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【地球ことば村・世界言語博物館】

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世界の文字

彝文字 英 Yi scripts


彝文字(ロロ文字とも)は,族が作り出し伝承する固有の文字を指す。中国の四川,貴州,雲南の 3 省で使われ,一般に中国では,伝統彝文または老彝文と呼ばれ,それぞれ特徴のある字形と書き順を伝承している。漢文史誌ではサン文,書,儸儸ロロ夷文などと書かれる。また,彝文はピモ(畢摩,巫師)が掌握してきた文字であるため,畢摩文とも呼ばれてきたが,いまは,彝文に統一されている。

ロロ文字が長い歴史を持つことは確かであるが,その起源に関しては,定説がない。次にいくつかの伝承をあげる。『清一統志』巻 484 では次のように書かれている。[西田 2002: p. 68]

「唐ノ阿畸アキ納后ナコウ夷ノ(ラフ族?)后[裔]ナリ,岩谷ニ隠レ爨字ヲ撰ス,蚯蚓ミミズノ如シ,三年ニシテ始テ成ル,字母一千八百四十,書ト号ス,ロロ人今ニ至ルモ之ヲ習ヒ,以テ書法ト為ス」

四川大涼山一帯に広く流布する伝説によると,ロロ文字はアシラジ(阿詩拉吉とかアシラツ阿汁拉組と書かれる)が創作したことになっている。[西田 2002: p. 68]

「昔,大涼山にアシラツという名の彝人がいた。少年の頃,深山に遊びに行くのが好きで,朝早く家を出ては,晩遅く帰ってきた。毎日出かけるのを不審に思った母親がラツのあとを追いかけていくと,ラツが大きな樹の下にうずくまって,文字を作っていた。樹の上には,鴉とも猫ともつかない怪物がいて,口から黒い血を吐いて地上にたらしていた。ラツはその血を祈禱しながら字を書いていた。彝族の文字は,それからはじまるのである。」

巫師の中には,ロロ文字の起源を孔子に結び付けようとするものがある。

「孔子様は,両手どちらでも文字を作ることができなさった。右手で漢字を造りなさったので漢字は右から左へ書き,左手でロロ文字をお作りになったから,ロロ文字は左から右へ書いて行きますのじゃ」

創作年代については,唐代,漢代,さらに遡って先秦時代やさらに進んで紀元前 4 千年の仰韶文化と同期とする意見も出されているが,多くの学者は唐代に始まり,元末明初に集大成されたものと見ている。[西田 2001: p. 82]

[字形の分類]

彝文字の字形は 1 つの文字体系として十分整理されておらず,漢字のように偏,旁,冠などに分析して特定の部首に納めにくいために,(1) 字形の特徴から分類する方法と,(2) 表現する意味との関連から見た造字法による分類が行われている。彝文字の最も単純な平面分析に,次のような方法がある。[果吉]

上下結合上中下結合
左右結合左中右結合
包囲結合

表現する意味・音形と関連して造字法を考察する場合,漢字の六書を基準にすると便利である。彝文字の造字の基本は象形である。次に丁椿寿が例示する象形文字をあげる。 [丁]

彝文字の記録

ヨーロッパでロロ文字が知られるようになったのは,雲南省,四川省などに入った調査探検隊の報告書や,宣教師の記録によってであった。

ヴィアール

ロロ文字の表意文字起源説は,永く雲南の路南県で,ニー・ロロ(散尼)族と共に生活し,伝道に努めながら,ロロ族を研究したフランス人のヴィアール神父(Paul Vial)によって,早くから提唱されていた。ヴィアールは 1898 年の著書の文字の章(9 章)で,ニー・ロロ文字の中に,いまなお表意的な(象形的な)風格を保持する 44 種類の字形をあげて,その表意文字説の証明とした。[Vial, p.41]

表意的な撒尼彝文字 [Vial p. 41]

ドローヌ

フランス人ドローヌ(d'Ollone)を隊長とする調査隊は,1906 年 12 月から 2 年間,雲南省の東部と四川省,そしてチベットと青海・甘粛を調査探検した。帰国後,調査隊が持ち帰った資料として,『中国における非漢民族の文字』において,3 種のロロ文字と 1 つの苗文字字典(実際は漢字)について言及している。(1) 甘相営(今の喜徳)の近くの独立地区で使われるロロ文字字典(1,030 字,(2) 昭覚の独立地域で使われるロロ文字字典(480 字,(3) 威寧州の近くで使われるロロ文字字典(貴州と雲南(250 字,(4) 永寧県の近くで使われる苗文字字典(四川南部。それぞれの地点には一見すると独特のものと思える字形と文字の配列順序がある。四川の甘相営と昭覚では右から左への横書き,行は上から下へ,貴州の威寧では縦書きで,行は左から右へ移る。[西田 2002: p. 55]

ドローヌは,ロロ文字を集めて簡単な字集を作ったが,文字の分類もやっている。甘相営の文字を用いて,基本的な字形(これを Clefs 鍵と呼ぶ)を設けて,各文字をその字形に応じて 10 種の系列に配分した。次は,漢字の六書でいう象形字を数多く含む I の鍵の文字の例である。ロロ文字はもともと象形の表意字形をもっていて,一方で,そのもとの形を保存しているものもあるけれども,他方で特定の字形が次第に変化し,かなりの範囲で表音的に使われていったと考えられる。

[d'Lonne: p. 142]

[d'Lonne: p. 150]

[d'Lonne: p. 156]

彝文字の機能変遷

彝文字が表音節文字として使われ始めてから,かなりの年代を経ていることは,地域によって多くの異体字が現われていることから理解できる。しかし,それらの字形はもともとは表意文字として機能していたものである。彝文字の機能の変遷には,次の 3 段階が考えられる。1)表意文字の段階:おおくの表意文字が使われ,それが表意文字体系の中心をなしていた段階。2)表音節文字の段階 1:象形文字を変形しながら伝承し,1 つの音節の表記に数個の字形が,前段階の区別を反映して使われた段階。3)表音節文字の段階 2:第 2 段階の表音節字形が,1 つの音節にただ 1 字をあてる原則によって統一整理された段階。最終的には,四川涼山地区で使われる「規範彝文」が代表する。[西田 2001: pp. 88-89] 別掲 規範彝文 参照。 

彝語文献

彝文資料の大多数は上から下への縦書きで,左から右へ行を移す左縦書型であるが,中には右から左への右書型もある。横書きにも左から右への左書型と右から左への右横書型が存在する。

下記の例は,左縦書型(1)を右に 90 度傾けた右横書型(2)にした形である。書き順を縦書きから右に回して横書きにすると,各々の文字の字形そのものも横向きに回転して用いる例もある。

彝語文献 左縦書型 [Daderot / Public Domain / 出典]
彝語文献 左横書型[d'Ollone]

宗教書 [Daderot / Public Domain / 出典]

関連リンク・参考文献

[最終更新 2022/06/17]