地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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ことば村・ことばのサロン

2021・7月のことばのサロン
▼ことばのサロン

 

「させていただくの使い方」


● 2021年7月31日(土)午後2時-3時30分
● Zoomによるオンライン開催・対談
● 話題提供:椎名美智先生(法政大学教授 言語学・語用論/文体論/コミュニケーション論)
● 司会・対談:井上逸兵ことば村村長(慶應義塾大学)


司会:椎名美智先生は、言語学の中でも歴史社会語用論分野の第一人者で、この分野を成立させた最初のお一人でいらっしゃいます。お茶の水女子大学からエジンバラ大学大学院修士課程、それからお茶の水女子大学大学院とランカスター大学大学院の博士課程を修了(Ph.D)、放送大学博士課程で学術博士と多彩なご経歴をお持ちです。近著の「『させていただく』の語用論―人はなぜ使いたくなるのか」(ひつじ書房)は学術書としては異例の売れ行きとなり、新聞、ネットなどのメディアに多く取り上げられ、TVにもご活躍の場が広がっています。今日はこのご著書のテーマ「させていただく」の使い方をわかりやすくお話いただきます。


講演要旨

「させていただく」の構造

 毎日耳にしないことはない「~『させていただく』」という言い方ですが、その構造は以下のように分けることができます。

させ+て+いただく → 使役の助動詞+連結辞+授受動詞

 授受動詞は やる→あげる→さしあげる/くれる→くださる/もらう→いただく というふうに敬意の度合いが上がっていくものです。


サザエさんから見える「させていただく」

 いつ頃からよく使われるようになったかを、漫画「サザエさん」(全45巻)の全ての台詞を統計の手法で調べてみました。その結果、「させていただく」がブレイクしたのは1990年以降とわかりました。
 その頃から、ニューノーマルともいえる使い方 例:「値引きさせていただきます」
(本来の「させていただく」は、話し手に良いことがあるはずなのに、聞き手に良いことがある)が現われました。
 また、使う内に敬意がすりへってくる敬意漸減のために二重敬語として使われたりします。


違和感の正体~問題系としての「させていただく」

 さらに「お断りさせていただきます」のように本来は強い「断る」という動詞が「させていただきます」と結ばれることで、違和感を覚える場合もあります。
 歴史社会語用論の立場から、その違和感に影響を与えているものは何かを探ってみました。関東在住の700人にアンケートを実施、さらにコーパスを参照して昔はどうだったかを、言語内因要素と言語外要素について、使役性/恩恵性/必須性(聞き手の関与が必要かどうか)などを切り口に調べました。
 その結果、
違和感に一番影響があるのが「聞き手の存在」(誰に言っているかがわからない)
二番目が「聞き手の許可」(誰の許可が必要かわからない)
三番目が「年齢層」若年層<高齢者層<中年層 (敬語は成人後に採用されるので、社会人である中年層が敏感である)


新旧のテキストでの比較

 もののやりとりである授受動詞の敬語に関して、旧時代のテキストとしてオンラインの青空文庫、現代のテキストとして現代日本語書き言葉均衡コーパスを参照し、「くれる系」と「もらう系」にわけて見てみました。
 わかったのは、「くれる系」の「させてくださる」が減って「もらう系」の「させていただく」が増えたこと。また、「させていただく」の前に付く動詞も人と関わる動詞より、コミュニケーション動詞が増えていること。加えて、言い切りの形が増えて一方的、押しつけ的言い方が増えていること。さらに、若年層では単なる敬意マーカーとして助動詞化していることもわかりました。私は丁寧な人です、とアピールする安全対策として「させていただく」を使うわけです。


追加表現の「ね」そのほか

 「させていただきますね」と「ね」が付くこともよくあります。この「ね」は共感助動詞。言い切りのとりつくシマのなさを減らす効果があります。同じ効果をもたらすのが「させていただいてよろしいですか」という言い方です。最近では「させていただいてございます」という言い方もあらわれました。敬意の盛り、で教授会などでも聞くことがあります。


言葉は生物(いきもの・なまもの)

 ことばは変化するものです。人生100年、一世代は30年と考えると生きている内にことばは三回ぐらい変化すると言っても良いのではないでしょうか。自分の習ったことばが正しいと思っていると心の平衡が保てません。ことばの変化を面白がると平和だと思います。


(文責:事務局)

2021/11/3掲載