マカッサル文字 英 Makassarese script
マカッサル語 (basa Mangkasaraq) を表記するインド系音節文字。マカッサル語で “ukiriqlontaraq”,すなわち「貝葉 (lontaraq) 文字 (ukiriq)」(ロンタラ文字)と呼ばれる。ブギス語を表記するブギス文字と本質的に同じ文字である。セレベス島の南半島,インドネシア共和国の南スラウェシ州で用いられる。
マカッサル文字は,字母と符号からなる。字母は /a/ を含んだ音節を表記する。字母 〈a〉は音節 /qa/ を表記する。符号は,字母の上・下・左・右に添えて,/a/ 以外の母音を表記する。マカッサル語では,字母を「貝葉の母 (anrong lontaraq)」,符号を「貝葉の子 (anaq lontaraq)」あるいは「貝葉の点 (tittiq lontaraq)」と呼ぶ。 [1]
マカッサル文字 [中西印刷 / CC BY-SA 3.0 DEED/ 出典] |
文字構成
マカッサル字母
/ng/ /c/ /j/ /ny/ の音価は,それぞれ,[ŋ] [tʃ] [dʒ] [ɲ] である。書体の印象は,使用する筆記用具によって,少なからず異なる。上掲のフォントは,ロトリングと墨汁で滑らかな紙に書いた書体を模した書体である。伝統的筆記用具は,椰子の葉脈と煤墨である。
文字符号
句点 /#/ 以外は,字母 /ka/ に添加して示した。/-N/ は音節末鼻音で,マカッサル文字ではきわめて稀に表記される。
単語表記例
以下,マカッサル文字による単語の表記例と,その右に,ローマ字綴字,音韻表記と語釈を示す。同音の音節を重ねた語形では例外的な書記法も使われる。
同綴異語
マカッサル文字は次のような特徴を持つ。前述したように音節末鼻音 /-N/ を(通常)表記しない。声門閉鎖音 /-q/ を表記しない。重子音 /C1C1/ を単子音 /C1/ として表記する。そのために,KA の文字は,kang, kaʔ, ka と読まれる可能性がある。 [2] これらの特徴は,マカッサル文字に速記文字的な簡便さを与えている。しかし,逆に,マカッサル語は語末子音として /-N/ と /-q/ しか許容しないから,いきおい,多くの同綴異語(homograph)を生じる。これは,この文字の欠点である。
次に,マカッサル文字表記,ローマ字翻字,その綴字で表記される同綴異語の音韻表記と語釈を示す。
テキスト
マカッサル文字文例
テキストは,マッテスの『マカッサル選文集』に収められている『ジャヤランカラ伝』の冒頭部を,マカッサル文字表記,ローマ字翻字,音韻表記,語訳を示し,最後に日本語訳を記した。この種のテキストは「物語」(pau-pauang「語られたこと」)と呼ばれる,ムラユ語(マレー語)の『ジャヤランカラ伝』を翻訳したものである。ムラユ語の「伝記 (hikayat)」の形式を踏襲し,物語はアラビア文字で書かれたアラビア語の祈禱文で始まる。 [3]
《訳》慈悲深く慈愛あまねきアッラーの御名にかけて,そして我らはアッラーに頼みたてまつる。これは,ジャヤランカラの物語についての話だ。いったい,どれだけの王冠を戴く偉い王たちが,ジャヤランカラの支配の下に従っていたことだろうか。そして,そのジャヤランカラは,正しく良い人だった。そして,彼の言葉は,すべての彼の国の彼の住民に対して公平だった。彼の侍女に対して,彼の乳母に対して,彼の兄弟姉妹に対して,[彼は]親切だった。[柴田紀男(2001)p. 924. 例文の作成には,フリーフォント FreeSerif を使用。] |
ユニコード
マカッサル文字のユニコードでの収録位置は U+1A00..U+1A1F である。
注
- ^ 柴田紀男 (2001)「マカッサル文字」河野六郎, 千野栄一, 西田龍雄 編著『言語学大辞典 別巻 (世界文字辞典)』三省堂. pp. 922-925.
- ^ のような文字連続は BA LA DA TO KA と音写可能であるが,解釈としては,ballaʔ datoka 「中国寺院」もしくは balanda tokkaʔ 「ハゲのオランダ人男性」がありうる。これら以外に,意味はなさないものの音韻的に可能な読みとしては,35 からこの 2 例を引いた 241 通りもあるのである。
ロンタラ写本で読みが正確に保持された重要な要因は,世代間で読み継がれてきた伝承である。2つ以上の読みがある語については,この口承伝承によって記憶された発音が表記を補った。記憶と文書の読み取りの両方によって,正確な読みが可能になった。《ニコラス・エヴァンズ 著 ; 大西正幸, 長田俊樹, 森若葉 訳 (2013) 『危機言語 言語の消滅でわれわれは何を失うのか』 京都大学学術出版会, p. 231.》 - ^ マカッサル人もブギス人も,17世紀初頭にイスラム教に改宗した。しかし,マカッサル語やブギス語がアラビア文字で書かれることはなかった。わずかに,マカッサル文字やブギス文字に混ぜて,アラビア語の語句やアラビア風人名がアラビア文字で書かれただけであった。柴田紀男(2001)p. 924.
関連リンク・参考文献
- 柴田紀男 (2001)「セレベス文字」河野六郎, 千野栄一, 西田龍雄 編著『言語学大辞典 別巻 (世界文字辞典)』三省堂, p. 548.
- マカッサル語 | Lontara script
- 中西コレクション(国立民族学博物館)ブギス・マカッサル文字
- Omniglot: Lontara