「フランス・リヨンだより」
佐野彩(地球ことば村運営委員)
プロフィール
目次
第1回 リヨン言語事情
フランス・リヨンだより
第1回 リヨン言語事情
この秋から来年夏までの予定でフランスのリヨンに研究滞在しています。フランスの地域言語を研究テーマにしているため、フランスにはこれまでにも滞在する機会がありましたが、長期での滞在は学部の学生のとき以来、10年以上ぶりになります。この研究滞在の間に、見聞きしたこと、感じたことを綴っていきたいと思っています。
リヨンはフランスの南東部にある都市で、パリからはTGV(高速列車)で2時間ほどで着きます。ローヌ河とソーヌ河が交わる地点に築かれ、その歴史はローマ時代にまで遡ります。“美食の都”として知られていますが、南のオリーブオイル文化圏と北のバター文化圏のちょうど境にあるためだと、ことば村の顧問でいらした金子亨先生がおっしゃっていたのが思い出されます。ユネスコの世界遺産にも登録されている古い街並みがとても美しい街ですが、フランスでもパリに次ぐ規模の大都会であるだけあって、地下に潜れば地下鉄が走り、ラッシュ時には東京とあまり変わらないのではないか、と思われるような光景にも遭遇します。
ソーヌ河
リヨンではずっとフランス語が話されてきたかのように思われがちですが、実は、フランス語が普及する以前には「フランコプロヴァンス語」という言語が話されており、フランス革命の頃まではこの言語も話されていました。フランコプロヴァンス語はリヨンの周辺だけでなく、国境を越えて、イタリアやスイスでも話されている言語ですが、今では一部の地域以外ではほとんど使われなくなり、いわゆる消滅危機言語の一つになっています。フランコプロヴァンス語自体はリヨンでは話されなくなりましたが、フランコプロヴァンス語はフランス語のリヨン方言の中に痕跡を残しており、方言を学ぶ市民講座にはたくさんの人が集まります。
リヨン方言講座
一方、古くから商業都市として栄えてきた大都市リヨンには、今も昔も国内外から人が集まってきます。様々な言語・文化的背景を持つ人が暮らしており、エスニック料理の店などが集まっている地区もあります。先日、郊外を通るバスに乗りましたら、乗っているのは中東系やアフリカ系の人ばかり、様々なことばが聞こえてきます・・・ちょっとびっくりしたのですが、ここで暮らしている私も、リヨンの多言語・多文化のモザイクの一部になっているわけです。
ケバブ屋が並ぶ通り
リヨンはローヌ・アルプ地域圏と呼ばれる行政区分の中心都市ですが、近年、このローヌ・アルプ地域圏で、フランス語以外の地域の言語を振興していこう、という機運が高まっています。ここで言う地域の言語には、フランコプロヴァンス語とオクシタン語(ローヌ・アルプ地域圏には南フランスのオクシタン語圏に含まれる地域もあります)という伝統的にこの地域で話されてきた言語だけでなく、移民の言語も含まれます。前者については、社会言語学的調査に基づいて起草された決議が2009年に採択されました。後者については、社会言語学的調査の結果がこの秋に出たところで、報告会なども開催されています。
移民言語に関する調査の報告会
具体的な施策は、伝統的言語と移民言語で、さらに移民言語だけを見ても各移民言語の間で、その話者が置かれている歴史的背景や社会的状況がかなり異なるので、すべての言語を同じように扱うのは難しいだろうと思いますが、自分たちが暮らす地域で様々な言語が話されていることに対する意識を高め、複数言語使用を奨励していこうとする地域圏の姿勢は大変意味のあるものだと思います。日本におけるマイノリティ言語や方言の問題―そこでことば村として何ができるか―を考える上でも、ローヌ・アルプ地域圏での取り組みから学べることがあるのではないかと感じています。
(2013年11月)
執筆者プロフィール 佐野彩(さのあや)
地球ことば村運営委員。
民間非営利団体等での勤務を経て、現在、一橋大学大学院博士課程在学中。
2013年9月末より、フランス・リヨンのLaboratoire Dynamique du Langage(CNRS/リヨン第2大学)に訪問研究員として留学中です。
高校生のときに読んだ本をきっかけに、フランスの地域言語の問題に関心を持ち、特にフランス、イタリア、スイスにまたがる地域の言語「フランコプロヴァンス語」について、社会言語学的観点から研究をしています。