハイダバーグ、ケチカン)と南部のスキドゲイト方言の3つに分類されますが、このうちスキドゲイト方言がハイダ語の古い形をよく伝えています。スキ ドゲイト方言が「流暢に話せる」とされる話者は、1997年のクラウスによる調査では10名とされ、そのほとんどは80代の老人で、60代になると聞いて 理解できるレベル、それ以下の年齢では聞いてもわからない世代になっています。これは寄宿学校における母語使用の禁止などによって、日常語ではなくなった という歴史を反映しています。 ハイダ語の特徴 ハイダ語は1900年初頭に民族学者のジョン・スワントンが記述して以来、1970年までほとんど研究されてこなかった 言語です。そのうえ、1900年初頭の記述にはさまざまな不備もあり、70年代からやっと言語学的なハイダ語の研究が始まったわけです。さらにこの言語の 記録・継承のために、元来は文字を持たなかったハイダ語の文字化(正書法)も急がれました。 ハイダ語の音韻的な特徴として子音の数が多いこと、放出音や口蓋垂音、側面摩擦音があること、声調(高声調・低声調)があることなどが挙げられます。声 調は母音の長短や音節末尾の子音がなにかによっておおむね決定されます。また単語の作り方(形態法)の特徴として、意味を持つ最小の単位である形態素が多 く統合され、その切れ目がはっきりしているという膠着的な言語だといえます。動詞語根には最大7つの派生接尾辞、最大7つの語尾、そのほか使役や類別など の接頭辞がつくことがあり、非常に長い動詞を作ることがあります。(多くの動詞は3から4の形態素でできていますが) 正書法の問題 このような特徴をもつハイダ語を文字化する試みは1970年代に始まり、アラスカ原住民言語センターの言語学者とハイダ 語アラスカ方言話者との協働で開発されたアラスカ式正書法がそのあとに続くほかの方言の正書法の基礎となりました。現在はアラスカ式に加えて、1998年 に始まったハイダ語スキドケイト方言集中プログラム(SHIP)で用いられている方式(SHIP式)、ジョン・エンリコの開発によるエンリコ式、の3つの 正書法が用いられていますが、それぞれ一長一短があります。例えばSHIP式では破擦音の表記に一貫性がみられないことや軟口蓋音と口蓋垂音をアンダーラ インで区別するのがある種のフォントや字体では判別しにくいなど、また、エンリコ式では同じく軟口蓋音と口蓋垂音を一見したところ関係性がない文字で表記 するなど、初学者には理解しづらいことがあります。 さらに長い語を分かち書きする問題もあります。分かち書きなしでは大変読みづらいからですが、各正書法で分け方が異なります。共通の正書法を作ろうとい う動きもありますが、なかなか進んでいないのが現状です。文字言語は規範となりやすく、ハイダ語のようにさまざまなバリエーションがある言語の場合、文字 になったものが権威を持つことになって、ほかのバリエーションの話者との争いの引き金にもなりかねません。また一度規範性を獲得してしまうと、誤った方法 や非合理的な方法が一人歩きする危険性もあります。より一貫性のある正書法を考えつつ、現実に使い易い方法を柔軟に検討していかなくてはならないと思いま す。 ハイダ語・ハイダ文化の普及と保存、継承
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