時代劇台詞のこだわり その2
公園や街角でチャンバラごっこをする少年達の姿を見かけなくなってから、久 しくなります。京都でタクシーに乗って、運転手さんと時代劇の話になり、昔 は時代劇映画が全盛でしたね、私達も何かといい思いをさせてもらったのに、 どうしてこんなに衰退してしまったのでしょうね・・・などときかれたとき私 はかならず、冒頭のような話をします。「なるほど。昔は男の子がいる家には、 必ずオモチャの刀の一、二本はあったものですわなあ」となんとなく納得した ような顔はして貰えるのですが。
私ども時代劇製作者の最大の悩みは、どうしたら視聴者の皆さんに、ドラマを 見ているオンタイムで台詞(せりふ)を十全に理解していただけるかというこ とです。しかも時代劇の雰囲気を損なわずに。ちょん髷や裃姿、どてらやたっ つけなど、まあ見ようでは、珍奇でコミカルな道具立ての上に、時代劇といえ ば志村けん演ずるバカ殿シリーズくらいしか見たことのない若い人たちにとっ て、時代劇への興味を削ぐ最大の問題は、台詞(せりふ)であり言葉使いであ ります。
いや、若い人ばかりでなく、相当なお年の方でも、(特に女性の方など)ご理 解いただけない場合が多い。現にうちのカミさんなんか、つききりで解説して やらないと、分からない場合が多々あります。 そう思って、「今のところ、 わかったか?」ときくと、「馬鹿にしないでよ。お義理で何年時代劇見てると 思ってるの!」と来るから始末が悪い。
「お言葉では御座りまするが、火のないところに煙は立たぬと申します。これ がもし真実ならば、御公儀を恐れぬ不届ききわまる振る舞い。直ちに使者を遣 わし、その真偽を糺してしかるべきかと存じまする」ご存知「水戸黄門」の中 の一節です。一度耳で聞いただけですんなり分かる人は、結構時代劇通と言え るでしょう。「公儀」「幕閣」「問屋場」「逃散」「ぼてふり」「闕所」など、 現代語に置き換え不可能或いは困難な言葉はなるべく使わないようにするか、 芝居の中で誰かが、平易な言い回しで補足します。 芝居のテンポは落ちます が、分からないよりいいだろうと言うことで。 「闕所(けっしょ)」なんて いうのは、ほかになかなか言い換えが利かず、でもしょっちゅう使う言葉なの で、もう皆様先刻ご承知と開き直り、目をつぶって使っています。「責任を取 る」も現代語で、正しくは「責めを負う」でしょうが、いきなり台詞で言われ ても、何人の人が理解してくれるでしょうか。
その昔、私が担当していた刑事ドラマの中で、女刑事が上司の命令で犯人逮捕 に出向くシーンがありました。その日撮影現場は朝からいろいろとトラブッて いて、それぞれがそれぞれの持ち場で、カッカしている状態でしたから、俳優 の台詞のやりとりもかみ合わなかったり、チグハグだったりの連続で、普段引っ かからないせりふの、ちょっとした一言が妙に気になったりします。 「監督!このしょっ引いて来いってのは、時代劇みたいで変じゃないですか!?」 と叫んだのは、志穂美悦子扮するタフな女刑事。 でも不思議なことに、「しょっ引く」は現代劇でもしょっちゅう使っているのですね。 本当に言葉って奴は生き物であり、厄介なものであります。
(樋口祐三:テレビドラマ・水戸黄門 プロデューサー)