地球ことば村
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ことば村・ことばのサロン

2014・3月のことばのサロン
▼ことばのサロン

 

「インド・ミャンマー国境地帯に広がる一大言語群、チン語のはなし」


● 2014年3月29日(土)午後2時-4時30分
● 慶應義塾大学三田キャンパス研究室棟第一会議室
● 話題提供:大塚行誠先生(日本学術振興会特別研究員(PD)/東京外国語大学)


大塚行誠先生


講師紹介

 大塚行誠先生は、インド・ミャンマー国境地帯のチン語を研究していらっしゃって、博士論文はティディム・チン語で書かれました。つい先日までフィールドに出ていらして、その最新の成果がうかがえるのではと楽しみにしております。


講演要旨

 ご紹介いただいた大塚です。東京外国語大学のアジア・アフリカ言語文化研究所の研究員として、インド・ミャンマー国境地帯の少数民族のことば、チン語を研究しています。
 東京大学大学院ではチン語に関する博士論文を書きましたが、学部は東京外国語大学でミャンマー語を学んでおりました。今は年に2、3回ミャンマーに行き、ミャンマーの方が事情が分かることもあるので、今回は主にミャンマー側からチン語をご紹介します。

変わりつつあるミャンマー

 ミャンマーの正式名称はミャンマー連邦共和国です。東南アジアの一番西側にあたります。インド、中国、タイの食文化の入り混じるところで、ミャンマーカレーの味わい深さが有名です。私がビルマ語の勉強を始めたころは、これら三つの大国の間に挟まれた国であること、第二次世界大戦時インパール作戦などが展開され、日本軍の人達がたくさんいたところ、ということぐらいしか日本では知られていませんでした。最近はがらっと変わりました。たくさんの日本人がビジネスで訪れています。今ではANAの直行便が毎日飛んでいますが、ビジネスマンでひしめきあっていて、私もどの業界か、と隣席のひとに聞かれるくらい(笑)です。
 2005年までは港湾都市ヤンゴンが首都でしたが、当時の政権が、どういうわけか、突然内陸のネーピードーに首都機能を移しました。しかし、大使館や企業の多くは今でもヤンゴンにあり、実質上完全には首都機能が移転していません。ネーピードーは公式上の首都ということになっています。
 今、ミャンマーは変革の時期にあり、刻一刻と情勢が変わっているため、うっかりとしたことは言えない状況です。
 私が留学していた2010年以前は軍事独裁政権の統治下にあり、BBCやVOAのホームページも見られないような厳しい検閲がありました。しかし、2010年の新憲法に基づく総選挙と、ノーベル平和賞受賞のアウンサン・スーチー女史などの民主化活動家の解放以降、欧米側の経済制裁も弱まって、民主化・自由化が急速に進みました。2013年にはオリンピックのローカル版のような東南アジア競技会が開かれ、ますますビジネスブームが過熱しています。日本をはじめ、海外からの投資も急増中です。私自身はよくヤンゴンで調査しますが、昔は上等なビジネスホテルが一泊60ドル(6000円)で、それでも高い、と思っていました。しかし、現在は日本人、中国人、韓国人、欧米人のビジネスマンが押し寄せているため、まず部屋が取れないし、以前は60ドルほどで泊まれた部屋が一泊290ドルもして、世界でもホテル代が高い都市のひとつになってしまいました。地方はあまり変わっていませんが、都市はどんどん変わりつつあります。大型ショッピングモールも続々とオープンしています。また、10年前にはほとんど見かけなかった携帯電話ですが、今ではたくさんの人が持っていますインターネットも自由化し、なんでも見られるようになりました。そして、目下韓流ブームまっただ中で、夜の国営放送の30分のニュースのあとも3時間くらい韓国語が流れています。
 これがミャンマーの地図です。68万km2、日本の約2倍の面積です。人口は5千万人程度と言われていますが、IMF推定では6367万人です。これから国勢調査が始まるのでどれくらいの人口かが分かると思います。


