地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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オセット語

露鵬と白露山の故郷

 大相撲幕内に露鵬(本名 ボラーゾフ・ソルラン・フェーリクソヴィッチ)と白露山(本名ボラーゾフ・バドラズ・フェーリクソヴィッチ)がいます。露鵬が1980年生まれ、白露山が1982年生まれです。この二人の出身地は北オセチア共和国といって、今はロシア連邦の構成国家です。この国はコーカサス山脈の北斜面から広がる草原に開けた地域にあって、その南の山岳寄りに南オセチア地方がありま す。しかし南オセチアはグルジョア共和国の一部で、グルジョアからの分離、北オセチア共和国への合併を主張して目下係争中で、外務省の渡航情報でも「渡航を控える」危険地帯に含まれています。

ウラジ・カフカース

 北オセチア共和国の首都はウラジカフカースという人口30万人の町です。ウラジカフカースとはvlagi:(ものにしろ)+kavka:s(コーカサス)「コーカサスを領有せよ」というロシア語で、丁度、ウラジオストーク「極東を領有せよ」に対応しています。

 北オセチアはコーカサス山脈北方の要衝で、ロシア帝国の南進のための拠点でした。その軍事的重要性はソ連時代を経て今もなお変わりません。

 北オセチアの人口はわずか70万人、その53%がオセットといわれるオセチア人、ロシア人が約30%、それにイングーシ人が5%といわれています。イングーシ人は東隣の共和国を作る民族ですが、その隣のチェチェン人や、西のアデゲ人とともにユーラシア最古の人類の里と言われる由緒あるコーカサス人たちです。一方、オセット人も古い由緒を持っています。彼らはヘロドトスが書いている古代スキタイ・サマルタイ、それに中世のアラン族の後裔だと言われます。古代のサカとも中世のソグドとも関係のある民族だという話もあります。このペルシャ~イランと関わるオセット民族が原コーカサス的諸民族の真ん中にわって入っているわけで、南オセチア問題は歴史的な根が非常に深いことが分かります。

オセット語は多面的

 オセット語は印欧語族イラン語派の一つといわれています。オセットという民族名もオヴス、つまりアース(阿速の人)にモンゴル語複数接辞-tがついた形だといわれます。これは、この地域が蒙古大帝国のキプチャクハーン(金張汗~ジョチ・ウルス)の領域だったことに由来するのでしょう。

 オセット語には、イラン系であるにもかかわらず、無声閉鎖音に喉頭化が起こります、p, t, k, c(ツ), _(チュ)の音を発音するときに喉をつめる音が伴います。これはコーカサスの諸言語の特徴で、もともとイラン系のオセット語がコーカサスの影響を受けたからでしょう。

 語の作り方にも特徴があります。その一つに目的語代名詞が主語や提題の接尾語のように文頭から二番目に置かれます。これは古い印欧語の特性だといいます。また動詞は自動詞と他動詞で活用が別で、これは古いイラン系の言語の特徴の一つです。また現在語幹と過去の語幹が区別され、例えばkal-(滴る)vs. kald-(注ぐ)のようになります。それにアスペクトは接頭語で表示されます。これも印欧語系の言語の特徴のひとつです。語に接尾辞をつけるときは、日本語のように後ろに重ねていくという「膠着的」な方法も使います。接辞の形は容易に取り出せるので、その点ではチュルク系の言語や日本語のようにユーラシアの多くの言語に似ています。このようにオセット語は、コーカサスの言語の特徴も、古い印欧語やイラン語の特徴も、ユーラシア内部の言語によくみられる特徴も合わせ持っています。その位置に相応しい言語だと言えるでしょう。

《金子亨:言語学(2006年掲載)》