ヴァイ文字 英 Vai script
西アフリカのリベリア共和国で使われる言語の種類は 31 といわれる。[1] その一つ,上ギニアの沿岸地域に住むヴァイ族が用いるヴァイ語を表記するために,モモル・ドゥワル・ブケレ(Mɔmɔlu Duwalu Bukɛlɛ: ~1850)という人が夢の中で暗示を得て 1833 年に作ったといわれ,かつ,現存する音節文字がヴァイ文字である。1830 年代,アメリカの宣教師は,チェロキー文字をモデルにリベリアの言葉を表記することを試みていたため,チェロキー文字がヴァイ文字の成立に関与した可能性があるが,音節文字という仕組み以上の影響はなかったといえる。ヴァイ文字の字形は,ほとんど既存のいかなる文字にも似ている点がなく,西アフリカで広く使用されていた古代絵文字に起源を持つといわれる。[2] 本来,象形表意字形であった文字が,のちに整理され,表音節文字として運用されている点で,このヴァイ文字は文字発展史研究の上で重視されている。[3]
英語とアラビア語という,政治的,経済的,宗教的な権力に後ろ盾された文字を持ついくつかの民族との接触というヴァイ文字が生み出された当時の社会的な状況のもと,ヴァイ族は,外来の文字を受け入れる,あるいは文字という技術とは無関係なまま生き続けるかわりに,土着の絵文字をもとに,ヴァイ文字という固有文字を創出した。そして,ヴァイ文字の重要性は,ヴァイ語が政治的,宗教的後ろ盾もなく,ヴァイ社会においてのみ用いられる少数言語で,使用領域も限られているにも拘わらず,日常生活においてさまざまな有益な領域―メモ,日記,伝統的に重要な用途として個人的な手紙のやり取りなど―を見出してきた,というところに収斂される。[4]
文字組織
文字が「発明」されて以来,いく度かの改定を経て,現在の「標準ヴァイ文字」となる。それは補助記号(diacritics)をつけない基礎文字(e.g. /pe/, /kpa/, /ji/),および,補助記号をつけた派生文字(e.g. /bhe/, /mba/, /nji/)の計 212 文字からなる。ただ,ヴァイ語にとって決定的要素である声調が考慮に入れられていないのが,欠点となっている。文字を書く方向は左から右であるが,元々右から左へ,上から下にも書かれていたと報告されている。
ヴァイ音節文字[5]
表意文字
数字
ヴァイ文字テキスト
ꕉꕜꕮ ꔔꘋ ꖸ ꔰ ꗋꘋ ꕮꕨ ꔔꘋ ꖸ ꕎ ꕉꖸꕊ ꕴꖃ ꕃꔤꘂ ꗱ, ꕉꖷ ꗪꗡ ꔻꔤ ꗏꗒꗡ ꕎ ꗪ ꕉꖸꕊ ꖏꕎ. ꕉꕡ ꖏ ꗳꕮꕊ ꗏ ꕪ ꗓ ꕉꖷ ꕉꖸ ꕘꕞ ꗪ. ꖏꖷ ꕉꖸꔧ ꖏ ꖸ ꕚꕌꘂ ꗷꔤ ꕞ ꘃꖷ ꘉꔧ ꗠꖻ ꕞ ꖴꘋ ꔳꕩ ꕉꖸ ꗳ. > |
世界人権宣言第一条 [Universal Declaration of Human Rights-Vai ] |
主の祈り [Convent of Pater Noster / Vai] |
ユニコード
ヴァイ文字のユニコードでの収録位置は U+A500..U+A62Fである。
注
- ^ Wikipedia: Liberia
- ^ 西アフリカにおいて19~20世紀にかけて,つぎの 10 種の文字体系が考案された。ヴァイ文字 (Vai syllabary ca. 1833),メンデ文字 (Mende syllabary 1921),ロマ文字 (Loma syllabary 1930's),クペレ文字 (Kpelle syllabary 1930's),バサ文字 (Bassa alphabet 1920's), バムン文字 (Bamum scripts from ca 1903),オベリア文字 (Oberi Okaime alphabet ca 1930),ベテ文字 (Bete syllabary 1956)
Dalby, David (1967) A survey of the indigenous scripts of liberia and Sierra Leone: Vai, Mende, Loma, Kpelle and Bassa. (African language studies, VIII) - ^ 西田龍雄 (2001)「ヴァイ文字」河野六郎, 千野栄一, 西田龍雄 編著『言語学大辞典 別巻 (世界文字辞典)』三省堂, p. 116.
- ^ 古閑恭子 (2002)「ヴァイ文字再考―サブサハラ・アフリカの社会状況との関連において―」『アジア・アフリカ文法研究』(31) p. 149.
- ^ SIL Encodeing the Vai Syllabary in Unicode
関連リンク・参考文献
- Vai language | Vai syllabary
- Omniglot: Vai
- 古閑恭子 (2011)「無文字社会で生まれたリベリアのヴァイ文字」町田和彦編『世界の文字を楽しむ小事典』大修館書店, pp. 28-31.