多民族多言語の国家

 私がビルマ語を勉強し始めて10年になりますが、なぜこんなにミャンマーにはまったかと言うと、多民族多言語に関心があったからです。まず、ミャンマー政府の発表によればミャンマー国内には135に及ぶ民族がいます。そしてSummer Institute of Linguistics (SIL)という機関の報告によると少なくとも111の言語が話されているのではないかということです。その言語を系統別に見ると、公用語のビルマ語などシナ・チベット語族のチベット・ビルマ語派の言語が最も多く、このほかにオーストロアジア語族のモン・クメール語派やオーストロネシア語族のマレー・ポリネシア語派、タイ・カダイ語族、印欧語族などの言語もあります。
 ミャンマー少数民族の言語や文化のことについては、これまで閉鎖的な国だったこともあり、資料がまだまだ少ない状態にあります。そこで私は自分でミャンマーへ行って、資料を作りたいと思い、ミャンマー少数民族の言語のひとつ、ティディム・チン語の文法書を大学院で書いたのです。
 ミャンマーは連邦国家です。ミャンマー連邦人口の70%を占めるビルマ族のほか、7大少数民族には行政州が割り当てられています。カレン族の多く住むカレン州、カヤー族の多く住むカヤー州、ヤカイン族の多く住むヤカイン州、ジンポー族の多く住むカチン州、タイ系少数民族シャン族の多く住むシャン州、モン族の多く住むモン州、そして私の調査しているチン族の多く住むチン州があります。
 チン族の話す言語には50種類以上に及び、大変複雑な言語状況を有しています。


チン語支=チン族の話すことば

 チン語支は約50言語あります。言語系統はシナ・チベット語族-チベット・ビルマ語派-チン(クキ・チン)語支です。イギリスがミャンマーを統治していたころにイギリスの言語学者が綿密な調査をしました。たくさんの村々に行き、たくさんの語彙を集めました。そうすると、結構似通っている語彙があるのです。

チン語の対照語彙リスト

 「鶏」は北部のティディム・チン語では語尾にkが付き、中部のミゾ語では語尾にrが付き、南部のアショー・チン語では語尾が消えています。「花」も同じですね。このように、しっかり見ると、規則性と共通点が見えてきます。そこでまず、語彙で、これらの言語が同じグループに属していると証明していきます。


チン語支の文法的な特徴

 チン語支の文法的な類似点は-①能格型言語の特徴を持つ。②述語が文末に立つという文法的な制約は比較的強い。基本的な語順は自動詞文はSV、他動詞文がAPV。③ひとつの動詞語根につき動詞互換が2形式ある。③がチン語支の一番の文法的な特徴と言われています。


「チン」の呼称について

 「チン」はビルマ語による外名です。チンの人たちが自分自身をなんというかというと、部族によって「ゾ」「ショー」「チョー」などと言います。それらの語源は不明です。「チン」はチン語支のひとつ、アショー・チン語の「人間」が語源と考えられています。

 チン語支の諸言語は、ミャンマーの南西部、バングラディシュのチッタゴン丘陵、インド北東部で主に話されています。チン族の住環境はいろいろで、平地も1500~2000メートル級の山地もありますし、海岸や内陸部のサバンナもあります。雲海の上に町を作っていることもあります。私が博士課程だったころに調査した村は、なだらかな山の上にありました。住環境がさまざまであることに伴って、民族衣装も何種類もあり、色とりどりで、自分たちのアイデンティティを表すものになっています。昔は男女ともに超丈の短い腰布をはいていたということですが、それが改良されてスーツジャケットスタイルなどに変化しています。私はティディム・チンという部族の調査をしていたので、式典などではティディム・チンの衣装をよく着ていました。男は白地、女性は柄の中に黒を用いなくてはなりません。隣に住むハカ・チン族の場合、女性はとてもきれいな赤地に様々な模様のついた服にたくさんの首飾りや耳飾りをつけます。

民族衣装


チンの文化①:宗教と芸能

 チンの言語が50以上もあるのと同じように、宗教などの文化面も多岐にわたります。北部のチン族の多くはキリスト教を信じている一方、仏教やアミニズム信仰を信じる人々も少なからずいます。昔はアニミズム信仰が多かったのですが、今は南部にわずかに残る程度です。ポールに動物の骨などを掲げて神様にお供えなどをしています。
 海外からチン州に来る観光客が、南部のチン州でまず見るのが鼻笛でしょう。口ではなく、鼻で吹く笛で、南のチン族がよく使う楽器です。また、若い女性はしなくなりましたが、刺青の習慣も南部のものです。大体、アニミズム、鼻笛、刺青などエキゾチックな伝統文化は南のチン族にあります。逆に、北側は圧倒的にキリスト教徒が多く、音楽も西洋的なものが多いです。


