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アフリカの言語使用事情
第2回 人は言語を幾つ話しているか



梶 茂樹(かじ しげき)
(京都大学名誉教授、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所フェロー)
掲載年月日:2026年1月5日  


アフリカには約2000の言語が話されており、1つの国の内部に数百の言語が話されていることも稀ではない。一般にアフリカ人は多言語使用者であることを今回は書こうと思っているが、そうではなく、日常生活で1言語しか話さないというか、話す必要がないという地域ももちろん存在する。

例えば、セネガルの首都ダカールに住んでいるウォロフ人の場合である。ウォロフ族は首都ダカールを含む国のほぼ中央部に住み、人口もセネガルの4割近くを占め、セネガルで最も優勢な民族である。そして国民の約8割がウォロフ語を話すと言われている。そういう状態であるから、首都ダカールに住むウォロフ人は日常生活でウォロフ語以外の言語を話す必要性をまったく感じていない人も多い。他地域から来た非ウォロフ人も家庭内ではもちろん自分の言語を話すが、街ではウォロフ語を話すからである。

しかし同じセネガルでも、南部のセネガル川を越えたカザマンス地方ではまったく事情が異なる。この地域はジョーラ族地域であるが、マンデ人やフルベ人なども多く住む多民族居住地域である。またポルトガル語ベースのクレオール語が元々の地域共通語として確立しており、地域共通語としては新参言語のウォロフ語より優勢である。またセネガルの公用語はフランス語であり、すぐ南はギニアビサウで公用語はポルトガル語である。

この地域の言語状況を調査したJuillard (1995) によれば、すざましい多言語使用状況が浮かび上がる。彼女は、カザマンス地方の中心都市ジガンショールに田舎から5年前に出てきて、下宿して高校に通う20歳の青年の1日の言語使用状況を報告している。この青年は少数民族マンジャク族である。マンジャク族は元々はギニアビサウに住んでいたが、今ではセネガル側に移住した人も多い。彼は少数民族の例に漏れず、多くの言語を操る。そのレパートリーは、母語のマンジャク語に加え、マンカニュ語、マンディング語(マンデ族の言語)、ジョーラ語、ウォロフ語、プラール語(フルベ族の言語)、クレオール語、フランス語、ポルトガル語、英語の10言語である。これらの言語は同じ系統のものもあるが、お互い異なりそれぞれ個別に覚える必要がある。強いて知識を利用して話せるのは、クレオール語とポルトガル語、そしてフランス語と英語の間ぐらいである。

以下は、ある日の言語使用の例である。このマンジャク族の青年はジョーラ族の家に下宿しているため、朝は大家さんとジョーラ語で挨拶を交わす。その後、義理の姉妹の家に行きマンジャク語で洗濯物のことについて話す。バス停で友達に会い、市場で買ったズボンについて主にフランス語で話すがウォロフ語も交える。その後自分の家に来た何人かの生徒と学校でのストライキについてフランス語とウォロフ語で話す。その後、昼食のことで大家とジョーラ語で話す。そして近くのフルベ人経営の店で煙草を買いプラール語を話す。昼食後、自分が勉強を見てやっている小学生の一群が家にやってきて、プラール語、ジョーラ語、マンディング語、フランス語を話す。その後バスに乗ったがバス代のことでウォロフ語で議論する。ついで学校で校長に会いに行きクレオール語とフランス語で会話する。その後仕立て屋でズボンのサイズについてフランス語で話すがマンディング語も交える。夕方、夕食時イトコや義理の兄弟姉妹などとウォロフ語とジョーラ語で会話する。夕食後映画館に行き英語の先生に会い、学校で行う演劇について英語で話す。

以上はセネガルのジガンショール市という比較的狭い地域での多言語使用の例であるが、これとは違って、幾つもの部族地域を巻き込んだ広い地域にわたる多言語使用の例もある。以下は私が調査したウガンダ西部での多言語使用状況の例である。

ウガンダ西部の町ホイマ市でニョロ語の調査をしていた時である。ホイマ市はニョロ族の中心都市である。ニョロ族の王宮もある。アフリカ人は一般に多言語使用であり、特に地方都市に行くとその傾向が強い。周辺の他民族の人間が来たり住みついたりしているからだ。しかしホイマの町を歩いても一向に他の言語が聞こえて来ない。どこへ行ってもニョロ語ばかりである。何かおかしいと思い、道端や市場、食堂、会社、大工の仕事場、家庭などで100人に何語を話すかインタビューしてみた。そうすると自己申告で平均3.46言語を話すことが分かった。

