地球ことば村
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ことば村・ことばのサロン

2021・12月のことばのサロン
▼ことばのサロン

 

「二つのことばで生きる―英語の世界で日本語を受け継ぐということ」


● 2021年12月11日(土)午前10時30分-12時
● Zoomによるオンライン開催・鼎談
● 話題提供:クロスビー美喜雄氏・中台オーエン徳敏氏
● 司会:井上逸兵ことば村村長(慶應義塾大学)


鼎談抜粋

司会:今日はアメリカ・プリンストン日本語補習校卒業生お二人を迎えました。英語の世界で育つ中で日本語を受け継ぎ、それを生かしてお仕事にご活躍されているお二人の体験を伺います。クロスビーさんと中台さんは、プリンストン補習校でお知り合いだったのですね。
中台:はい、クロスビーさんは私の同級生のお兄さんで顔見知りです。ひさしぶりです。
クロスビー:しばらくぶりです。なつかしいですね。
司会:こういう英語・日本語バイリンガルの友人同士の会話はどちらの言語で?
中台:日本語の中に英語の単語が入ったり、文章が英語・日本語に切り替わったり、またもどったり、ですね。
司会:あぁ、いわゆるコードスィッチングで話す。
二人:そうですね。


現地校と日本語補習校に通う

司会:お二人は現地校とプリンストン日本語補習校両方に通われたわけですよね。
クロスビー:はい、補習校には毎日曜日に父が車で片道1時間かけて連れて行ってくれました。10時頃から4時頃くらいまで待っていて、また連れ戻ってくれて。
中台:僕も引っ越す前は、父が片道45分くらいかけて送り迎えをしてくれました。
司会:ご家族の協力があってこそ、ですね。


日本語を話す自分と英語を話す自分

司会:英語で話す時と英語で話す時とではどこが違いますか。
クロスビー:本当に説明しにくいですが、脳が切り替わるというか。相手と英語で話していると、たまに日本語が浮かぶ場合があって、それを翻訳する間がないと、黙ってしまうこともあります。
司会:日本語で言いたくなるのは例えばどんなことですか。
クロスビー:・・・・こういう場合ですね。(笑)例を考えるなど。
中台:一対一の翻訳語ってないですよね、例えば「統制」と「統御」って、日本語では意味が違いますが、英語のグーグル翻訳では両方ともleadershipになってします。そういう時に無意識で日本語で言いたくなるのでは。
司会:なるほど。leadershipは日本語にはないかもしれないですね。統制とも統御とも違う。
中台:そうです。気持ちいい関係の翻訳語が無い時にその言語で言いたくなる。


(参加者質問)アメリカでのマイノリティー言語である日本語を学ぶモティベーションはどう維持されたか。
中台:駐在期間終了、あるいは中学受験する、などの理由で中学生になる時点で人数が減り、アメリカに常住する予定の人が残る。残った人とは長く付き合うことになるので、僕の場合は友人関係がモティベーションになりました。
司会:そういうご友人とはコードスィッチングで話す。
中台:そうです、そうです。
クロスビー:僕の場合は、母の実家が横須賀で小学校3年から6年生の毎夏、体験入学させてもらいました。その二ヶ月間がとてつもなく楽しくて。友達もたくさんできて、日本って素晴らしいと。その体験があるので、中学、高校時代も日本語の勉強が続けられる理由だと思います。
司会:受け入れる日本人の子どもたちも楽しかったと思いますね。

(参加者質問)ドイツ在住の姪は、算数は日本語がネックで解きにくいと言いますが。
中台:アメリカの現地校と補習校の数学では同じ問題を解決するプロセスが違います。補習校の数学のほうが効率の良い、パズルを解くようなやりかた、一方アメリカ校の場合は、プロセスはどうであれ答えがあっていればいいでしょう、みたいな。アプローチが全然違うという記憶があります。
クロスビー:そうですね、日本校の数学の進み方のほうが圧倒的に早かったような気がします。現地校でXとかYを使い始める以前に頭に入っていました。ただ、どの教科でも強いひとはどんな言語で学んでも強い、DNAで決まっているのではないかと思います。ペースと環境さえ与えれば伸びる子は伸びると。
司会:日本語と英語の算数ということでいえば、九九は日本語のほうが覚えやすくないですか?
二人:確かに!

