地球ことば村
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アルメニア語

  シャルル・アズナブールが来る!2007年の2月に、83歳のシャンソン歌手がおそらく最後の日本ツアーを試みます。アズナブールは1924年パリ生ま れ。しかし彼の父はグルジュア人、母はトルコ人、彼自身はアルメニア系と言われます。そして最近の名画「アララトの聖母」に出演して、深く低くバック ミュージックを歌っています。

 首都エレバンからアララト山をみる

  アズナブールの先祖の母語アルメニア語は決して小さな言語ではありません。アルメニア語はアルメニア共和国(人口321万人)の93%の人々が話していま すし、グルジュアとアゼルバイジャンにアルメニア語を話す人々がそれぞれ40万人以上も住んでいます。しかしこの言葉は三つの点でたいへん気にかかる言語 です。その一つは、この言葉の由来です。それは長い間分かりませんでしたが、精密な比較言語の方法を使ってやっと最近になってそれが古い印欧語に属する独 立した言語だということが判明しました。それもアルメニア語の古い語彙の語頭に立つerk- が印欧祖語の*dw- に対応すると証明されたからだということです。珍しい話です。第二に、アルメニア語は独自の文字をもっています。しかもその文字は4世紀末あたりにギリ シャ文字と北アラム文字を基に作られて、未だに使われています。このこともこの民族が古くから高い文化をもっていたことの証拠でしょう。三つ目の理由は、 アルメニア語とアルメニア人が悲惨な歴史を歩んで来たことです。最近の歴史では第一次世界大戦後期にトルコの官憲がこの人々を大量虐殺しました。その数は 150万人と言われます。他に60万人が山岳地帯に強制移住させられました。そして、それが出来る人々が世界中のいたるところに逃げました。フランスには 18万人が逃げたと言われます。アメリカにも今でも約50万人のアルメニア人がいます。こうしてアルメニア語は世界中に散ったのですが、何処でもその土地 の言語にほぼ飲み込まれてしまっています。

 アルメニア語の起源についてはさまざまな説があります。まずアルメニア語の語彙には時代を異にしたいくつかの層が見られます。一番の古層には非常に古い 印欧系の語彙約1000語、第2層はヒッタイトなどの中東諸語に比べられる語彙、第3層がコーカサス諸語とギリシャ語からの借用語、第4層にアラビア語と チュルク系の言語からの借用語、最後にロシア語からの一番新しい借用語が重なっています。最古層のアルメニア語彙が出来た時期は非常に古いと思われます。 その時期に或る印欧系の一種族がまわりの他の種族を糾合して一つの言語を形成したのではないかと考えられます。この考えが正しければ、コーカサスの南東山 岳地帯で言語の集合が起こり、それがアルメニア語の古層を作ったということになります。一言語の分岐ではなく、いくつかの種族の言語が合体して1民族語が できたという説です。こういうことが起こりえるという地域だったし、そういう時期だったのかも知れません。

 古代アルメニア語には5世紀初頭の文献が現存します。その研究も19世紀から盛んに行われてきました。その成果として、古代アルメニア語では語末の音節に強めアクセントがあったらしいこと、単数:複数の対立に基づいて名詞や代名詞が屈折す ること、動詞は能動・受動・中動の3種の態に分かれて屈折活用をすることが分かっています。語彙の面でも、アルメニアの歴史に相応して、グルジョア語、ギ リシャ語、イラン語、チュルク語、ロシア語からの借用が判別できます。このような点から、アルメニア語は歴史的にも構造的にも豊かな言語研究の対象になっ てきました。
 アルメニア語については、日本でも優れた研究書だけでなく、教科書がでています。古典アルメニア語についても、現代アルメニア語の西方言についても自学 用の学習書が出版されています。初級用には佐藤信夫著『現代(西)アルメニア語』(国際語学社)をご参照ください。

《金子亨:言語学(2007年掲載)》