ついで、具体的に周辺の民族名を挙げて、ガンダ族とは何語を話すかとか、トーロ族とは、アルール族とはと聞いてみた。そうすると、ガンダ族とはガンダ語で、トーロ族とはトーロ語で、アルール族とはスワヒリ語という風に平均4.34言語を話すことが分かった。自分はニョロ人でニョロ語が好きだからニョロ語しか話さないという国粋主義的な人も何人かいたが、個別民族名を挙げて聞くと、ガンダ族とはガンダ語で、トーロ族とはトーロ語でということになるのだ。最高は11言語を話すという人であった。しかし町を歩いても聞こえて来るのはニョロ語ばかりである。

なぜなのか。この謎を解く鍵は、どこで言語を話すかである。結論から言うと、ニョロ人はニョロ語地域では原則ニョロ語しか話さない。しかし、ガンダ族地域に行くとガンダ語を話し、トーロ族地域ではトーロ語を話すというわけである。従って、ニョロ人のほぼ全員が多言語使用者でありながら、ニョロ語地域ではニョロ語しか話さないという単一言語状態が実現されている。これは、ニョロ人のニョロ人としての矜持があると同時に、ニョロ語地域に来た周辺民族の人たちもそのことを理解している。他地域へ行ったらその地域の言語を話すのである。それが却って自分たちの誇りに繋がる。ニョロ人も自分たちの所に来れば自分たちの言語を話すことを知っているからである。実際、周辺民族の人たちもホイマにしばらく住んでいるとみんなニョロ語を話すようになる。その方が商売もやり易いし、また生活も楽だからである。私は、このような単一言語状態を、多言語使用による一言語状態と呼んだ (梶 2012)。

このようなことが可能なのは、お互いの言語が似ているということが前提である。ニョロ語はニジェール・コンゴ語族のいわゆるバンツー系の言語である。周辺のガンダ語やトーロ語も同じバンツー系で似ている。従って、強いて勉強する必要もなく、話したり聞いたりしているうちに覚えてしまう。しかし周辺言語でもアルール語やランゴ語は系統の異なるナイル・サハラ語族の言語であり、語彙も文法もまったく異なる。それらの言語を話すのは至難の業である。そういう時はウガンダの公用語である英語や、またウガンダの国語にもなったスワヒリ語を用いるのである。最初自己申告で何語を話しますかと聞いた時、アルール語やランゴ語などをレパートリーに入れていた人も、個別にアルール人とは何語でと聞いていくと、英語やスワヒリ語ということになる。個別に対応するという意識があるせいか、一応アルール語やランゴ語など答えるのだが、実際はできず、英語やスワヒリ語を用いるのである。

ニョロ族やトーロ族などバンツー系の言語を話す人たちはウガンダの国の南部に住む。そして、あまりスワヒリ語が好きではない。スワヒリ語はニョロ語などと同様バンツー系の言語であり、お互い似ている部分が多い。従って、知っている人は多いが、自分から進んで話す人は稀である。言葉が通じない北部のナイル・サハラ系の言語の人たちとは、まず英語で話してみて、通じなければしかたなくスワヒリ語を用いるという人が多い。もちろん英語ができなければ最初からスワヒリ語ということになる。逆に北部のアルール族やランゴ族、アチョリ族の人たちにとってスワヒリ語は自分たちの言語とは系統が違い内実も異なるのに、流暢に話す人が多い。なぜそうなのか。これも面白いテーマであるが、いつか機会があれば書いてみたい。


文献

- Juillard, Caroline (1995) “L’évolution des répertoires linguistiques des minorités ethniques en milieu urbain : les Mandjack et les Mancagne de Ziguinchor”. Sciences et Techniques du langage (Revue du Centre de Linguistique Appliquée de Dakar, Université Cheikh Anta Diop de Dakar) 1: 67-89.
- 梶 茂樹(2012)「多言語使用による一言語状態―ウガンダ、ホイマ市における社会言語学的アンケート調査から―」,『多言語主義再考―多言語状況の比較研究』砂野幸稔(編), 三元社, pp.595-633.