(参加者質問)お二人のお母様は英語を、お父様は日本語を話さなかったのですか。
中台:私の母は普通に英語を話し仕事もしていましたから、母もバイリンガルと言えます。父は単語レベルくらいの日本語は話せますが、基本的には日本語を話しません。
クロスビー:母は全く英語をしゃべらない状態から18年間アメリカに住んで、アメリカの会社にも勤めバイリンガルと言えると思いますが、父親は、全く日本語はしゃべりませんでしたね。納豆くらい。(笑)話さなければならないシチュエーションではなかったので。
司会:お母様がそれだけ英語で話せれば、英語だけでいいかという選択もあり得たわけで、日本語を継承したいと思われたお母様はありがたかったですよね。


言語によってキャラクターが違ってくる?

司会:一般的に、日本語を話す時と英語を話す時とでは自分のキャラが違うとバイリンガルの人に聞くことがありますが、いかがでしょう?
中台:声のトーンが日本語より英語が低くなるので、英語のほうがきつく聞こえると言われます。
クロスビー:日本語だと言い方や仕草が少し柔らかいらしくて、英語、こわいっすね、と(笑)言われたことが何度もあります。僕の場合アメリカで育っているので、アメリカ人とディベートする時には、ここはアグレッシブに押さないとやられるなと理解しているのですが、日本の社会でそれをやりすぎると、人間関係が複雑になる・・・。ですから、「押す」と「引く」を自分で調整して、言語を越えた社会、カルチャーに合わせるまで時間がかかりました。
司会:それはお仕事を始められてからのことですね。
クロスビー:そうですね、自分のデスクは日本ですが、海外の顧客を相手にする部署だったので、日本語と英語を使い分けメッセージと自分の体勢を調整し始めました。
中台:僕の場合、顧客が日本人、アメリカ人、サウジアラビア人など、いろいろな国籍の人たちで。現場のワーカーさんは、ほとんど片言の英語とか。逆にきれいな英語よりジャパニーズイングリッシュのほうが伝わることがある。いやでも鍛えられました。
司会:なるほど。三言語で切り替えるのですね。すごいですね!
中台:いやー、big problemじゃん、とか(笑)。相手が英語ネイティブではない顧客だとイディオムとか早口になりすぎないとか、気を遣っています。
司会:わかりやすさがポイントですね。グローバル英語ではイディオムを避けろ、と言われますよね。
中台:逆にアメリカの顧客とはスポーツの話題で盛り上がったりします。
司会:そう、話題も変わりますよね。アメリカ人とサウジ人などと日本人とでは。それぞれの傾向はありますか。アメリカ人はスポーツのスモールトークが多いとか。
中台:そうですね。うちのアメリカ人顧客はテキサスが多いので。テキサス系の雑談とか。
司会:そういう切り替えは、ことばの問題だけではない感じがしますね。クロスビーさんはことばだけでなく、話題や内容を切り替えることはありますか。
クロスビー:そうですね、アメリカの友人と話す時は最近のトピックやニュース、日本語を話すのは家族とが一番多いので、子どもの話題とか。


日本人はスモールトークが苦手?

司会:私の見方ですが、一般的に日本人はスモールトークが苦手だと思います。英国の英語検定試験IELTSには自由に会話する5分位の時間があって、そこだけ日本人のスコアがすごく低い。外国語でのスモールトークが難しいのは理解できるとはいえ、ですね。一方アメリカにはスモールトーク文化があるような気がします。スーパーのレジでちょっとしゃべたり。そういう違いは日本語で話すとどうですか。
中台:いわゆる日本的な会社と違って、私の会社にはそういう文化があると思います。
クロスビー:スモールトークが苦手、はふたつ原因があって、ひとつは自信がないこと、もうひとつは、日本人は耳二つ口一つのイメージ、外国人は口が三つで耳一つのイメージ。(笑)発信するのが上手だけど、聞き取るのが苦手なひとが多い。
中台:ぜったい(あなた)理解していないでしょ、という。(笑)
司会:なるほど。補習校でもそうだったかもしれませんが、日本の教育は伝統的に読んで解釈し理解することに重きがある。アメリカではディベートとかライティングなど表現することに重きを置く。
中台:そうですね、自分の意見を、ロジックを立てて表現することですね。
クロスビー:小さい時には、アメリカの友達と会話した後、あれを言えばよかった!と思うことがよくありました。日本語で話す時はそれが無かった。さっきの、口が3つあるみたいな会話だからでしょうね。(笑)マウンティングまでいかなくても、どっちが勝つか。アメリカの放送ではよく、マイクドロップ!というじゃないですか。終了!はい、僕の勝ち!みたいな。あの言い方は日本語には無いですよね。
司会:なるほどね!日常会話でもありますか?
クロスビー:ありますねぇ。
司会:すごい面白いですね!