チンの文化②:文字

 チンのことばの表記で一番多いのはラテン文字表記です。キリスト教宣教師が聖書を訳す時にラテン文字を使った結果、北部でチン語を話す人の7、8割はラテン文字を使うようになりました。週刊誌、ゴシップ誌などはほとんどラテン文字表記です。ただ、チン語は声調言語なのですが、声調は明記することができません。パウチンハウ文字(これはインターネットで検索すると出てくるかもしれません、最近ユニコード化されようとしています)は、博士論文で研究していたティディム・チン語で使われている文字で、パウチンハウ教という新興宗教の創始者が、夢の中で出会った文字、民族の文字として、独自で作ってしまった文字です。しかし、これには声調の表記もあります。ただ、新興宗教が作った文字、ということで、その信者以外にはあまり普及していません。
 さらに、私が現在研究しているアショー・チン語のアショー・チン文字があります。ポー・カレン文字をもとに作られたものです。

文字


チンの文化③:食文化

 食文化はどちらかというと質素です。米よりもトウモロコシや粟をよく食べます。トウモロコシや粟のお粥がチン族の代表的な料理です。塩を入れるだけでスパイスは全く使わず、トウモロコシと豆をゆがいただけです。とうもろこしのおかゆをヴァイミーム・チームと呼びます。あと、笹団子のようなものがあります。粟の中に多少の根菜をいれた団子ですがパサパサしていて、塩も砂糖もほとんど入れないのであまり味がありませんが、笹でくるんで火にくべると香ばしい団子ができます。日本人にはなじみ深い納豆もバナナの葉に包まれて出てきたりします。インド側のミゾラム州というチン族の自治州に行ったとき、納豆が普通に食べられたことに、ちょっと衝撃を受けました。


私のチン語研究歴~長く閉ざされていたフィールド

 2006年~2011年、ティディム・チン語(北部チン語群)を研究しました。2012年にミゾ語(中部チン語群)を学びに、インド共和国ミゾラム大学へ留学し、2013年から一番南側のアショー・チン語の調査を始めて現在に至っています。
 2006年から2011年の軍事政権下では、一度もチン州に入れたことはありませんでした。どうしても入りたくて、州境の町まで行きましたが、軍事情報部や警察の人が来て、毎日どこへ行ったか報告しなさいとか、チン州には絶対に行くなと何回も言われ、あきらめてしまいました。賄賂を使えば行けたらしいですが、それはポリシーに反するので。私はチン州で住民と接して勉強したかったのですが、2011年までは外国人の立ち入りが不可能で、パスポートやヴィザを持っていても、チン州に入ったら、ある種犯罪行為のような扱いを受けました。ところが、2012年の改革以来、チン州も外国人に全面的に解放され、先々週、この空港についたら、すごい<外国人ウェルカム!>のような雰囲気でがらりと変わっていました。前は、行くな!と言っていた警察官たちも、空港でやっと行けてよかったね、と言ってくれました。人間はここまで変わるものかとびっくりしました。
 チン州に入れなければ、インド側でチン族の多い地域に行けばいいじゃないか、とインド人の先生にも言われたのですが、こちらもインドの入国ヴィザとは別にミゾラム州入域特別許可証を申請する必要があり、4人のグループで三日間の滞在、必ずガイドを付けるなど厳しい行動規制があり、自由に言語調査はできませんでした。しかし、2011年末からその入域許可制度が撤廃されて、外国人でも自由に行けるようになりました。
 そういう状況の中、2006年から2011年は、日本国内やヤンゴンに住むチン族のコミュニティーで主に調査をしていました。


