クメール文字 英 Khmer script
カンボジアの公用語であるクメール語(話者数約 1400 万人,オーストロアジア語族モン=クメール語派)を表記する文字。カンボジア文字とも。起源はインドのパッラヴァ・グランタ文字に遡る。インドから渡来したバラモンと半人半蛇神の王女との結婚という,古代クメール王国建国にまつわる伝説がある。古クメール文字でサンスクリット語を表記した碑文は 5 世紀,古クメール語を表記した碑文は 7 世紀に遡ると推定されている。古代よりわずかな字体の変遷はあったが,表記法の基本的性格は変えられることなく,現代も用いられている。町田(2011) [1]
古クメール文字碑文 [Dara / Public Domain / 出典] |
文字構成
クメール文字は,子音字とその脚,母音記号,その他の記号からなる一種の音節文字である。語は分かち書きされない。以下,峰岸(2001) [2] による。
PhnomPenh (プノンペン) の構成要素 | |||||||
ភ | ន | ព | ញ | ||||
U+1797 | U+17D2 | U+1793 | U+17C6 | U+1796 | U+17C1 | U+1789 | |
PHO | COENG | NO | anuswara | PO | E | NYO |
kɔntrai (はさみ) の構成 | |||||||
ក | ន | ត | រ | ||||
U+1780 | U+1793 | U+17D2 | U+178F | U+17D2 | U+179A | U+17C2 | |
KO | NO | COENG | TA | COENG | RO | A! |
子音字
子音を表す文字は 2 系統あり, 33 の子音字とそれに対応する「脚」文字がある。子音字母は,それ 1 文字を他の文字とは独立に書くことも,読むこともできるが,「脚」は常に子音字母の下部に書かれ,単独でもちいることはできない。
子音字母
子音字母の配列順はインドの音分類の概念に従っている。ところが,現在のカンボジア語では,かつて「有声音」と呼ばれる音が実際には無声音として発音されるようになり,伝統的術語と発音が一致しないことになった。そこで,混乱を避けるため,かつての無声音の系列に属する文字を「A 子音字」,かつての有声音の系列に属する文字を「O 子音字」(下表で網をかけた部分)と呼ぶことになった。罫線で囲んだ範囲の文字は補足文字と呼ばれる。
子音字母の音価は,音節末とそれ以外の位置とで異なることがある。表の第一行の k 行を例にとると,()内の転写で,k, kh, g, gh, n の 5 つの字母は,音節末以外の位置では,それぞれ /k/ /kh/ /k/ /kh/ /ŋ/ を表すが,音節末ではそれぞれ /k/ /k/ /k/ /k/(以上は内破音), /ŋ/ を表す。また,例外として,r は音節末以外の位置では /r/ を表すが,音節末では発音されず, s は音節末以外の位置では /s/ を,音節末では /h/ を表す。なお,子音字母が母音記号を伴わず,単独で書かれた場合,母音記号 Ø (ゼロ)が付加されたと見なし,A 子音字であれば /ɔo/ を,O 子音字であれば /ɔ̀o/ を伴って読まれる。
脚
子音字母は音節初頭子音または音節末子音を表す場合があるので,脚の上の子音字母が音節初頭子音であれば,脚は子音連続の 2 番目の子音を表すのに用いられる。また,脚の上の子音字母が先の音節の末子音音であれば,脚は次の音節の音節初頭子音を表す。
脚の使用例
下記の 2 例目では,脚が音節にかかわりなく,1 つの単語の中で子音が連続( -ntr-)していれば使用される例を示す。なお,赤字で示した箇所は KHMER SIGN COENG とよび,脚を入力する際に用いる記号で,クメールキーボードでは SPACE Key に割り当てられている。三上 [3]
母音字
独立母音文字
クメール語では完全母音といい,子音字に付加しないで単独で一つの単語になることができる。
母音記号
後述する独立母音以外の母音記号は常に子音字母と組み合わせて用いられる。母音記号は子音字母,または子音字母と脚とを組み合わせたものの上下左右の一定の位置に書かれる。母音と子音の組み合わせの具体例として,喉音行(K 行)の音節の発音を次に示す。ペン・セタリン [4]
その他の記号
補助記号
数字・他
書体
現行のクメール文字の書体には,ムール文字(akṣara mūla)系とチェリエン文字(akṣara criaṅa)系の二大別がある。ムール文字は「丸い文字」の意味で,碑文,仏典の本文のほか,印刷物の題名や見出し,公共の掲示物,看板など,装飾的効果の必要な場合に用いられる。これにはさらに,ムール文字とコーム(akṣara khama)文字(タイ人が古くからクメール人をコームと呼んだ)に分類される。チェリエン文字系の文字もさらに,チェリエン文字とチョー文字(akṣara jhara)に分けられる。チェリエン文字は「斜体の文字」の意味で,一般の印刷物の本文や日常の読み書きに広く用いられる。チョー文字は「直立した文字」の意味で,活字印刷の都合上,チェリエン文字を直立させたものであるといわれる。
下記の例の出力には,Khmer OS と,SIL (Summer Institute of Linguistics)が配布する Khmer Ratanakiri, Khmer Mondulkiri を使用した。
クメール文字文例
下記文例は,上掲の Khmer Mondulkiri のイタリック体フォントを使用して表記した。
世界人権宣言第一条 [Universal Declaration of Human Rights - Khmer, Central] |
クメール文字入出力
ユニコード
クメール文字のユニコードでの収録位置は U+1780..U+17FF である。
注
- ^ 町田和彦 編 (2011)『世界の文字を楽しむ小事典』大修館書店, p. 227.
- ^ 峰岸真琴 (2001)「クメール文字」河野六郎, 千野栄一, 西田龍雄 編著『言語学大辞典 別巻 (世界文字辞典)』三省堂, pp. 351 ff.
- ^ 三上喜貴 (2002)『文字符号の歴史 アジア編』共立出版, p. 225.
- ^ ペン・セタリン (2001)『クメール語入門』改訂版, 連合出版
関連リンク・参考文献
- クメール文字
- 中西コレクション(国立民族学博物館)クメール文字
- 東京外国語大学言語モジュール カンボジア語
- 地球ことば村・ことばのサロン ペン・セタリン「カンボジアから日本へ―ふたつの文化の間で―」
- Omniglot Khmer
- ScriptSource Khmer
- Online Khmer news and radio http://www.rfa.org/khmer/