補習校での作文の思い出

司会:日本の伝統的な教育に作文がありますが、補習校でもありましたか?
中台:中高で、社会の時間に自分の意見を書くことがありましたが、それは日本的なやりかたではない、と受け持ちの前田先生が言っていたので、補習校は折衷的だったのかもしれませんね。
クロスビー:僕は左利きなので英語のライティングでは手のひらの側面がすごく汚れる(笑)、日本語だと汚れないのでよかったことと、日本語で考えていると「て」「に」「を」等を忘れちゃうことがあって、そうすると全部消して書き直さなくちゃならない。消しゴムをいっぱい使いましたね(笑)。
中台:作文の用紙が一字をひとつのボックスに入れなきゃならないから。
クロスビー:英語だとひと文字忘れてもちょっと消してぎゅうぎゅうに書けば。
中台:そうそう、ごまかしがきく。


(参加者質問)おふたりの日本語がネイティブと同じに聞こえるのは、補習校で学ばれたからでしょうか。補習校に行かずに家庭で日本語の日常会話をするだけでここまで出来るようになりますか?
中台:補習校に行かなければ、多分「書く」は出来ていない。また、逆に補習校に行ったからといって、バイリンガルになるわけでもない。僕の場合は日本で暮し始めて日本語力が補完されたと思います。今に至る積み重ねの中で、補習校が大きな力になったのは事実ですが。
クロスビー:補習校はかなり大事だとは思いますが、最終的にはそれが家庭でサポートされているか、というのが重要だと思います。うちの場合、母が日本語をしゃべってくれて、現地校から帰ってきたら家ではずっと日本語でした。それぐらいしないとイントネーションなどは身につかないだろうと思います。今はまさに逆のポジションにいて、日本にいて子どもにどうやって英語を身につけさせるか、なんです。なるべく英語で話すようにしていますが、やっぱり日曜学校に通わせようか、インターナショナルスクールに行った方がいいか、とか考えています。
司会:なるほど、継承の問題が今度は英語で。でもご自分の経験を生かせますよね。
クロスビー:むずかしいです。母が本当に家庭教師ぐらいのレベルで補習校の一週間分の宿題をやる、漢字や算数のテストの前に問題を出してくれて点数を付けて。僕がそれをやるには仕事の時間とのバランスが結構ネックになるので。
司会:親御さんの労力が相当なものだということですね・・・。
クロスビー:家庭8:補習校2くらいだと思います。


複数の言語・文化を持つ人材を必要とする場

司会:私が思うに、お二人のような方々は日本にとても貢献してくれる人材で、日本国としても活用したほうがいい。前回のカルダー先生のサロンでも話題になりましたが、受け入れる日本の会社自体が柔軟にできていないのでは、と感じました。実際に日本でお仕事をして、日本の会社の体制についてはいかがでしょう?
中台:ボストンにバイリンガルのためのキャリアフォーラムがあるのですが、そこに現在所属の、海外で建設している顧客、ベンダーの多い「日揮」という会社が出ていて。そこは普通の日本の会社と違い、アメリカ育ちの日本語・英語バイリンガルを採用したいという素地がありました。僕みたいな人にはいい具合にフィットする。実際に入ってみると居心地のいい会社です。
司会:複数言語・文化の背景を持つ人材を特に必要としているタイプの企業だった、ということですね。クロスビーさんは、今は起業されていますが、最初は野村證券でしたね。いかがでしたか?
クロスビー:一番大きな要因は卒業するタイミングだと思いますね。金融での仕事を目指していたのですが、ちょうどリーマンショックの起きた時期でした。誰も採用したくない中で幸い日本とアメリカと両方で内定をもらえた。で、せっかくだから日本でキャリアスタートしてみようかと考えたのです。僕もボストンキャリアフォーラムに影響を受けましたね。インターンシップを探す時から3年くらいボストンに行きました。そこでの日本企業は、建前かもしれませんが、バイリンガルの人材を欲しがっていた。
司会:そういう企業も最近増えてきている感じですか。
クロスビー:ボストンキャリアに出る企業はほとんど一部上場の大企業で海外に拠点を置いて活動しますから・・・。最近の大企業の社長などは英語の出来る人が増えているのではないでしょうか。日本経済が生き延びるためには、チェックとか暗号通貨の分野に入り込まなくてはならないと思いますが、その分野の顧客は圧倒的に英語の場合が多い。例えばYouTubeの再生数は、アメリカの数字と日本とでは圧倒的に差があるので。
司会:バイリンガル人材が必要にならざるを得ない時代になってきたということですね。