増加するチン族の移民

 多くのチン族が現在世界中に移住しています。例えば、ノルウェーには巨大なチン・コミュニティーができていて、ティディム・チン語のラジオ放送もあります。アメリカではオクラホマ州タルサに1万人以上のチン人が住むリトル・ティディムという場所があり、チン語のテレビ局もあります。
 実は日本にもチン族がたくさんいます。私が博士論文を書き上げられたのも、東京に住むチン族が協力してくれたおかげです。第65回チン民族記念日の催しですが、豊島区区民ホールが入りきれないほどチン族が集まりました。多くはミャンマーの政情不安から逃れて来た難民です。興味のある方はインターネットでCNC-Japan(在日チンコミュニティー)というホームページでチン人の活動をご覧ください。http://cncjp.org/
 東京では年に一回、チン族のお祭りが開かれます。コドーポーイという収穫祭です。日本にいながらにしてチン族伝統の踊りや、食事が楽しめます。
 アメリカにもチン族はたくさん住んでいます。アメリカのオレゴンで開かれた言語学会に参加したとき、たまたまそこにチン人のコミュニティーがあって、伝統の歌謡や昔話などチン語の調査もすることができました。
 私の調査方法のひとつを見ていただきますが、在日チン人に、代表的料理である鶏の粟粥(アクサ チン)を日本の食材で作ってもらいながらそのチン語での説明をデータに収めているというビデオを見ていただきます。(ビデオを見る)

チン族の移民


チン語支の地域分類

 お話したように、チン族の住む地域では長い間外国人が受け入れられず、外国人言語学者もフィールド調査がほとんできなかったため、チン語の分類も北部チン語群、中部チン語群、南部チン語群と、大雑把に分けられているだけです。これからは語群分類もより細かくなっていくと思いますが。
 私がお話しするのは代表的な3言語ですが、北部のティディム・チン語は3声調、中部のミゾ語は4声調、南部のアショー・チン語は2声調あります。
 これからチン語の音声を聞いていただきます。まず私が博士論文を書いたティディム・チン語で、私が採ったものです。(音声を聞く)文字が伝わって百年もしないうちに書き言葉と話し言葉が分かれてしまい、文法も違います。今聞いていただいたのは文語体のティディム・チン語です。会話を聞くと、また違うティディム・チン語がになります。20世紀初頭に正書法が作られたといいますから、その間に話し言葉と書き言葉がどんどん分化していったわけですミゾ語、アショー・チン語は書き言葉も話し言葉もいっしょです。

 チン州には空港がないので、ティディムへは、なだらかな山道を車で上がっていきます。二日間15000円くらいで大体の行程を回ってくれます。外国人に開放されたので、欧米人の観光客も来ます。簡単な言語調査もできるようになりました。これまでの資料は1960年代のもので、それ以降はあまり出ていませんでした。これからは増えていくと思います。

チン語の看板

 ティディムの町は、なだらかな山の上にあります。入り口にはチン語で「Dam maw ダンモー」=「げんきですか?」と書いてあります。街中にはビルマ語・英語・チン語の3言語で書かれた標語があります。最近の民主化でチン人のアイデンティティが変化してきていることが今回分かりました。いろんなところにこの「914ゾーミ」と書かれたポスターが貼ってあります。これはミャンマー初の国勢調査で、自分の民族名を書く欄にティディム・チンというチェック欄もあるのですが、そこではなく「914・その他」の欄に「ゾミ」と書け、そういう大々的なキャンペーンが広がっているのです。ティディム・チン族は大体30万人いるのですが、ティディム・チン語が他のチン族の言語とあまりにも違うので、我々はほかのチン族とは違うのではないか、と、アイデンティティの見直しが起こっているわけです。以前にも、自分たちのことをゾーミと言ったり、ショー、チョーと言ったりしていました。ミャンマーの大多数を占めるビルマ族が彼らをチン族と言っている。一方この人たちは自分たちをゾーミと言います。今になって民族カテゴリーの見直しが当事者の間で行われるようになっているわけです。ちなみに、ゾーは民族を表し、ミは人間という意味で「ゾーの人間」ですね。

