[コラム]
現役文字
人類の歴史上で誕生した文字体系の種類については,世界文字辞典の項目名には,267 種類の文字名が挙げられている。総数に関して,八杉は「有史以来 300 弱しか知られていない[1]と述べており,コンスタンティノフ [2]は 292 とカウントしている。上記文字辞典の項目を地域毎に集計したものが地域別文字種数の割合である。ただし,約 300 のうちの多くはヒエログリフ,楔形文字,甲骨文なとの歴史的文字であり,現在一般の話者が一貫して使用する現役文字はごく僅かである。
町田による『世界の文字を楽しむ小事典』では,現役文字を対象とし,「世界で使用されている文字の種類は,[消滅の危機に瀕している文字] を除くとせいぜい 50 前後」[3]と見積もり,44 種類を取り上げている。[4]その内過半数は,ブラーフミー文字をルーツとするインド系文字である。
エスノローグ 2022 年 25 版[5]に基づく使用文字別話者数 は,1,000 万人以上の母語話者数を持つ 91 言語を,使用文字に基づいて分類・集計して作成したものである。 91 言語を話す総人口は約 56 億人であり,全世界の人口約 79.5 億人の約 7 割を占め,そこで使用される文字は僅か 21 種に過ぎない[6]。
ラテン文字,アラビア文字,デーヴァナーガリー文字などは,特定の言語にのみ結びつかず,国境や民族の垣根を超えて,多種多様な言語の表記手段として使用されている。多くの少数民族言語・文字は,それらの優勢な勢力に取り込まれたり,言語の担い手の減少により,消滅の危機にさらされている。
政治的要因も指摘される。インドの中央政府は 1966 年に,ドラヴィダ諸語を含むインドの主要言語すべてをデーヴァナーガリー文字で表記することを目的とした「拡張デーヴァナーガリー文字表」を発表したが,結局は定着しなかった[7]。一方,中国では標準中国語の普及強化策[8]により,少数民族言語・文字文化の衰退が懸念される状況にある。
注
- ^ 八杉佳穂 (2014)「文字の出現とその展開」国立民族学博物館 編『世界民族百科事典』丸善出版, 2014, p. 170.
- ^ ヴィタリ・コンスタンティノフ 文・絵 青柳正規 監修 若松宣子 訳 (2023)『世界文字の大図鑑 : 謎と秘密』西村書店. p. 71.
- ^ 町田和彦 編 (2011)『世界の文字を楽しむ小事典』大修館書店. p. 10. 折込「世界の文字 分布図」.
- ^ 事項索引において文字名の右肩に*印を添えた。
- ^ List of languages by num-ber of native speakers. Ethnologue 2019, 22nd ed. 2022/01/26 閲覧
- ^ 漢字文化圏に属する 8 位の日本語は,「漢字」に算入した。日本語の表記には異なる 4 種類の文字体系:漢字 (表音文字),カタカナ/ひらがな ([純粋な]音節文字),ローマ字 (アルファベット) を同一文章内で使用したり,縦書きと横書きの両方が併用可能であったりと世界でも稀有な事例である。
- ^ 高島淳, 町田和彦 (2005)「デーヴァナーガリー文字の過去・現在・未来」『月刊言語』 2005 年 10 月. p. 40.
- ^ 少数民族に対する強要政策 (2024/03/07 閲覧)
稲垣徹
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