<飲み会における若者ことば>
2006年8月 籏野 智紀
老若男女(もちろん未成年を除きますが)を問わず、「飲み会」は私たちにとって欠かすことのできないコミュニケーションの場といえま
す。若者にとっても、一気にコミュニケーションの機会が広がるのが、成人し、大学やアルバイト先などのコミュニティで何度も行われる「飲み会」や「コン
パ」といった類の場ではないでしょうか。飲み会は、単に少人数で、あるいは大勢で一緒に酒を交わすのみならず、情報交換の場であったり、出会いの場であっ
たりと、様々な役割を果たしているのです。
そこで注目すべきことは、そういった飲み会でしか使われないような独特のことばの存在です。「じゃあ、大根サラダ、鳥ナンコツ唐揚げ、揚げ豆腐。とりあ
えず以上で。」この、「とりあえず以上で」という表現は、興味深いことに、飲み会以外の場ではあまり使われません。しかし、飲み会においては、ほとんどの
者が(飲み慣れたサラリーマンなどは特に)、この表現を使って注文を締めるのではないでしょうか。
さて、話を本題の「若者ことば」へ移しましょう。成人し、酒が飲めるようになった若者たちの、飲み会でのそういった新しい独特のこと
ばとの出会いは、彼らにとって衝撃的であり、そしてその衝撃は自ら新しいことばを生み出す原動力となります。つまり、飲み会は、社会におけるコミュニケー
ションの場として、様々なことばが飛び交う場であり、それは「若者ことば」も例外ではないのです。
では具体的に、飲み会における「若者ことば」には、どのようなものがあるのでしょうか。以下、
1. 飲み会において独特な用法と意味をもって使われる既存の語や新しい語
2. 若者の飲み会においてしばしば行われるゲームなどに見られることば遊び
の二つに分けて考察してみましょう。
1. 若者による既存語・新語の応用
1.1 乾かす・干す
楽しい飲み会はいつも「乾杯」から始まります。乾杯は、若者に限らず、飲み会に参加する者にとって最大のコミュニケーション手段とい
えるでしょう。その「乾杯」に関する、飲み会でよく使われる若者ことばとして、「乾かす」や「干す」があります。これは、乾杯をした際には必ず短時間で
(一気に)手に持ったグラスを飲み干さなければならないという不文律を、みなが守ろうとする若者の飲み会において、使われることばのようです。そのよう
に、グラスに入ったお酒を飲み干すことを「乾かす」、または「干す」と表現するようです。
もちろんこれらの語は、「乾杯」という語を分解し「(杯を)乾かす」、また「飲み干す」の後半部分を取り出して「干す」、という語形成の過程を経たもの
です。本来、これら「乾かす」「干す」という語は、洗濯物など他の言語使用域において使われるはずの語ですが、それが飲み会という領域にも進出しているの
です。単に「飲み干す」などの表現を使わずに、こういった語を用いることで、若者同士の飲み会での結束力を高め、またそういった飲み干すという行為に特別
な意義を見出しているのでしょう。
1.2 えぐい・ぐろい
大学などで使われる若者ことばの代表として、「えぐい」というものがあります。これは若者ことばにおいては本来、「あの先生の授業がえぐい。」など、
「(何かが)厳しい」、「難易度が高い」、「辛い」などの意味を持っている語ですが、これが飲み会ことばに転用されることがあります。
例えば、「えぐい飲み会」という表現は、その飲み会が行われている集団は酒を飲む量が多いことが予想され過度に酔ってしまう、という意味を持っていま
す。また、「えぐいからちょっと休んできます。」という表現では、実際に酒を大量に飲み酔ってしまい気分が悪くなっている状態、を示しています。ちょう
ど、日常語の「きつい」などにあたると思われますが、元来大学の授業などの学習面で用いられていた語が、課外活動である飲み会においても使われるように
なったという点で、若者のことばの応用力をうかがえる好例といえます。本来的には「えぐい」という語は、「このメロンはえぐい。」などの味覚に関する形容
詞であったことも考えられ、一つの語が様々な場面において使われるという言語現象をここに垣間見ることができましょう。
「えぐい」の類義語として「ぐろい」という形容詞も存在します。同じように「ぐろい飲み会」のように使われるほか、複合語を形成し「ぐろ飲み」などとい
うことばも存在するようです。「えぐい」よりも「ぐろい」の方がさらに「厳しさ」の程度が増すという意見もあるように、これらの形容詞は若者当人にしか分
からない使い分けもあるようです。なお、「ぐろい」は「グロテスク(grotesque)」に由来すると考えられます。
1.3 飛ぶ・ひよる
実際に酒が進み、気持ちよくなって眠くなってくるという光景は、若者の飲み会ではよく見られるものですが、このように意識が薄れてくることを「飛ぶ」と
表現することがあります。「意識が飛ぶ。」などの表現は今や日常的に容認されつつありますが、若者の飲み会という場においては、この語が活躍する機会が必
然的に多くなってしまい、「飛ぶ」が頻繁に使われるようです。
また、「飛ぶ」の類義語として「ひよる」があります。これは元来「日和見をする」という語から生まれた比較的新しい造語であると思われますが、現代の若
者はこのことばを「怯む」などの意味で使用しているようです。そしてこれが飲み会の場で頻繁に使われ、「飲みすぎてひよる。」など、酔いが回り気分的に
