地球ことば村
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ルルツ語-
仏領ポリネシア・オーストラル諸島のことば



 ルルツ語は、仏領ポリネシア・オーストラル諸島のルルツ島民の約2400人に話されている言語で、オーストロネシア語族オセアニア諸語東部ポリネシア語派に属します。
 118の島からなる仏領ポリネシア全体の海洋の総面積は、ロシアを除くヨーロッパ大陸の面積に匹敵します。タヒチを行政中心都市とする仏領ポリネシアでは、タヒチ語が、ルルツ島を含むオーストラル諸島をはじめ、マルケサス諸島、ツアモツ諸島、ガンビア諸島、ソシエテ諸島で、リンガフランカとして意思疎通の手段として用いられています(Vérin 1969)。また、仏領ポリネシアでは、タヒチ語とフランス語が公用語と定められています。ルルツ語は、他のオーストラル諸島の言語と同様、近年タヒチの言語・文化による影響を強く受け、早急に記述・分析を要する消滅の危機に瀕した言語の1つです。


ルルツ島について

 ルルツ島はタヒチ島から南東に約472km離れたオーストラル諸島に位置し、面積約32.3km2の島に約2400人(Guillin 2001)の人口を持つ島です。タヒチから週3便の定期便が出ており、飛行機で約2時間半です。トンガと並び、クジラと泳ぐことのできる世界有数の島として知られています。海岸からはクジラが泳ぐ姿を見ることができます。民宿5軒、食料品・日用品を取り扱う個人商店が3軒、レストラン1軒、郵便局、村役場、診療所などの最小限の公共施設がMoera’i(モエラッイ)村に集まり、7月の伝統的イベントHeiva(ヘイヴァ)祭り(写真1)の時以外はいたって静かで平穏な土地です。


写真1 ルルツ島のHeiva祭

 ルルツ島は小さな島ですから島民同士、皆知り合いです。それは、時に良いこと時に悪いこともあります(西本 2012)。島では、車で運転をしていて、徒歩で歩いている人を見つけると、車に乗せてあげるのが当然の慣習であり、特に高齢者が歩いているのを見つけると、乗せて目的地へ連れて行ってあげることがマナーです。また、島で何か起きると、悪い噂も1日で広まります。
 肥沃な土地に恵まれ、パイナップル、バナナ、ココヤシ、タロイモ、パンノキ、マニオク、マンゴー、パパイヤ、グレープフルーツなど、ポリネシアに持ち込まれたおおよそ全ての栽培植物を栽培しています。農作物に恵まれ、人々は道すがら、なっているバナナを1本とって自由に食べます。私が散歩をしていると、道路沿いのスターアップル(写真2)をもぎ取って食べさせてくれました。


写真2 スターアップル


ルルツ島のタロイモ畑

 タロイモはルルツ島民にとって重要な作物で、かつて、タロイモ泥棒は死刑に値する罪と見なされていました。より大きなタロイモが育つことを願って、満月(ルルツ語:turu トゥル)の夜にタロイモを植えるそうです。タロイモにまつわる口頭伝承や民話が豊富にあります。ルルツ島には川がないため、水田式のタロイモ畑は、海から水を引いています。そこには、ウナギ(ルルツ語:tuna トゥナ)が大量に生息していますが、現地の人はウナギを食べません。調査者の私が、日本人はウナギを好んで食べることを伝えたところ、驚いたルルツ島民が、タロイモ畑でウナギを捕まえて、私に、食べ方を教えるよう言われました。そこで、私は生まれて初めて、ウナギをさばきました。ルルツ島の人から聞いたある言い伝えによると、「ウナギに石を投げたり、意地悪をしてはいけない。ウナギがいるおかげで、タロイモ畑は水で潤っている」と親に教えられたそうです。


写真3 ルルツ島のタロイモ畑


ルルツ島の言語-ルルツ語、タヒチ語、フランス語

 フランス語やタヒチ語によるテレビやラジオ放送の影響を受け、最近では、ルルツ島のみならず、多くの小さな島の言語が、タヒチ語の影響を受けています。例えば、ルルツ島でも教会での賛美歌は、タヒチ語で歌っています。ルルツ島の小学校では週に1コマほど、ルルツ語の授業があるのみで、フランス語による教育を行っています。それでも、ルルツ島で生まれ育ったルルツ島民同士の会話はルルツ語で、ルルツ語は生きた言語です。


