ハイダの人々とことば
ハイダ族Haidaは、アメリカ合衆国アラスカ州南東部とカナダのブリティッシュ・ コロンビア州北西海岸のクィーン・シャーロット諸島(ハイダ島)に住む北米 先住民の一部族であり、特に、トーテムポールを中心とするその美術工芸品は、 国際的にも高く評価されている。彼らの話すハイダ語は、系統不明の孤立言語 であり、現在話される方言は、北部方言と南部方言に大別される。そのうち、 私が習っているのは、南部方言の一つ、クィーン・シャーロット諸島のスキド ゲイトSkidegateで話されるスキドゲイト方言である。
北アメリカ北西海岸地域に分布する他の諸言語と同様、ハイダ語も音声面では 豊かな軟口蓋音(前部と後部の対立)や側面音、放出音といった多くの子音を 有し、文法面においても、とりわけ動詞はいろいろな要素を取り込んで、かな り複雑な構造をみせるため、その解明はなかなか一筋縄ではいかない。そういっ た困難に遭う中で、例えば、「驚く」を「骨がなくなる」(skuji gaw:skuji 「骨」、gaw「なくなる」)、「欠伸をする」を「あごが落ちる」(sGaay GaGuy:sGaay「あご」、GaGuy「落ちる」)というなどのなかなか見事な表現 に出くわすと、思わず微笑んでしまうこともある。調査は、まさに驚きの連続 であり、欠伸をする暇などないほどである。
しかしながら、ハイダ語を取り巻く状況は決して楽観を許すものではない。流 暢に話せる人に限っていえば、その数はせいぜい50人程度、幾分話せる人を含 めても200人程度しかおらず、しかも、そのほとんどが70代以上の高齢者であ る。こうした現状をみれば、ハイダ語が近い将来にこの世界から消えてしまう 可能性が極めて高いと言わざるを得ない。
勿論、彼らもこの状況を単に座視しているわけではない。特にここ10年をみる と、スキドゲイトの村に新たにトーテムポールが立てられたり、様々な儀式を 復活させたりするなど、伝統的な文化の復興が活発になってきている。ハイダ 語も同様で、かつては小学校でわずかに教えられる程度であったが、今では成 人を対象にした集中プログラムが開かれており、人々のハイダ語に対する関心 が高まりつつあることを感じる。しかし、他の様々な文化的な特徴とは異なり、 言語の復活と保持は、多くの時間と労力を要するものであり、ハイダ語は、そ れをはるかに凌ぐ勢いで衰滅に向かっているのが現状である。その流れに抗う ための一助になり得るにはどうしたらよいかを考えながら、今後もハイダ語の 調査を続けていきたいと思っている。
《堀博文:言語学(2005年掲載)》