グルジア語
ユーラシアの要
グルジアはコーカサス地方で一番大きな国で、グルジア語もコーカサス諸語→のなかで一番大きな言語です。コーカサスは、昔から諸民族の山と呼ばれてきた5千メートル級の山が連なり黒海をカスピ海とをつなぐ地帯ですし、その地域は言語の万華鏡ともいわれて大小さまざまな言語が連なっています。
グルジアは古い国です。紀元前6世紀にはもう王国を立てています。その後、何度も王朝を繰り返し、ビザンチン帝国に併合されたり、ペルシャ、アラブ、オス マン・トルコ、それにロシアとソ連に侵略されながらも、1991年に共和国として独立しました。今では人口557万人、面積は日本の約5分の一です。
グルジアは強い
グルジアは大相撲幕内の黒海の故郷です。もともとコーカサス諸民族の男伊達は有名です。男だけではありません。グルジアの首都トビリシの丘にはカルトゥリ ス・デタ(グルジアの母)の像(図1:日本グルジア文化協会HPから)が立っていますが、これを見ても母達も強いことがうかがわれます。むしろグルジア人 全体が心根の強い人達だというべきでしょう。山岳の諸民族がそれぞれの部族ごとに独自の古い伝統を守っているだけではありません。国全体としても、これま で何度も侵略を被りながら、矜持をしっかりと守り続けてきました。独立後の今でもロシア軍基地撤去運動が執拗に繰り返されています。それにグルジア・ワイ ンほどボディがしっかしりしたワインは世界中どこにもありません。さすがブドウとワインの原郷だけのことはあります(詳しくはwww.georgia- wine.com)。
コーカサス諸語の代表:グルジア語
コーカサス諸語のなかで一番古い文献を持っているのがグルジア語です。5世紀初頭の碑文にはアルファベット式のグルジア語が書かれています。そして12世 紀には文語が確立していたと言われます。この頃の文字が現在のグルジア文字のもとになっています。その一例をあげておきましょう(図2:グルジアワインの ラベルから)。グルジア語は今400万人近くの人によって話されていますが、その小さな方言には周囲の言語に同化されかかっているものもあります。
グルジア語は語頭に子音たくさんが重なります。子音7つが重なる例を千野栄一さん(『言語学大辞典』グルジア語の項)が拾っています:gvc'vrtnis((彼は)われわれをきびしくしこむ)。
文法項目で有名な現象は、グルジア語に能格という特別な格があることです。対格(=目的格)に当たる格はありません。他動詞現在形の主語は絶対格で表され ます。また他動詞アオリスト(過去)形の目的語も絶対格で表されます。そしてそのとき主語がこの能格(普通、名詞語尾+-m(a))であらわされるという 構造になります。普通、能格というのは、自動詞の主語と他動詞の目的語を示すと言われますが、グルジア語の古典的能格はそう単純ではありません。いろいろ な言語で似たような現象をあげて、これが能格だということがよくあるのですが、古典的な例であるグルジア語の能格は厳格な構造です。
グルジア語は主語と目的語が何であるかのよって動詞の活用が違います。主語・目的語活用をすると言われます。これはそう珍しいことではなく、アイヌ語や他の北の古い言語もそのような性質をもっています。
全体としてグルジア語はユーラシアの言語の古い姿を今に伝えているようです。グルジア語の方言やコーカサス諸語も同じような古い構造をもつ人類の宝だということができます。
《金子亨:言語学(2006年掲載)》