(参加者質問)お二人はいつ頃から複数言語・文化の持ち主であることを自分の「売り」として生かして行こうと思ったのでしょうか。
中台:ボストンキャリアフォーラムに行って、アメリカの会社で日本語が出来る人と、日本の会社で英語が出来る人と、どちらに企業価値があるかと考えた時、希少価値という意味で私は後者だと思いました。
クロスビー:僕は大学時代に「売り」になると考え始めました。ウォール街やシリコンバレーでプログラマーをする場合差別化が出しにくい。他の言語ができる、多角的な見方ができるとアピールすれば人材価値があがると意識し始めました。


アイデンティティーについて

司会:バイリンガルの研究者が取り上げるテーマのひとつにアイデンティティーがあります。私は第三の、ということもあり得ると思いますが、ご自分は日本人、アメリカ人、のバランスをどう取っていらっしゃるのでしょうか。普段意識されますか。
中台:僕は、変かもしれませんが、一ミリも気にしたことはないです。ただ、周囲に、それをすごく気にして悩んでいる人は結構多くいました。中国人の両親で、日本で育ち、カナダの大学に行った人とか。自分は何者かと悩んでいましたね。
クロスビー:あんまり考えたことはないです。それより、自分は何をしたいのかということを考えます。それは多分人間共通の意識ですよね。同期入社で、同じようにハーフでアメリカの大学卒、ただ、生まれ育ったのは日本という人がいて、僕と話し方も身振りも全く同じ。なので、僕も日本で生まれ育ったとしても自分だな、と。最終的にはDNAかなと思います。


なつかしい先生と思い出を

司会:お話を伺っていて、内容もそうですし、多面的な見方をされて大変面白かったです。おふたりの個人的な能力もあると思いますが、物事を深く掘り下げて考えられる。それは二言語・二文化の背景があって出来るのかなぁと思います。お二人ですから一般化は出来ないかもしれませんが。
 今日はプリンストン補習校の理事長をなさっていたカルダー淑子先生もご参加くださり、旧知のお二人の話を楽しみにしていらっしゃいました。カルダー先生、どうぞ。
カルダー:おひさしぶりです。楽しい話を聴かせていただいてありがとうございました。私はプリンストン補習校を後ろから支えていたのですが、こういうお話を聞く機会はなかったので、いろいろ教えていただきました。改めて、海外で日本語を継承していくのは家庭、学校、そのほか総合的環境でご本人と、特にお母さんが一体となることがあってこそできるのだと思いました。先輩として在校生に伝えてあげてください。
二人:はい、いつでも呼んでください。
司会:カルダー先生、教え子が立派になられて、いかがですか。
カルダー:本当に嬉しいですね。社会人になられて、とても成長された。どちらかの文化にかたよることなく、人間として総合的に力を持っていらっしゃるのを感じてとても嬉しかった。これからもぜひがんばって欲しいです。クロスビーさんについては、運動会でお母様と二人三脚でずーっと走ったことをよく覚えています。中台さんもそうでしょうけど、やはり家族の絆がことばの基本になりますね。
司会:補習校の思い出話が楽しそうです。他には?
中台:同級生との絆がいい思い出ですね。今後も大事にしていきたいです。
クロスビー:当時は日曜日にサッカーをしたいと思いましたが、今は、すごく楽しかった、行ってよかったな、というのがあります。
カルダー:文科省の方針により、海外の補習校でも日本と同じような指導法で国語を教えるわけですが、現地校に行きながら日曜日に数時間だけ学ぶ子どもたちに日本語のエッセンスをどう伝えるか、本当に先生は苦労されます。家庭と学校が支え合い、工夫を重ねて教えていた、それを生徒さんたちは感じ取ってくれていたのだと、今日のお話でよく分かって嬉しかったです。


これからについて

司会:最後にお二人のこれからについて伺っても良いですか。
中台:私は当面は日揮にいるつもりです。現場駐在もあるし、話す顧客が違う国の人ですから、日本に居ようがアメリカに居ようが仕事内容は変わりません。
クロスビー:この話題は子どもに関して毎月出てきます。どのように英語の文化を伝えるか。日本でインターナショナルスクールに通わせるか、夏だけ海外に、例えばシンガポールなどに行かせるか。2017年にシンガポールに住んだこともあるので。
司会:時間になりました。今日はお二人から本当に楽しい、有意義なお話を伺えてありがとうございました。
二人:ありがとうございました。
カルダー:ありがとうございました。
司会:この継承日本語について、ことば村はこれからも取り組んで参りたいと思います。今後ともよろしくお願い致します。


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(文責:事務局)

2022/2/28掲載