ルルツ語の特徴-人称代名詞

 ここでは、ルルツ語の特徴的な人称代名詞を取り上げて説明します。ほかのポリネシア諸語と同様、ルルツ語の人称代名詞は複雑な体系をもちます。ルルツ語の人称代名詞は、1人称、2人称、3人称の区別と単数、双数、複数の区別があります。双数とは、常に二人ペアの場合を指します。そしてさらに、1人称の双数と複数には、聞き手を含む包括形と、それを含まない除外形があります(表1参照)。

表1 ルルツ語の人称代名詞
 単数双数複数
1人称vautaua(包括形)tatou(包括形)
maua(除外形)matou(除外形)
2人称oeoruaoutou
3人称ona, oia*1auaratou
*1 oiaとonaは性の区別ではない。どちらも、彼、彼女を表す。

 ルルツ語の双数形は、ルルツ語話者が日常的に話すフランス語にも影響を与えています。話者や話題の対象となる人称が2人の場合は、「私達2人」を表す場合、nous deux(ヌ ドゥ)のように、しばしば、フランス語の数詞で2を表す数詞deux(ドゥ)が、1人称代名詞の後につきます。
 また、名詞においては、手、目、耳など、常に2つ1組で自然界に存在するものに双数を示す冠詞naがつきます。(例:na rima ナ リマ 「手」、na mata ナ マタ 「目」、na metua ナ メトゥア「両親」)


譲渡可能性

 所有人称代名詞には、譲渡可能と譲渡不可能の区別があります(表2、3参照)。これも、ポリネシア諸語全般の特徴の1つです。-aは譲渡可能、-oは譲渡不可能を示します。譲渡可能か譲渡不可能かは、所有者と所有物との関係で決まります。ルルツ語では、「頭」「目」「しっぽ」などの身体部位名詞、思考・感情を表す語、身につける装飾品など、所有者から切り離せないもの、従属関係にあるものは譲渡不可能の所有代名詞がつきます。それ以外の普通名詞は譲渡可能の所有代名詞がつきます。

表2 譲渡可能の所有代名詞
 単数双数複数
1人称ta'uta taua(包括形)ta tatou(包括形)
ta maua(除外形)ta matou(除外形)
2人称ta'oeta oruata outou
3人称ta nata rauata ratou

ta’u fetia (タッウ フェティア)私の星
ta taua momona (タ タウア モモナ) 私達2人の飴

表3 譲渡不可能の所有代名詞
 単数双数複数
1人称to'uto taua(包括形)to tatou(包括形)
to maua(除外形)to matou(除外形)
2人称to'oeto oruato outou
3人称to nato rauato ratou

to’u pao (トッウ パオ)私の頭
to’oe aveporeo (トッオエ アヴェポレオ)あなたの首飾り
to na toto (ト ナ トト) 彼/彼女の血


 最後に、ルルツ語の簡単な挨拶表現を紹介します(表4参照)。ルルツ島民は穏やかで、とても温かく、どこか日本人の心と通じるところがあります。島に飛行機で到着時や、島を去る時に、花輪を首にかけるおもてなしの習慣があります。ルルツ島へ出向く際は、ぜひルルツ語で挨拶してみて下さい。


写真4 タコノキで編んだ帽子と貝や花の首飾り

表4 ルルツ語の挨拶表現
日本語ルルツ語
おはよう、こんにちは、こんばんはia orana (イアオラナ)
ありがとうmaurūru (マウルール)
ありがとうございます、本当にありがとうmaurūru maitai (マウルール マイタイ)
もしくは、
maurūru roa (マウルール ロア)
元気ですか?e'aa te uru? (エッアア テ ウル?)
元気です。maitai roa (マイタイ ロア)
さようならano'o (アノッオ)


引用文献
Guillin, Jean, 2001, L’archipel des Australes, Editions A. Borthélemy & Le Motu.
Vérin, P., 1969, L’ancienne civilisation de Rurutu. Paris: Mémoires ORSTOM (Office de la recherche scientifique et technique outre-mer) 33.
西本希呼, 2012年3月,「辺境の小さな島々を訪ねてー島嶼地域の脆弱性を考える」p.45-51.『多様性、流動性、不確実性』島田周平教授退官記念出版.

《西本希呼:京都大学(2013年掲載)》