「アイヌ語の未来」
● 2022年7月30日(土)午後2時-3時
● Zoomによるオンライン開催・対談
● 話題提供:中川裕先生(千葉大学名誉教授)
● 司会・対談:井上逸兵(ことば村村長・慶應義塾大学)
● 参加:69名
対談要旨
アイヌ語との出会い
司会:先生とアイヌ語との出会いはどのように?
中川:東京大学言語学科3年生の時に田村すゞ子先生のアイヌ語の授業を受けたことがきっかけで、他に無いような言語を選びたいと思っていたところから研究対象にしました。
言語としてのアイヌ語
司会:アイヌ語は日本語と似ていますか。
中川:全く違います。日本語、朝鮮語などアルタイ型の言語ではr、lで始まる語はありません。アイヌ語はr始まりの単語がたくさんありますので、まずその点で大きく違います。
また、日本語とアイヌ語は、SOVという語順は同じですが、世界の言語の40数%は日本語と同じ語順ですから、そのこと自体にはあまり意味がありません。また、日本語ではS(主語)とO(目的語)を格助詞で判断しますが、アイヌ語にはこうしたマーカーがありませんし、語順も主語―目的語のように決まってはいません。もしかしたら、日本語をはじめとする周囲のアルタイ型の言語の影響で今の語順になったのかもしれません。
話者はどれぐらいか
司会:アイヌ語を話す人は現在何人くらいいるのですか。
中川:現在アイヌ語だけで生活をしているコミュニティはありませんし、アイヌ語の方が日本語より流暢に話せるという人もいません。したがってアイヌ語の母語話者はすでにいないということになり、そのような母語話者中心的な観点からは、アイヌ語は死語ということになります。しかしアイヌ語を学習して第二言語として話す人は増えています。その意味では死語ではありません。むしろ、現代のいわゆる「消滅の危機に瀕した言語」と呼ばれる言語においては、そのことの方が重要だと思います。
現在のアイヌ語の広がり
中川:実際にアイヌ語が使われている場を見ていただきましょう。
(北海道白老町「ウポポイ-民族共生象徴空間」の中にある国立アイヌ民族博物館の映像)
https://nam.go.jp/
ここでは施設名や展示サインがまずアイヌ語で表示されています。アイヌ語にはもともとない言葉、例えば「多目的トイレ」はセプ アシンルと表記。これは「広い 便所」という意味です。このように日本語を逐語訳するのではなく、もの自体をアイヌ語で表現したらどうなるかという観点から新語を作成しています。これらを決めるために、オンライン掲示板上のアイヌ語学習者の意見も入れながら、研究者グループとアイヌ語実践者の若者を中心にしたワーキングで訳語を検討し、私が委員長を務めていたアイヌ語表示・展示検討委員会(アイヌ語の研究者、有識者で構成されている)というところで最終的に決定する、というステップを踏みました。
(アイヌ民族文化財団 アイヌ語ポータルサイト)
https://www.ff-ainu.or.jp/web/potal_site/
https://www.ff-ainu.or.jp/web/learn/language/movie/
この財団は「ウポポイ」の運営団体ですが、アイヌ語・アイヌ文化に関するコンテンツとしては、世界で一番充実しているところだと思います。アイヌ語動画講座として、若い人を中心に、いろいろな形でアイヌ語を使った活動を表現してもらっています。私は、作田悟さんという方と組んで、アイヌ語自然講座をプロデュースしています。例えば「ミヤマカケスの足を捕らえる伝統の罠の作り方」は、とても面白いので見てください。
https://www.ff-ainu.or.jp/web/learn/language/movie/details/2.html
アイヌ語の未来
司会:ご紹介いただいた活動を通して、これからのアイヌ語は若者の力で広がる感じを受けます。
中川:若者参加はポイントだと思います。一方で伝統的な知識を伝えることも大事で、その二つを繋ぐことが重要だと思います。現在Youtubeの「しとちゃんねる」で活躍中で、それが評価されて、2021年度の慶応大学塾長賞(他大学の学長賞にあたる)を受賞した関根摩耶さんという人がいるのですが、彼女が中学3年生の時、私が執筆した『ニューエクスプレスアイヌ語』(白水社)という学習書の音声を彼女の両親とともに吹き込んでもらいました。
司会:お話を伺っていると、活動の場を提供することが中川先生のお仕事なのですね。
中川:そうですね。それとそういった活動のリソースとなる、アイヌ語やアイヌ口承文芸の資料を整理して提供するのが、研究者としての役目かなと思います。
9月の毎週月曜日、NHKのEテレ「100分de名著」で知里幸恵『アイヌ神謡集』の話をします。
司会:それは楽しみですね。本日はありがとうございました。
(文責:事務局)
2022/10/13掲載
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