地球ことば村
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ことば村・ことばのサロン

2022・2月のことばのサロン
▼ことばのサロン

 

「危機言語をどう考えるべきか―フィリピン少数言語のフィールドワークの現場から―」


● 2022年2月19日(土)午後2時-3時
● Zoomによるオンライン開催・対談
● 話題提供:木本幸憲先生(兵庫県立大学環境人間学部)
● 司会・対談:井上逸兵ことば村村長(慶應義塾大学)


対談要旨

司会:みなさん、ご参加ありがとうございます。今日はフィリピンのアルタ語の研究者、木本幸憲先生を迎えて「危機言語をどう考えるべきか」をテーマに対談します。
 木本先生は認知言語学分野から研究をスタートされましたが、京都大学の梶茂樹先生やハワイ大学のローレンス・リード先生の勧めもあって、フィリピン・ルソン島北部のアルタ語の研究に向かい、現地でフィールドワークを重ねて来られました。
 まずアルタ語についてご紹介ください。
木本:言語カタログの『エスノローグ』によれば、フィリピンには186ほどの言語があるということですが、アルタ語はそのひとつで、マニラからバスで9時間、さらにバスを乗り継いでたどりつく山がちな地帯の言語です。


アルタ語を話す人々

木本:アルタ語の話者はネグリートと呼ばれる人々で、フィリピン人という一般イメージより小柄で肌が黒めの狩猟採集民です。近隣の村々と交流する必要から、他のネグリートの言語はじめ、タガログ語、若者は英語まで、バイリンガルやトリリンガルの話者になっていて、アルタ語が第一言語の人は現在は一桁になっています。いわゆる「危機言語」です。


フィールドワークの進め方

司会:今日の参加者の中にはフィールドワークを志す方もいるかもしれません。フィールドワークの進め方を教えてください。
木本:まず親族調査から始め、信頼できる情報提供者を見極めて、話者数を把握します。それから語彙のリストをもとに調査をします。始める前は、まず音韻から、とか思いがちですが、音韻が分かることもあれば文法が先に分かることもある。分かることが積み重なっていって全貌が見えるという感じですね。ですから、バランス良く調査することが大事です。


子どもの名前を忘れる人々

司会:文化面で印象に残ることをきかせてください。
木本:亡くなった人、先祖や幼くして亡くなった子どもの名前を思い出せない、ということは驚きました。特に自分の子どもが何人死んだのか、人数もその名前も忘れているのですね。ある人類学者は、亡くなった人の名前を忘れる彼らの習慣には、それなりのメリットがあると述べています。彼らは、親族名称で呼ぶ相手とは結婚できないというルールがあるので、死者まで覚えていると何世代かの間にコミュニティの多くが親族になってしまい、結婚相手がなくなってしまうからです。しかし最初はびっくりしました。


危機言語をどう考えるべきか

木本:言語が「危機」に陥るにはふたつの原因があります。ひとつは外部からの強制によって失われる場合―ネイティブアメリカンやアボリジニなどの言語がそれです。もうひとつは変化する社会に適応するために、自発的に別の言語に移行する場合です。もちろんこれは二律背反的ではありません。ただ僕のフィールドの村の人々は後者にあたります。彼らは、アルタ語から同じネグリート言語のアグタ語にシフトしつつありますが、彼らの幸せそうな生き様を見て、それを責める気には到底なれない。すべての少数言語のシフトを前者の「危機言語」と同じ視点で語るのは不十分ではないでしょうか。そのあたりを論文に纏めたのが―「変化する社会への適応方法としての『危機』言語:フィリピンのアルタ語の活性度と消滅プロセスから」(社会言語科学)です。
 もちろん言語学としては言語の多様性が失われるのは非常に悲しいことです。しかしコミュニティの視点に立った場合、その価値付けはもっと複雑で多面的であると思います。

司会:大変参考になりました。言語学的視点とコミュニティ的視点の両方が必要ということですね。
木本:そうですね。その視点をバランス良く持って、言語現象を見ていくことが大事だと思います。


★対談全体の動画は会員限定ページに公開中です。
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★木本先生は、サロンでも言及のあった論文「変化する社会への適応方法としての『危機』言語:フィリピンのアルタ語の活性度と消滅プロセスから」(『社会言語科学』第23巻第2号、pp.35–50)で、社会言語科学会第21回徳川宗賢賞萌芽賞を受賞されました。


(文責:事務局)

2022/2/25掲載