クルフ語
インドの首都カルカッタの北西山岳地方では、印欧語族、 オーストロアジア語族、ドラヴィダ語族という大変違った類の言語が混在している。それぞれインド・アーリア系のヒンディ語、ムンダ諸語の一つサンタル語、 ドラヴィダ系のクルフ語やマルト語などである。この言語を使う人たちの内で、この地に一番遅れてやって来たのはアーリア系の人だった。この人たちがガンジ ス川流域に達したときには、そこにはもうドラヴィダ系の人たちが定住していただろう。しかしオーストロネシア系のムンダ人が更にその前に住んでいたかどう かは分からない。いずれにせよ、この人たちは三千年も隣り合って暮らしてきたのに、今日でも階層に分かれている。インド人がカーストを持ち込んで、先住の 人たちを最下層のそのまた下に位置づけて、抑圧を続けてきたからであった。ドラヴィダ系とムンダ系の人たちはアディバシ(先住民)と呼ばれ、人権・土地 権・文化的権利などが厳しく制限されてきた。しかし長年の運動の結果、2000年にやっと北のビハール州から分かれて新たにジャールカンド州を独立させ、 土地権などにいくらかの利益を獲得するようになった。今ジャールカンド県の人口の28%は先住民が占める。
ドラヴィダ系先住民 のウラオンと呼ばれる人たちの母語がクルフ語である。最近クルフ語を調査した小林正人さんによると(「クルフ語を話す人々」月刊『言語』2005年9月 号)、この人たちは従来の移動と接触のいきさつから、ムンダ語も話す、第三者がいると公用語のヒンディー語も使う。つまり日常的に三言語を使っている。し かし都会に暮らす子供たちではクルフ語を話さない子供もではじめている。もっとも山で生活する人たちの間ではまだクルフ語が第一言語であるという。
ジャールカンド州にはもう一つドラヴィダ系のマルト語があるが、この言語を話すパハリア人たちは州の北東の山の中に住んでいる。同じ語族に属するとはい え、昔から相当に離れてお互い山のなかで生活している。それでもマルト語とクルフ語はなんとか通じるそうである。小林さんはパハリアとオラオンの家族との 暖かい交流について報告している。
ドラヴィダ系の人たちは何回にも分かれてインドへ入ってきたので、例えばインド半島の南西部 とスリランカ北部で話されているタミル語などと比べると、北東のクルフ語やマルト語は音も文法も語彙もかなり違う。しかもムンダ語からの影響も見られると いう。一方でヒンディー語からの影響については、クルフ語が名詞は屈折するが形容詞は活用しないから、この点で形容詞活用のあるヒンディーからの影響は受 けていないという。
ジャールカンド州にはインド唯一のウラン鉱山がある。その鉱山に隣接するジャドゥゴダ地域はウラオン、ムン ダ、サンタル、ホーを中心とするアディバシの居住地域でもある。そこにウラン精錬工場と二つの鉱滓用ダムやインドウラニウム社の作業場が操業中で、さらに もう一つのダムが建設中である。それに伴ってすでに60年代から先住民の家屋の強制収容と土地の破壊が進んできた。カースト以下の先住民に対しては、まっ たく容赦なしの政策が続けられてきたので、さまざまな反対運動がすすめられてきた。そして最近になった先住民族を中心としてジャールカンド反放射能同盟 JOARが結成され、それに医師、弁護士も参加するようになった。日本のNPO「ブッダの嘆き」も先住民の障害児リハビリなどに援助を行っている。先住民 族の言語と文化を考えるとき、その人たちのおかれている環境と生活とをまるごと把握して、「人間の安全保障」(国連「人間の安全保障委員会」提案)の観点 にしっかりと立つことが大切であることをここでもまた実感する。
《2006年掲載》