地球ことば村
言語学者・文化人類学者などの専門家と、「ことば」に関心を持つ一般市民が「ことば」に関する情報を発信!
メニュー
ようこそ

【地球ことば村・世界言語博物館】

NPO(特定非営利活動)法人
〒153-0043
東京都目黒区東山2-9-24-5F

http://chikyukotobamura.org
info@chikyukotobamura.org

言の葉(ことのは) 倉本聰が紡ぐもの


シナリオライターの仕事は、言うまでもなく映画やテレビドラマのシナリオを 書くことだ。言い換えれば、言葉という原材料をもとに、それを組み合わせ加 工し、一本のシナリオという言葉の集合体、即ち製品に仕上げる。

私がこの仕事に就いたきっかけは、倉本聰が北海道富良野で開いている『富良 野塾』に入塾したことだった。そこは農業に従事しながらシナリオライターと 役者を養成する倉本の私塾だ。そこで二年間、さらに卒塾してからも、私は師 匠である倉本からシナリオについて様々なことを学んだ。

倉本はよく、シナリオを一本の『樹』にたとえる。例えば、北海道の原生林に 立つ樹齢百年を超えるようなトドマツの巨木を想像していただきたい。巨木は 広く深く張った根っこによってどっしりと立っている。『根っこ』はシナリオ における登場人物のキャラクターだ。それがきちんと出来ていないと、シナリ オという巨木は立つこともおぼつかない。次に、太い『幹』はシナリオの構成 だ。言い換えればストーリー展開。根っこがきちんと張っていれば、幹はどん どん太くなり、枝もぐんぐん伸びて行く。枝が伸びればそこには当然、葉がつ く。根っこから吸い上げられた養分は、幹を通り枝を通り、やがて葉へと到達 する。その樹が落葉樹であれば、秋には鮮やかな色に染まるに違いない。『葉』 はシナリオにおける『言の葉(ことのは)』、つまりセリフなのだ。

倉本の紡ぎだすセリフは、リアルで美しいとよく言われる。それはすべて倉本 の感性が書かせているのだと、私はずっと思ってきた。つまり、シナリオにお ける登場人物のキャラクター創りや構成は論理的に出来ても、セリフに関して はその人の感性が生み出すものだと。だが、その考えは間違っていた。倉本は セリフという極めて感覚的なものを極めて論理的にとらえ、分析していたのだ。 倉本は言う。「セリフは表現のための補助手段にすぎません」セリフの前にま ずアクションで表現できないか考えてみる。セリフのないドラマがある意味ベ スト。「セリフはまず音です」音は感情を表現する。例えば、「おい」と呼び かけるセリフは、音を変えることで様々な感情が表現出来る。「セリフはステー タスを表現します」ステータス、即ち立場。会話の中で常にステータスは変化 する。それとともにセリフも変化する。「セリフは語尾が重要です」語尾の変 化で、ステータス、自信、その人のキャラクター、クセ等が表現出来る。さら に敬語をうまく使えば、より幅広い人間を描くことも出来る。「口語と文語の 違いを理解しなさい」口語は、単語に近づいて行く。しばしば語順が入れ代わ り、省略も多い。また、感動詞や間も多い。

さらに倉本はセリフの細かな役割について分析する。

  1. 情報を伝達する。
  2. 状況を自然に伝達する。
  3. 感情を伝達する。
  4. 人間のキャラクターを表現する。
  5. インナーボイス(心の声)を役者に想像(創造)させる。
インナーボイスとは、いわゆる『セリフの行間』に込められた登場人物の心の 声だ。つまり、言葉に表せない言葉。これを役者は勿論、視聴者にどう伝えて 行くか。これがセリフを書く上でもっとも難しく、同時に、醍醐味でもある。 そんな心境を、倉本はこんなセリフにしている。

「創るということは遊ぶということ 創るということは狂うということ」

倉本聰『玩具の神様』より

(田子明弘)