「914ゾーミ」


ティディム・チン語の言語現象

 やっかいな言語現象として音象徴語があります。オノマトペ、擬音語、擬態語ですね。擬音語は少ないですが、擬態語がたくさんあります。

擬音語では-
雨音・おしゃべり zaizai / zuazua / zuaizuai
雷鳴 dàmdàm
扉をたたく音 dàldàl
荒い息 hàhà

擬態語は450くらいもあります-
行く(pai) gangan =「(背を伸ばして)高々と行く」
静かだ(dà:i) dei:de: =「しーんとして静かだ」=「聖この夜」の翻訳タイトル
飲む(do:n) né:iŋá:i =「大勢で飲む」
眠る(lu:m) hì:thiàt =「すやすやと眠る」

 チン語ではケンケンは「軽い足取りで」、ザーザーは「集団で足並みをそろえて」、ヒャンヒヤンは「しなしな歩く」といった具合に大変こまかく擬態語が使われています。面白いのはgé:ugá:u/gíŋgéŋ/géŋgáŋは「(体が)がりがりの」と「根気よく(勉強する)」とどちらの意味でも使われます。日本語でも同じですが、偶然の一致かもしれないですね。「ほっそりした」はこれも微妙に違うらしいですが、kìnkén/kénkán 、遠くで遊んでいるような動作の場合は vàŋvàŋ 待っているような状態のときは vìŋvèŋ など、本当に多数あって、私もこの部分についてはあまりマスターできていません。
 チン族には特有の伝統歌謡があります。歌のことばは日常のことばとは違います。日常語では母親のことをヌーというのですが、歌の場合はトゥーンと言い、父親はパーですが歌の中ではズアと言いします。あるおばあさんに「わざわざ日本から来られて」という出だしの伝統歌謡を作っていただいたことがあります。その「日本」を普通の会話でははジャパーンというのですが歌の中ではパーントゥイと表していました。「日本の国」という呼称も伝統歌謡特有の呼び方があるわけですね。
 これから聞いていただく歌は、私が2008年、チン州に行けなかったとき、このおばあさんが調査もできずに可哀想だから、次の日に歌を歌ってあげると言われ、翌日フライトの直前に家に行って録音したものです。
(チンの歌を聞く)


ミゾ語の言語現象

 次に中部のミゾ語を聞いてみましょう。声調が多く、上がり下がりの激しい印象を受けます。(音声を聞く)ミゾ語では普通の会話の中でたまに裏声を出すことがあります。裏声が出ると、この人はミゾ語だとわかるほど特徴的な音です。

アイゾール

 ここはミゾ語の話されているインド共和国ミゾラム州の州都アイゾールです。渋谷のように建物が立て込んだ大都会です。大体1500~2000メートル級の山の急斜面に建物が建ててありますので、一階に入って反対側に行くと四階になっている、というほどです。町の中にははやたらと階段があります。朝になると町の下は雲海になっています。この山は頂上にテレビ塔があり、その下に知事の家、その下に団地というふうになっています。夜景はきれいなのですが、連日電力不足と水不足が続いています。さらに、しょっちゅうがけ崩れも起きます。私の留学中、隣の地区で崖崩れが起きまして、学校へ行こうと思ったら、道もろとも全部崩れてしまい、学校に行けなかったことがありました。山の上に住む少数民族というと大きな店も電気もない暮らしを想像してしまいますが、ここは大都会でデパートもあります。タクシーやバスの交通量も多く交通渋滞が日常茶飯事です。
 こういう高低差の大きいところではなされる言語なので、指示体系も特徴的です。日本語のコソアドのほかにもうひとつ大切なカテゴリーがあります。「この豚」「その豚」のほかに、「上の方にいる豚」「下の方にいる豚」「(視界にある)あの豚」「(視界にない、思い出すなど既知の)あの豚」というように、近称、中称、遠称とならんで、上方称、下方称が存在します。自分が住んでいた時も、どこへ行った?と聞くと、上の教会とか下の家とかといった具合にしっかりと上下を使い分けた答えが返ってきました。


アショー・チン語の言語現象

 平地に住んでいる人の言語がアショー・チン語です。(音声を聞く)このアショー・チン語は発音が少し複雑です。声調が2つしかないから楽かと思いきや、非常に発音の難しい子音や母音があってややこしいです。
 海岸部分のアショー・チン語の調査に行った時の写真をお見せします。実は1875年にここのアショー・チン語の詳しい論文が出ています。有名なビーチリゾート、ンガパリ・リゾートから歩いてすぐの村に行ってきました。

