地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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「広域通用語」

昔から、広い地域の交易には、できるだけ多くの人に分かることばが使われて いました。例えば、シルクロ-ドではソグト語というペルシャ系のことばがほ とんど全域で使われていたようです。近世の地中海では、地中海の東と西とを つなぐ広域通用語として、サビ-ル語というスペイン系とアラビア系の言語が 入り交じった通商用の言語が使われていました。この通商用の共通語は、リン ガ・フランカと言い習わされてきました。交易用の共通語は、ソグド語のよう に固有の言語であったり、サビ-ル語のように混合語であったりします。

一方で、16世紀の始めにスペイン語を話す人びとが中南米を植民地化したとき には、この地域にスペイン語を広めました。中南米では未だにスペイン語が広 域の通用語として使われています。そのために多くの先住民族のもともとの言 語は4世紀以上も消滅の危機にさらされながら、未だに生き残っているものも あります。20世紀にソ連という強大な国家があったとき、ユ-ラシア大陸の多 くの国がロシア語を通用語として使いました。この地域では、小学校でもロシ ア語が教育言語でした。第二次世界大戦後の東欧諸国の学校教育では第一外国 語がロシア語でした。ロシア語も広い地域で強い広域通用語だったことがある のです。このように政治的な支配地域に行き渡った通用語があります。当然、 経済的な意味では、交易用の共通語としても用いられますから、この種の言語 は交易上も広域の通用語です。ただ政治的版図という側面が強い地域に通用し ているところが、本来の交易的リングア・フランカと異なっています。

中華人民共和国の版図では、中国語が共通語として通用します。しかしモンゴ ルではモンゴル語が、チゥワン民族自治区ではチゥワン語が、江南ではとりわ け広東語がというようにそれぞれの地域や民族ごとに固有の言語や方言を使い ながら、国家共通語としての漢語を理解し、自由に使っています。

英語はどうでしょうか。まず東インド会社が東洋に英語を持ち込みました。 100年ほど前には香港が租借されました。次いでオ-ストラリアとニュ-ジ- ランド、さらにカナダの植民地化、それにアメリカへの移民と合衆国の建国と 続く歴史は、主に英語を話す人びとの植民地拡張の歴史です。英語の拡張はハ ワイ、フィリピンへと続きます。この過程でもともとのイギリス語らしくない 英語があちこちで誕生していくわけです。第二次世界大戦後は、アメリカ合衆 国が政治経済的な力量を増すと共に、科学技術の面でも世界的な影響を強めて きました。軍事技術やコンピュ-タ産業に代表される「グロバリゼ-ション」 戦略を担って英語が支配力を拡げてきました。超広域通用語となったわけです。

このように広域通用語にはいろいろな側面があるだけでなく、さまざまな種類 の言語がさまざまな広さと性格をもった地域に用いられます。一概にこれが広 域通用語だという訳にはなりません。それだけでなく、広域通用語に対してど うつき合うかという問題も一律には決められません。人びとの置かれた状況と 意図に応じて適切な対応がとられるべきでしょう。            

(金子亨、言語学)