参っている状態、を示すことがあるのです。このように、既存の語が飲み会という場においては意味を限定されたうえで使用されているという例があるのです。
1.4 粗相
若者の飲み会は、先輩・後輩などの上下関係を学ぶ場でもあります。そこである後輩が先輩に少し失礼な発言をしてしまった、そういうときにしばしば発せら
れることばが「粗相」ということばです。これは日常的に使われる、字義通りの「うっかりする」などの意味であることは間違いないようですが、この語がやや
頻繁に飲み会という場で使われることは注目すべきことです。また、これはしばしば「粗相」を犯した人にお酒を飲ませるための掛け声(これを若者ことばでは
「コール」といいます。)とともに、使用される語です。もしかすると、「粗相」という語の音韻的特徴などから、掛け声にしやすく、気軽に使えることばとし
て定着したのかもしれません。
2. ゲームなどに見られることば遊び
2.1 五気飲み
若者の飲み会において、「一気飲み」がたびたび行われてきました。近年、その危険性が叫ばれだんだんと自粛されてはきているものの、未だに一気飲みは若
者の飲み会において一つのパフォーマンスとして重要視されているようです。その「一気飲み」という語は、しばしばことば遊びとして「五気飲み」など、応用
的な使われ方をすることがあります。つまり、一気ではなく、二気、三気、四気、五気、と、まるで「気」を助数詞(類別詞)であるかのように用いているわけ
です。当然、「五気飲み」は、「一気飲みを5杯分行う」という意味になります。まさに「えぐくてぐろい」行為です。
2.2 数取段
同じく、日本語に特徴的な類別詞を効果的に用いた、飲み会におけるゲームとして、「数取段」と呼ばれるものが存在するようです。これは、一人が「たば
こ」と言ったら他の一人が「1本」と応答し、次に一人が「象」と言えばまた他の一人が「2頭」、さらに一人が「たんす」と言えば他の一人が「3棹」と応え
る、これを繰り返し、適切に応えられなかった人が負け、というゲームです。飲み会において、このような日本語を言語学的に見つめるに非常に興味深い現象
を、うまく活用してコミュニケーションの手段としているところに、若者の創造力の豊かさか感じられます。
このようなゲームにおいては、基本的に普段あまり使われないような名詞と類別詞の対応関係を挙げることにより、相手を負かすという方略がとられるようで
す。先に述べた「たんす」における「棹」や、「豆腐」における「丁」などは、もはや現代の若者にとっては日常的に使うことの無い類別詞となっていますが、
これらの表現はゲームの戦略にとっては格好の材料となります。また、「ウサギ」は「1羽、2羽」と数えるか「1匹、2匹」と数えるべきか、などの判定を肴
に会話が進むという光景も、しばしばこのゲームを伴う飲み会において見られることでしょう。
2.3 ○○語禁止
その他に、言語学的に見ても興味深いことば遊びとして、「外来語禁止」「あ行の言葉禁止」など、発言に制限を設け、その制限を破ったものが罰ゲーム、な
どがあります。酔いが回った結果、飲み会に参加する者は大胆になり、ときには「日本語禁止」などといった難儀な制限をも採用します。
「外来語禁止」などでは、私たちが日常的にいかに外来語に頼っているかを実感する、良い機会になります。例えば「ビール」も「トイレ」ももちろん禁句で
す。
また、「日曜日→Monday→火曜日→Wednesday→・・・」と、言語を一つごとに入れ替えて順番に言っていく、などといったゲームも存在する
ようです。このゲームが意外と難しく、テンポを速めると、酔いの効果もあってかほとんどの人が途中で言いよどんでしまうようです。こういった言語を超えた
ことば遊びが、若者のコミュニケーションツールの一つになっているという点は、多言語社会を象徴していると言えますし、また「ことば」というものが通常の
言語使用ばかりでなく、メタ的に遊びとして使われる役割を十分に持っているという、ことばの果てしない可能性を感ぜずにはいられません。
3. 最後に ― 「飲み会ことば」を越えて
注目すべきことに、これらの若者ことばは、コミュニティ(主に大学)によって、かなり使用頻度にばらつきが見られます。○○大学ではこのようなゲームが
行われない、といったような事実があることは当然ですし、自分の大学では通じることばが他の大学ではそれと異なる意味で使われている、といったこともある
ようです。飲み会ことばは、飲み会というコミュニティでのみ使用される「社会方言」ですから、一歩外に出れば通じなくなる、という光景は容易に想像できる
でしょう。
また、「飲み会ことば」が飛び交う場においては、例えばサークルなどの集団においては特に、次の学年・世代へ伝統を受け継いでいく、ということも重視さ
れることがあります。そのため、「飲み会」は、古きことばを保っていく保守性と、新入りが新しいことばを生み出していく革新性の入り混じった、まさに世界
における言語の有様の縮図ともいえる興味深い場であるといえるかもしれません。
同時に、こういったことばは、しばしば他の社会における若者ことばと連続性をもって存在していると言えます。例えば、「えぐい」と「ぐろい」ということ
ばをしばしば混同してしまう、というのは、現役の高校生(神奈川県)にもある言語現象のようです。高校生たちは、大学生などの飲み会は体験していないはず
ですから、こういったことばは、「飲み会」という枠を超えて、若者のコミュニティ一般に存在しうる潜在性を、秘めているといえるのかもしれません。