アカン語
アカン語は、西アフリカガーナ共和国で話される70以上の現地語の1つです。ガーナ南部、アシャンティ州を中心に、セントラル州、イースタン州、ウェスタン州、ブロン・アハフォ州で800万人以上の人々に母語として使われるほか、相当数の人が第二・第三言語として使用するため、多言語国家ガーナで広く共通語として機能しています。その勢力は近年全国展開しており、ガーナのどこへ行ってもアカン語が通じるほどです。なお、「アカン語」というのは言語学的、公的な名称で、現地の人々は「チュイ」と呼びます。
私が現在取り組んでいるのは、方言間の比較です。これまでアカン語のアサンテ方言という、アシャンティ州の州都クマシを中心に話される方言を調査していましたが、今は、ファンテ方言という、沿岸部で話される方言を調査しています。方言話者間で相互理解はだいたいできますが、両方言には九州弁と東北弁くらいの違いがあります。実際、現地では、ファンテ方言だけが「チュイ」に含まれず、「ファンテ」と呼んで区別されます。たとえば、アサンテ方言の「ディ」、「ティ」は、ファンテ方言では「ズィ」、「ツィ」と発音されます。アサンテ方言で「犬」は「オクラマン」、「卵」は「コスヤ」ですが、ファンテ方言ではそれぞれ「オドンポ」、「ンチレフア」です。「アコダア」はアサンテ方言では「子供」ですが、ファンテ方言では「お年寄り」と、逆の意味になってしまう単語もあります。けれども、一番違いが大きいのは声調です。アカン語は声調が語彙的、文法的な区別をもたらす声調言語ですが、文法的区別の機能が顕著で、たとえば、発音は同じなのに声調の違いだけで動詞の活用形を区別したりします。アサンテ方言とファンテ方言とでは、この声調の現れ方が非常に異なるのです。
自らのことばに高い誇りを持つファンテの人々は、外国人である私に対しても容赦しません。「今のお前の言い方はチュイだ」とか「チュイとファンテがごちゃまぜになっている」などと厳しいチェックが入ります。ファンテの土地に来ているからには、ファンテを話せと。言語を研究する私にはもちろんありがたいのですが、「無アクセント」である熊本方言を母語とする私にとって、方言の区別以前に、正しい声調で発音するだけでも至難の業、(すこしは大目に見てよ…)と思うこともあります。ファンテの人々は、「ファンテは発音が難しいからよそ者は習得できない。チュイなんて誰でもすぐしゃべれるようになる」と胸を張ります。共通語としての「チュイ」に関しては、ある程度そうだと思います。大勢の人に使われることによって、発音的語彙的文法的に簡略化が進む。でも、どのような方言、バリエーションにしろ、土地の人の間で交わされる土着性の濃いことばは、同じように複雑です。たとえば挨拶に対する返事など、相手の属性や、相手と自分との関係によって、地域ごとに異なるやり方で細かに区別します。
最後に、アカン語の基本的な表現例を挙げておきます(ここではアサンテ方言の例)。機会があればぜひ使ってみてください。
マーチ! | 「おはよう」 |
マーハ! | 「こんにちは」 |
マージョ! | 「こんばんは」 |
デイエ! | 「おやすみなさい」 |
ウォホティセン? | 「お元気ですか?」 |
ミホイェ | 「元気です」 |
ミダーシ | 「ありがとう」 |
メンナーシ | 「どういたしまして」 |
ミパーチェウ | 「すいません/お願いします」 |
《古閑恭子:高知大学(2012年掲載)》