ドイツ文字 独 Deutsche Schrift,英 German type;German script

英語では「ドイツ文字」,とくに Fraktur を Gothic type,(German)black letter などと呼ぶことが多い。また,わが国では「ドイツ文字」を俗に「亀の甲(子)文字」とか「ひげ文字」と呼んでいる。「ドイツ」文字といっても,字体に民族的特性があるわけではない。「ドイツ文字」はドイツに淵源するものではなく,中世後期には,西ヨーロッパ全体が一様にゴシック体のいわゆるドイツ文字を使用していた。ルネサンスの影響で,ロマン系民族は印刷術の導入とほぼ時を同じくして,いわゆるローマン体,すなわちラテン文字を採用したのに対し,ドイツではすでに印刷術が深く根を下ろしていたので,ドイツ文字を捨てることはなかった。 [1]
「ドイツ文字」の内容は必ずしも統一されているわけではなく,広く屈折(Fraktur)体と,同義に解することもある。ここでは,ドイツ文字を広義に解し,テクストゥーラ体(Textura),シュヴァーバッハ体(Schwabacher),フラクトゥーア体(Fraktur)および,ドイツ筆記体(deutsche Kurrent, deutsche Schreibschrift)の 4 書体を総称して「ドイツ文字」と呼ぶ。
「テクストゥーラ」は文字幅が圧縮された角張った文字形象で,小文字のストロークはほとんど折れ,ベースライン・セリフはカギ型で,アセンダー(小文字の x の高さより上に突き出した部分)の先端はカギ針型をしている。テクストゥーラには,ドイツ型,フランス型,オランダ型の 3 種類があり,いずれも垂直で,文字幅が狭く,角張った力強さをもつ。そしてはじめて印刷用金属活字となったのがドイツ型のテクストゥーラである。
このテクストゥーラから,「フラクトゥーア」と,「シュヴァーバッハ」が派生した。ドイツのルネサンス書体であるフラクトゥーアは,「a, d, o, s, v」の片側半分が丸くて,別の片側が垂直で折れた形状をしている。また,小文字のアセンダーはフォークの先のように割れた形が特徴である。シュヴァーバッハは宗教色を脱した人気のある書体で,アセンダーが先細りしており,「a, d, o, s, v」の両側が丸くて,天地が尖っているのが特徴である。 [2] (Rundgotischは後述)

これら「ドイツ文字」は,1941 年 1 月 3 日,ヒトラーの命令により使用が禁止された。いわゆる「ドイツ文字」はシュヴァーバッハのユダヤ文字(Schwabacher Judenletter)ゆえ,その使用を禁ずる,というのであった。
ドイツ文字各種書体
つぎに,上述の各種ドイツ文字の書体を,主にフリーフォントを用いて例示する。
テクストゥーラ体
テクストゥーラ体は,ラテン語で「織物」を意味する,ぎっしり詰まった文字面が織布を想わせるところから命名されたた,ドイツ語では,「格子(Gitter)」にたとえて Gittergotisch(ギッター・ゴーティシュ),略して Gotisch ともいう。テクストゥーラ体は荘重な印象を与えるので,好んで教会の典礼書などに用いられた。グーテンベルグ聖書拡大 → Wikipedia → Textur | Goldene Bulle 下図は,『グーテンベルクの 42 行聖書』の一葉,大英博物館所蔵 →「世界を変えた100の本の歴史図鑑」(原書房 2015)

1456 Gutenberg
テクストゥーラ体の最も有名で重要な例は,写本と見紛うような活字面のフォントである。Free Font

Fraktur Gutenberg B42
ドイツの Hans J. Zinken によって「42 行聖書」のデジタル化を目的として作られたフォント。行末を揃えるために用いられている,多数の合字・省略記号・異体字を含む。Free Font

上記の『マタイによる福音書』第6章のラテン語版(Evangelium Secundum Matthaeum)に,青字で合字を,赤字で省略記号を用いた箇所を示す。
Caslon Gotisch Free Font

Manuskript Gotisch Free Font

Wilhelm Klingspor Gotisch
主に 14 世紀のゴシック形式をベースとして,ドイツ,オッヘンバッバのクリングシュポール活字鋳造所に勤めたタイプ・デザイナー,ルドルフ・コッホ(Rudolf Koch, 1876~1934)による,簡潔で洗練された字体。なお,いわゆる「長い s」や ch, ck などの合字を利用するには,Adobe の商用フォントWilhellm Klingspor Gotisch Std Roman™ が必要。Free Font

ルントゴーティシュ体
テクストゥーラ体がイタリアへわたり,14 世紀,丸みを帯びた Rotunda(ロトゥンダ体,ドイツ語: Rundgotisch)に姿を変えた。ロトゥンダ体は,イタリア・ルネサンスを賞賛したドイツへ,印刷人エーアハルト・ラートドルト(Erhard Ratdolt)によって 1486 年にドイツへと逆輸入されたが,根付くことなく 16 世紀には消滅した。
Wallau Rundgotisch Free Font

