ことば村・言語学ゼミナール
■ 言語学ゼミナール(1) |
▼言語学ゼミナール |
● 2008年7月19日(土)12時30分-13時30分 ● 慶應義塾大学三田校舎108教室 ● 座長:金子亨(千葉大学名誉教授・言語学) ことばについて書くときにはきまってかなりの背景知識を必要とします。ある個別の言語について書く場合にもその言語の由来や類別や基本的な構造などについて基本的情報をそろえなければなりません。この基本情報は現在では、例えば『言語学大辞典』(三省堂)などのような専門的な辞書を参照できれば、さほど苦労せずに手に入ります。しかしその情報をまっとうに表現して伝えるのは結構難しいものです。 このゼミでは若い研究者が言語について書くときにぶつかるだろう難題、つまり言語情報をまっとうに書くための方法について考えて、現在ではあまり教室で教わらないような先人の思想や方法を論議したいという意図で始めることにしました。 しかし言語学ゼミナール第一回目は、このゼミの目先の目標についての大まかな話をするだけに終始してしまいました。その大要は次のようです。 ことば村のサイト「言語博物館」には次のような項目があります。 この中で「世界のことば」では従来、比較的小さな言語で社会的・文化的に何らかの問題に関わった言語を取り上げて、概説をしてきました。概説の柱にしてきたのは次の5項目です。 1)系統と類型、2)構造の特徴、3)社会的状況、4)人々の暮らし、5)簡単な用例 この内、系統、類型、構造特性については出来るだけ一般的に認められている見解を大事にするように心がけてきました。当の言語をめぐる社会的状況に関しては、その言語を取り上げた動機に焦点を当てるように努めました。例えば、ハザーラ語では、この言語がアフガニスタンの少数被圧迫民族であり、バーミヤン石窟地域に住む人たちの言語であることなどがこの言語を取り上げるさしあたりの動機でした。この基本的情報にたいしてそれを使う人々の暮らしや、日常会話などの簡単な用例を付け加えて、人々とその母語に親しみを持てるように書くように努めました。 このような書き方は言語概説というものの基本で、それぞれになかなか難しい課題です。ひとつひとつの課題についてさらに検討するべき事は多くありますが、今回はそれに論議を及ぼすことはしませんでした。 「ことばと世界」の第2の項目「ことばの世界」では、まだ細項目を系統的に作っていません。いままでに提案されてきたいくつかのエッセイを集めてあるにすぎません。この項目にどんな話題を入れるべきか、ことばの世界というものをどう考えるべきかを改めて考えたいと思います。 「ことばの言葉」の項目ではいまのところ母語などに関するエッセイが一つあげられているだけで、これは「ことばの世界」に入れるべき項目のようです。この欄にはもともと言語用語を入れる予定でした。今のところ、約200項目の言語関係の用語集を制作中なので、これもいつか話題に乗せましょう。 いずれにせよこれらの項目を書くときは、いわゆる「言語論」を超えて、今日の言語をめぐるさまざまな問題を的確にとらえることを基本的な姿勢としたいものです。記述が信頼できて、分かり易く、さらに異なった見解にてらして公平で正統的な記述であること、全体として品位をたもった物言いであることが要点になるのではないかと思います。 次回は言語記述方法論の歴史から重要と思われる問題を拾いたいと思います。まずはチョムスキーが1965年に「生成generative」について触れたとき、それをフンボルトのSpracherzeugungの意味だと述べたことについて話したいと思います。なお参考書は要りません。 (金子 亨) |