ツォウ語
台湾山脈の真ん中に台湾の最高峰玉山(日本名:新高山)がある。その西南山麓の阿里山地方にツォウ語を話す人たちが住んでいる。話し手は今のところ4200人くらいという(宮岡真央古子「地ツォウ語を話す人々」月刊『言語』2005年10月号)。
ツォ ウの人たちは17世紀オランダの支配下にあったときはオランダ人たちと直接の交渉を持ち、清朝時代には大陸と交易を行い、日本植民地時代には「高砂族」の エリートになるものを多く輩出した。積極的で進取の気性に富んだ人々だという。しかし一方で伝統的な儀礼や生活習慣を大切にして、未だに戦いの神への祭礼 などを守っている。
台湾の原住民(その人々が選んだ呼称)の言語は数多い。大きく分けて北方語群、北東語群、南部台湾語群がある。また南東の蘭嶼にはフィリピン諸語系のヤミ語が話されている。ツォウ語はこのうち南部語群に含まれる。台湾原住民諸語はすべてオーストロネシア語族と いう大きな言語群に含まれる。この語族は東はイースター島、西はマダカルカル島、南はニュージーランド、北はハワイ諸島と大変に広い範囲に広まったさまざ まな言語からなる。それだけに言語間の差は大きく、その数も多い。しかし比較的近い地域の内部を比べてみると、台湾内部の諸言語の間の違いは目立って大き い。つまり違った言語が密集している。ここから、台湾がオーストロネシア諸語が拡散していった原点のひとつなのかもしれないという見方もでてくる。
台 湾の言語は、他のオーストロネシアの諸言語の特徴を共有している。まず動詞が文の先頭に立ち、V-Oタイプの文構造を作る。それに接頭辞が付く。だから、 文頭の動詞句は、例えば、過去接頭辞+焦点表示接頭辞+動詞語幹のように並ぶ。接頭辞の種類も多く、独立性の強い語彙接頭辞といわれる接辞は、例えば「お おい、すくない」などの意味をもち、それでいて動詞の前に付く。名詞には可視・不可視、近・中・遠などの判別をする後置冠詞があるという。西洋文法に慣ら された目には言語の多様性を認識するに格好の妙薬だろう。
ツォウ語は、他の台湾原住民諸語と同じように、その将来は決して安泰で はない。かつては日本語に犯された。今でもツォウ語が通用する区域を一歩でると、そこは福建語か漢語の世界である。もはやどの家庭でも世間の対話が難しく なっている。確かに小学校では民族語教育が行われ、民族の自治への関心さえも見られる。一方で民族語教育が負担であると感じる人々がいるし、市場価値のな い母語を守ることの不都合を指摘する人々もいる。台湾原住民語のように、強力な漢民族文化に直接に触れ続けてきた言語には、今の世の中で生活語として生き ていくのは非常に難しい。ツォウ語のような「少数言語」の場合はむしろ当然の趨勢かもしれない。どのような形で持続的に生き延びるかを考え、その条件を整 備していくことが出来て欲しい。
《金子亨:言語学(2006年掲載)》