地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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世界の文字

ソマリ文字 英 Somali alphabet


北東アフリカで話されるソマリ語は豊かな口承文芸をもつが,長い間,文字表記されることはなかった。アラビア文字,独自の文字,ラテン文字による表記も試みられてきた。実際,植民地時代にはもっぱら宗主国の言語である英語やイタリア語,それにアラビア語が使われたので,書き言葉としてのソマリ語が発展するのは,1972 年に公用語となってからである[1]

各種ソマリ語書記体系

ラテン文字

1960 年,ソマリア共和国が発足し,その後 1972 年,ソマリア政府はローマ字によるソマリ語表記を正式に採用した。そして翌 1973 年にはソマリ語が国語とされた。子音の重複および長母音表記は,たとえば,rr,aa などのように同一文字を繰り返して示される。また,ソマリ語は高低のトーンをもつが,正書法では反映されない[2]

Aadanaha dhammaantiis wuxuu dhashaa isagoo xor ah kana siman xagga sharafta iyo xuquuqada Waxaa Alle (Ilaah) siiyay aqoon iyo wacyi, waana in qof la arkaa qofka kale ula dhaqmaa si walaaltinimo ah.
「世界人権宣言 第 1 条」 Somali

アラビア文字

14 世紀のワダード記法による石碑 [Regio Governo Della Somalia / Public Domain / 出典]
イタリア人やイギリス人の来る前には ソマリ人や宗教家らはアラビア語で記すか、ソマリ語をアラビア文字で音訳していた。後者はワダード記法と呼ばれ、32 文字から成り、10 文字は母音、22 文字は子音を表す。1886 年にイギリスが北部をイギリス領ソマリランドとして領有。このころ、南部はイタリアの保護領であった。多くの文学や行政上の資料がある。多くのソマリ人のスルタンが記録を残すために使用した主要な文字であった[3]

オスマニヤ文字Osmanya script

1920 年から 1922 年にかけて独自の文字が作られた。考案者イスマーン・ユースフ・ケーナディード(ʻIsmân Yûsuf Kênadia)の名を取ってイスマニア文字(Ismania)あるいはオスマニア文字(Osmania)と呼ばれる,1 文字が 1 音を表すアルファベットがそれである。1945 年以降のナショナリズムの勃興に伴い,1948 年には 5 万人が修得したといわれ,また,名前もファル・ソーマーリ(Far Somaali)「ソマリ文字」と呼ばれるようになったが,全国的に広がるまでには至らなかった[4]

Jensen[5]

ソマリ文字対照表[6]

ボラマ文字(ガダブールシ文字)

ボラマ文字は 1933 年頃にガダブールシ族の Abdurahman Sheikh Nuur によって考案された。非常に正確な音声表記法であり,彼と生まれ故郷であるボラマの関係者により使用された[7]

Borama Alphabet Chart [Jugydmort / CC BY-SA 4.0 / 出典]
A qasida in the Borama script [RoboRanks / Public Domain / 出典]

カッダレ文字Kaddare script

カッダレ文字は 1952 年にアブガール族の Hussein Sheikh Ahmed Kaddare によって考案された。音声学的に堅固な表記法であり、評価した専門委員会はソマリ語の筆記のための正確な正書法だと一致した[8]

Kaddare Alphabet Chart [Jugydmort / CC BY-SA 4.0 / 出典]
Cursive writing of Kaddare [Unknown / Public Domain / 出典]

関連リンク・参考文献

[最終更新 2021/03/05]