Weiß-Rundgotisch Free Font

バスタルダ体
中世ラテン語で「混成」を意味する Bastarda は,書物体と筆記体の中間に位置する折衷型で,15 世紀末には,異種の書体が混じり合い影響しあってできたゴシック斜字体が多種行われていた。この書体は,飾りのついたアセンダーをもつ「d」,開いたディセンダー(ベースラインより下に突き出した部分)をもつ「g」が特徴である。
Bastarda Free Font

シュヴァーバッハ体
シュヴァーバッハ体は,1480 年頃から 16 世紀半ばまで,ドイツの印刷界で重要な役割を果たした。このフォントは,フランケン地方のバスタルダ体の影響を強く受けて成立した字体で,テクストゥーラ体に比べると角ばったところが少なく,字間にゆとりがあって読みやすいので,広く歓迎された。ニュルンベルクの印刷者アントン・コーベルガー(1440~1513)は,聖書や『ニュルンベルク年代記』(デジタル版 バイエルン州立図書館)をシュヴァーバッハ活字で組んでいる。ただ,欠点とされるのは,大文字の K と R が酷似していて紛らわしいことといわれる。
16 世紀前半になると,シュヴァーバッハ体から派生した「フラクトゥーア体」が完成され,それによってシュヴァーバッハ体は,補助的な扱いを受けるようになった。「19 世紀から 20 世紀初めにかけて, Neue Schwabacher Schrift (新シュヴァーバッハ体)と称する字体が現れたので,本来の Schwabacher (Schrift)を Alte Schwabacher と呼ぶことがある。
Alte Schwabacher Free Font

Neue Schwabacher Free Font

フラクトゥーア体
フラクトゥーア体は,ラテン語 frāctūra (=独 Bruch 「折れること」)に由来し,医師用語として「骨折」を意味したが,16 世紀に字体名に転用された。字体名としての Fraktur は広狭両用に用いられ,広義には Textura,Schwabacher を含む総称として用いるが,狭義には,1530 年から 1941 年にヒトラーによってその使用を禁止されるまでの 4 世紀余にわたってドイツ語圏で愛用された字体をいう。以下では,もっぱら狭義の Fraktur の代表的な例を示す。→ フラクトゥール | An das deutsche Volk! | Der vergeßliche Stadtschreiber, von Wilhelm Busch 次図は,ルター聖書 1534。タイトルページの記述「Biblia/ das iſt/ die gantze Heilige Schrifft Deudſch. Mart. Luth. Wittemberg. Begnadet mit Kurfürſtlicher zu Sachſen freiheit. Gedruckt durch Hans Lufft. M. D. XXXIIII.」 Wikipedia Lutherbibel

Albrecht Dürer Fraktur
1525年,アルブレヒト・デューラー(Albrecht Dürer, 1471~1528)の「測定法教則」(Unterweysung der Messung mit dem Yirkel und Richtscheyt) [3] が完成した,フラクトゥーア体による最も初期の木版印刷本である。Free Font

Breitkopf Fraktur
音楽出版者J・ブライトコプフ(Johann Gottlob Immanuel Breitkopf, 1719~1794)によって設計された字体。バロック時代の他の字体に比べ,装飾性がより少なく,最も美しい字体といわれる。Free Font

Luthersche Fraktur
Johann Erasmus Luther((1642~83)による,17 世紀の代表的な字体。Free Font

Theuerdank Fraktur
皇帝マクシミリアン 1 世は,ラテン語による自家用の豪華本「祈禱書」(Das Gebetbuch, 1513)と,ドイツ中世騎士叙事詩の主人公に自らを準えてブルクントの王女マリーアへの求婚のための冒険旅行を描いた韻文の「騎士トイアーダンク」(Theuerdank [Tewrdannck], 1517)をデューラーの周縁素描をそえて出版した。それらに使用された字体の考案者は皇帝秘書官のヴィンツェンツ・ロックナー(Vincent Rockner)といわれる。
Das Gebetbuch | Theuerdank |
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Therdank Fraktur Font Free Font

Unger Fraktur
Johann Friedrich Unger(1750~1804)による 18 世紀の代表的な字体。Free Font

Walbaum Fraktur
Justus Erich Walbaum (1768~1837)によるフラクトゥーア体。イタリアのボドニ(Giambattista Bodoni, 1740~1813)やフランスのフェルミン・ディド(Firmin Didot, 1764~1836)と並んで,古典主義時代の最も有名な字体。Free Font

Weiss-Fraktur Free Font

Zentenar Fraktur
Friedrich Hermann Ernst Schneider (1882~1956) による 19 世紀の代表的な字体。Free Font

ドイツ筆記体
印刷術の発明により西ヨーロッパは写本文化から活字文化へ大転換を遂げるが,筆記体は官庁文書体(Kanzleischrift)として生き続け,書家を職とする者も少なくなかった。→ Kurrent 下図は,シラーの書簡の一部。(1782) Brief Schiller Schwan 8 Dez 1782

