芸能界業界用語事典 <4「消え物とメシ」>
今日は、口から入ってノドを通るものについてのお話です。出演者が劇中で
飲食するものを、消え物といいます。食べてしまえば、消えてなくなってしま
うからそう言います。タバコも消え物です。歌舞伎から現代劇、映画、テレビ
ドラマにいたるまで、消え物と言い習わしてきました。
ドラマスタジオには、メーク室、衣裳室などがあるように、消え物室という
のがあり、そこで消え物を用意します。レンジ、冷蔵庫、洗い場があり、小さ
な台所といった感じです。
劇中の結婚披露宴で尾頭付きの鯛が、台本では三十人分必要な場合、製作者
側としては予算を切り詰めるため、画面に写る所だけの数で済ませないものか
と考えます。現場では撮影の仕方を工夫して努力はしますが、撮影には、リハ
ーサル→カメリハ→ランスルー(本番テスト)→本番という手順があります。
監督が本番前にチョット箸をつけてみてくれ、などの突発事態も想定しなけれ
ばなりません。
落語のマクラに『桜鯛』というのがあります。殿様の食事は贅沢なもので、
魚の焼き物などは片側しか食べない。殿様が普段はあまり箸をつけない鯛の浜
焼きを、その日にかぎってお代わりを所望された。一匹しか用意してなかった
ので困った家来が、殿様の注意を庭の桜に向けさせた隙に、鯛を裏返して急場
を凌いだ。殿様はまたチョイと箸を付けて、重ねてお代りを所望。万事休した
家来を御覧になって、殿様「いかがいしたした。もう一度桜を見ようか」と仰
った。
落語ですから笑って済ませますが、撮影現場ではそうはいきません。消え物
の数をどうするか。チーフ助監督の経験と勘の見せ所となります。飲物に関し
ては、赤ワインは中身はグレープジュース、白ワインや日本酒は水で代用する
のが普通です。誤魔化せないのがタバコで、連続したカットなのにタバコの長
さが違っていては不自然さが丸見えになってしまいます。消え物は一旦口に入
ってしまうと、二度と使い回しが出来ないので、扱いを慎重にしなければなり
ません。
劇中ではなく、現場のスタッフがとる食事のことを、メシと言います。少々
下品な言い方ですが、伝統的にメシと言い習わしてきました。
広辞苑を引いてみると───めし【飯】②毎日、時を定めてする食事。ごは
ん。───とあります。
若くて金がないスタッフはいつも腹を減らしています。ですから、メシは最
大の関心事です。食事シーンの撮影を、腹ペコでやらされるみじめったらしさ
ったらありません。食い物の恨みは怖いのです。又、その反対に結構なメシに
ありつけた時の喜びは無上のものになります。
では次に、メシのつく言葉を列挙してみましょう。
その1───メシオシ(飯押し)
メシは昼食12時、夕食17時が原則ですが、撮影の都合で定時のメシ時間
が来てもそのまま撮影を続けることがあります。それがメシオシ。そういう時
は、メシまでのツナギを用意します。
ツナギはあくまでも急場のしのぎですから、手近なコンビニなどに飛び込ん
で、飲物とシュークリームとか稲荷寿司などを調達します。スポンサーが運よ
く飲物、食べ物のメーカーの場合には、気の利いたスポンサーだと自社の新製
品などを差し入れしてくれることもありますが、毎回そういう幸運に恵まれる
とは限りません。
その2───バレメシ(バレ飯)
スタッフを解散することをバラす、もしくはバレると言います。たとえば、
高速道路のサービスエリアが混んでいて、ひとつの店でまとまって食事をとれ
ない場合など、千円づつ渡して、各自勝手に自分の好きなメシを食えというの
がバレメシです。
その3───移動メシ
バレメシは一応テーブルについてメシが食えますが、ロケバスで移動中に車
内で食うメシを移動メシと言います。悪路とか、ゴー、ストップの頻繁な道で
は、落ち着いてメシなど食えませんが、現場到着と同時に仕事にかかりますの
で、ちゃんと食っておかなければなりません。
その4───ハヤメシ(早飯)
撮影の都合で定時のメシ時間より早くメシにしなければならないことをハヤ
メシと言います。撮影開始が12時となれば、11時に昼メシということもあ
ります。不規則な食生活に文句など言ってはいられません。
その5───メシのついでにロケ弁(ロケ弁当)
ロケの際に出演者やスタッフに配られる弁当のことです。
フリー百科事典『ウィキペディア』によると───日本独特の習慣のひとつ
であり、出演者の間で出演料などに無関係に同じものを食べることで一体感を
高める効果があるという意見もある。現実的には、撮影中の食事をスタッフ側
が管理することで撮影スケジュールの管理を容易にするという側面が強い(食
事休憩などを自由時間にすると遅れて戻ってくる者が出て撮影に支障をきたす
ことが少なからずあるため)。一般的に日本人が宗教的に寛容であり、食生活
に関する戒律が少ないこともロケ弁を可能にした要因といえる。───とある。
なるほど。日本の慣用句には『同じ釜のメシを食う』というのがありますね。
当初のロケ弁は、腹さえ一杯になれば、味に文句を言うスタッフはいなかっ
たのですが、今ではロケ弁業者も工夫を重ね、おかずの内容を競うようになっ
て、年々質が向上してきました。テレビなどで有名タレントが、あそこのロケ
弁はうまい、と言えば、業界とは関係のない若者、主婦までが、そのうまいと
評判のロケ弁をひとつ食べてみようではないかと、サークル活動の弁当に注文
して来るようにもなっています。早い話、単なる仕出し弁当ですから、一般の
人も利用できるわけです。
スターさんの中には、おしきせのメシをきらって、自前の弁当を持参される
方もいらっしゃいます。健康管理の上からは、それが最上だと思われますが、
独身貧乏スタッフには真似できません。
いつか出世していい嫁さんをもらって、愛妻弁当持って来てえなあ、なんて
言った日にゃ、仲間から総スカンを食らうのがオチかな。
メシオシでもうひとつ。「すみませんが、メシオシになります」と言ったら
気取った女優さん「あら、おごはん押し?」ときたもんで、知らせに来たスタ
ッフはズッコケてしまいました。現場で使い馴した言葉はそのまま使ってもら
わないと、調子が外れてしまいます。