北インド・ラダック
チベット難民キャンプで子どもたちに会った
1週間ほど、北インドの街、中国とパキスタンの国境沿いのラダックに行ってきました。ここは文化的には伝統的なチベット文化が色濃く残っているところです。中国の自治領になってしまったチベット本土が、青蔵鉄道の運行が開始されたこともあって、中国文化が怒涛のように押し寄せているのにくらべ、まだまだのどかなチベット文化が残っている、ということに惹かれての旅でした。
万年雪をいただくカラコルム山系に囲まれ、周囲には荒涼とした砂漠が広がる中、チベット人とインド人が身を寄せ合って暮らしています。中心の町・レイ(海抜3400メートル)は観光が主な産業。ツーリストには東洋人、アフリカ系のひとは殆ど見られず、元気のいいヨーロッパからの人々がたくさん、サンダル、短パンで歩きまわっています。土ぼこりの中、かたむきそうなバラックの店の窓には、まるで宝石のように美しいショールが並べてある、不思議な光景です。
たくさんのチベット寺院を訪れる中で、とても幸運なことに、チベット難民キャンプの小学校「Tibetan Children’s Villages」を参観させてもらえることになりました。レイから車で30分ほどの郊外にキャンプがあります。街中の家よりはるかに清潔できちんとした白壁の建物が、広い敷地に並んでいました。案内された小学校の事務室で、スポンサーシップ・セクレタリーのミセス・ドルマからお話を聞きます。
この小学校は、ダライ・ラマからの資金とインド政府の援助で1975年に設立され、現在1921人の生徒(男子979・女子942)が共学で学んでいます。ラサやカンム、北の国境地帯からの難民の子女です。年齢は3歳から10歳。幼稚園・小学校低学年・高学年の編成でチベット文化の伝承と新しい教科の双方を勉強しているそうです。
ここでの言語の教育についても伺いました。「最初は地域のことばであるラダック語と共通チベット語を学び、学年が上がると英語、さらにヒンディー語やウルドゥー語を学びます。」卒業するころには、4つか5つの言葉がわかるようになる―地域で暮らす上で、また、職を得るため必要なことではありますが、すごいなぁ、と思いました。
その後、教室の見学に。見せていただいたクラスは、なにやら、両手を組み合わせてむずかしい形を作っています。ガイド氏に、なにをしているの?とたずねると、「特別なお祈りのときにする合掌のかたちを習っているんですよ」とのこと。
授業が終わって、グラウンドに走り出てくる子どもたちの表情は底抜けに明るい。みな、目をキラキラさせて、写真に写りたがります。「まだ英語を学んでいない段階です」ということで、残念ながら話は通じませんでしたが、みな学校を楽しんでいる様子が伝わってきました。
チベット本土での虐殺など悲惨な歴史を背負いながら、子どもたちにチベットの文化を伝え、世の中でちゃんと生きていけるように育てる。その努力はきっと実っていくことでしょう。この学校を終えた子どもたちの何割かは、インドの大学に通うこともできると聞きました。たくさんの芽が大きくなるように、と願いながら、タクシーをいつまでも見送ってくれる子どもたちに手を振って別れました。
*この学校は世界中の支援金によって運営されています。ドルマさんに「スポンサーには日本人もいますか?」とたずねたところ「いいえ。でも日本人はときどき来てくれます。」との返事。残念…。日本企業など、資金を出してくれないのかしら。個人からの、あたたかい衣料(冬は零下数十度になります)などを受け付けているそうで、それなら、なんとかなりそうです。小さくなったセーターなど、下の住所宛てに送ってみませんか?
SOS Tibetan Children’s Village School, Ladakh
P.O.Choglamsar
Leh,Ladakh-194101(Jammu)India
―事務局