Fraemische Kanzleischrift Free Font

筆記体は 16 世紀に最高潮に達し,筆記具の進歩に伴い,新しい書体が次々に考案された。時には,ややもすると,装飾本位に走る傾向も生じた。しかし,19 世紀末になると,学校教育の立場から書きやすく読みやすい標準的な書体が求められるようになった。標準的な書体の一つが,オッフェンバッハ美術工芸学校教授のルードルフ・コッホ(Rudolf Koch, 1876~1934)が創案したルードルフ・コッホ(オッフェンバッハともいわれる)書体である。
Koch-Kurrentschrift (Offenbacher) Free Font

一方,ベルリンでは,ルートヴィヒ・ジュッターリーン(Ludwig Sütterlin, 1865~1917)が,1911 年に,プロイセン文化省の求めにより,官庁での使用と学校教育のためにジュッターリーン体(Sütterlinschriften / Sütterlin)を考案した。Free Font → ジュッターリーン体
Sütterlin Free Font

ウムラウトとエスツェット
ウムラウト
変化した母音を示すダイアクリティカルマークの一種であるウムラウトは,一般には母音字の上部に付される横並びの 2 点「¨」を用いるが,初期新高ドイツ語テクストでは「¨」の代わりに小添字 「e」 を用いた。右図,デジタル版 『ツェドラー百科事典』 [4] 。タイトルページ 「e」を使用する Windows 用フォントは見当たらないが,組版ソフトTeXをお使いの方は 「ラテン活字体用小添字 e 式ウムラウト」マクロの使用例 を参照されたい。出力例を示す。 | ![]() |
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エスツェット
ß は 14 世紀末,フラクトゥーア体の f と z の合字として成立した。ところで,グリム兄弟の兄ヤーコブ・グリムは 「ドイツ語辞典」 の中で [es-tsɛ́t] という呼称通り,ß を sz と綴っている。ヤーコブは,Fraktur は「品のない醜い文字」で,これを「ドイツ文字」と呼んでいるのは慨嘆にたえない,本源的な字体は Fraktur ではない,Antiqua (ローマン体)だと強調している。「ドイツ語辞典」の出版者ヒルツェル(S. Hirzel)ははじめ Fraktur による印刷を望んだが,ヤーコブはあくまでも Antiqua を用いること主張した。また,固有名詞とパラグラフの文頭以外には大文字を使用せず,古来の綴り方の復活を試みている。
テキスト入力
テキストはキーボードをドイツ語に設定して入力する。タスクバーにはISO 639-1の言語コードでドイツ語を表す「DE」が表示される。Ä ä Ö ö Ü ü ß の入力方法は上記のすべてのフォントで共通であるが,いわゆる「長い s 」と「短い s 」のキー配列がフォントにより若干異なっているので,配列を確認する必要がある。【参考】 多言語環境の設定


関連リンク
- 中西コレクション (国立民族学博物館)ドイツ文字
- 『グーテンベルク聖書』オンライン・ファクシミリ版: 慶應本グーテンベルク聖書
- 国立国会図書館 インキュナブラ―西洋印刷術の黎明
- YouTube: Fraktur
- Tschichold, Jan. (1952) Meisterbuch der Schrift. (Ravensburg: O. Maier)
注
- ^ 橋本郁雄(2001)「ドイツ文字」『世界文字辞典』(言語学大辞典,別巻,三省堂)
- ^ 河野三男(2003)「ブラック・レター体,ことばの林,文字の森―はじめての活字書体」組版工学研究会 編. 『欧文書体百花事典』(朗文堂)
- ^ Dürer, Albrecht (1538)Underweysung der Messung, mit dem Zirckel und Richtscheyt : in Linien Ebnen vo gantzen Corporen 邦訳,注解: アルブレヒト・デューラー [著] ; 下村耕史 訳編. (2008)『「測定法教則」注解』(中央公論美術出版) デューラーは『測定法教則』で文字を扱うのは,建築家や画家が壁に碑文を掲げ,文字を正しく構成する必要があるから,と述べる。最初に,下からみた場合の,塔の高さによる文字の大きさの見え方の相違を解消する課題について述べる。次にラテン文字とテクストゥーラを取り上げる。ラテン文字大文字は各文字が正方形に内接され,構成が円弧と直線で細部まで示されるのに対して,テクストゥーラ小文字では各文字が一連の小さな正方形から構成される,と説く。
- ^ 『ツェードラー学術・芸術世界大百科事典』Grosses vollständiges Universallexikon aller Wissenschaften und Künste. (1732~1754)ドイツの書籍商ツェードラーの名を不朽のものとした、全 68 巻 68,000 ページにわたって 75 万項目を誇る 18 世紀最大の百科事典。バイエルン州立図書館がドイツ学術振興会(Deutsche Forschungsgemeinschaft) の資金で 1999~2000 年にデジタル化し、2004 年から同館とヴォルフェンビュッテル・アウグスト公図書館の共同で索引化まで行われ、ウェブで公開されている。『ツェドラー百科事典』