アショー・チンの村

 平地に住んでいるので「平地チン族」とも呼ばれます。農業が主業であることが多く、この家では落花生の収穫をしていました。現在、民族アイデンティティの見直しが行われていて、最近の政治改革により、アショー・チン語を話す人たちも政党を建てることができるようになって「アショー・チン民族党」が発足しました。この人たちが南部の村々を回り、アショー・チン族の実態調査を続けています。私もこの民族党の幹部の人達といっしょに回っていました。アショー・チン族はビルマ族などに囲まれて暮らしているため、ほとんどが公用語のビルマ語とアショー・チン語の完全なバイリンガルで、都市部ではアショー・チン語が話せない子どもも多くなっています。アショー・チン語話者が減ってきていることを受けて、「アショー・チン言語文化向上中央委員会」が最近できました。その委員会から定期刊行の雑誌「アショーの光」を出版したり、子どもたちがアショー・チン語の文字を覚えることのできるようテキストを発刊したりしています。ただ、ビルマ族との同化が進んでいるため、こういった出版物の中でもビルマ語での記述が多くを占めています。

 ここまで、三つのチン語についてお話してきましたが、これらの言語がチン語支という言語グループといっても、文法的にも大きく違っています。例えば、中部ミゾ語や南部のチン諸語では主語の人称と一致する人称助詞と目的語の人称と一致する人称助詞がそれぞれ存在します。

中南部チン語群の人称代名詞

 一方、アショー・チン語には目的語の人称と一致する人称助詞はありません。ただし、話し手あるいは聞き手に向かう行為には、逆行態という接辞mă-を付加します。

アショー・チン語の例

 ティディム・チン語にも同様の逆行態接辞が見られます。ティディム・チン語は中部のミゾ語などを隔てて、地理的に離れたアショー・チン語と文法上で似た点があるのです。語彙だけでなく文法についても、今後さらなる調査が必要になってくると思われます。

ティディム・チン語の例


チン語で話そう!チン語の基礎表現

 最後に三つのチン語の基礎表現を勉強してみたいと思います。(参加者全員で発音)
①ティディム・チン語
Dam maw?(元気ですか?) Dam mah(元気です:hは跳ねる音)
Ka lung dam mahmah(ありがとう:ka私 damプラスの感情 lung心 mahmahとても:mahmahは上がって下がる声調)
Kingah kingah(お互い様)
Mangpha(さようなら/これからもよろしく:mana夢 pha良い)

②ミゾ語
I dam em?(元気ですか?:dam上がる em下がる声調)
Ka dam e.(元気です:dam e 上がる声調)
Ka lawm lutuk!(ありがとう:lawm嬉しい lutukとても:Ka lawn低いピッチ lu高いピッチ tuk低いピッチ)
Kei pawh le!(お互い様:Kei私 pawhも leだよ:Kei上昇するピッチ pawh低いピッチ le高いピッチ)
Mangtha!(さようなら:tの下に点がつくと、舌を後ろへやる)

③アショ-・チン語
 Hがつくと高い声調Lがつくと低い声調です。文中にあるbの上が曲がった表記の発音ですが、皆さんが普通に「バ」を発音する時、意識すると息が出ていると思います。ここでの「バ」はまず口を閉め、声帯を下げてまず口の中を真空状態にします。そこでパッと口をあけて、外気を口の中に入れ、入破音と呼ばれる破裂音の「バ」を発音するのです。こうすると、この「バ」は丁寧さを表す助詞になります。またhの上が曲がった表記がありますが、これはみなさんが使っているハヒフヘホが濁ったような音になります。そして、もうひとつ。「さよなら」という文ではɲaの前にhがついていますね。この場合、鼻から息を出してかららɲa(ニャ)を言います。さよならを言うだけでもちょっと大変な発音ですね。

 次の機会に、アショー・チン文字を書いてみましょう。今日はご清聴、ありがとうございました。

アショ-・チン語基礎表現


以上

(文責:事務局)