地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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ウイグル語(チュルク語派・チャガタイ語群)

  西安の西大門を背にシルクロードを西に向かうと2000キロで天山山脈の東端に着く。烏魯木斉(ウルムチ)である。そこから更に天山南路を西へ向かうと千 キロほどで喀汁(カシュガル)に到る。ウルムチがウイグル語の北部方言の、そしてカシュガルが南部方言の中心地である。更に昔からカシュガルの西のタリム 盆地に話されてきたホータンの方言とロプ・ノールの方言とが知られている。現在話されているこれらのウイグルの諸方言はそれぞれに複雑な歴史をもつ。突 厥、ソグド、土門、カラハン、モンゴルなどの諸民族との交流と抗争がそれぞれの方言の形成に関わり、何らかの影響を与えながら、それらの方言に今日の姿を 与えたのだった。

 ウイグル語は中国新彊ウイグル自治区の主幹住民の言語であり、「新彊維吾爾自治区語言文字工作条例」によって 中国語とともに自治区の公用語として、公的機関と公的情報、教育、マスメディアなどにそれを使うことが義務づけられている。ウイグル語を話す人は多い。 2000年の統計によるとこの自治区に住むウイグル人は830万人余で、殆どがウイグル語の母語話者である。そこに漢族750万人、カザフ人140万人な どが一緒に住んでいる。自治区全体が完全な多言語使用地域である。一方、その他の中央ユーラシア地域、例えばキルギス、カザフ、アフガニスタンにも数万人 のウイグル人が住んでいて、そこでもウイグル語が多言語的に使われている。

 ウイグル語は古いチュルク系の言語で、音韻組織も比較的に簡易で、形態的にはSOV型の膠着語 的な構造をもつ。ウイグル人は10世紀中葉にイスラム化したので、アラビア語ペルシャ語の語彙を多く取り入れた。また表記もアラビア文字を使っていた が、1960年代半ばに一時ラテン文字化された。しかし1979年以降は独特な正書法をもつアラビア文字を採用している。また最近ではこのアラビア文字と 漢字との自動読み替えができて、随所で利用されている。

 中国には55の少数民族がいることになっている。ウイグル人もまた一つ の大きな少数民族である。中国の少数民族に対する政策は一般に決して強圧的ではない。しかしウイグル人に関しては宗教的な問題をめぐって大きな対立点があ る。ウイグル人の大多数が10世紀にわたってイスラム教徒であり、中には原理主義的な傾向をもつものもいるからである。そのために1990年以来、宗教管 理が強化されるにともなって、政治的な反抗が目立ってきた。熱い抗争と弾圧が見えないときにも深部での対立が燃えていて、互いに根底では気を許せないとい うのが実情である。

 ウイグル自治区は中国の内陸部開発の焦点の一つである。そのために技術者を含めて漢族の作業員が最近では特 に多く自治区内に移住してくるようになった。そのために自治区は経済的にもますます強く漢族化されてるにいたった。その影響は言語にも表れる。自治区の教 育はいままで中等教育まで教育言語としてウイグル語が用いられてきた。殆どの教科がウイグル語で教育されてきたのである。しかし2003年からは自治区の 全ての高等教育機関では漢語による教育を行うという政策が施行された。その政策によってウイグル人の母語が弱められるのではないかという危機感をもつ人々 もいる。

《金子亨:言語学(2006年掲載)》