カイティー文字 Kaithī lipi 英 Kaithi letters
北インドの書記カーストたるカーヤスタ(Kāyastha)が用いてきた文字で,その名称 Kaithī は,カースト名の変形した Kaith に文字・言語の名称を形成する接尾辞 -ī を付したもの。デーヴァナーガリー文字の古形の東部系に属し,広く北インド一帯のカーヤスタの間で用いられてきたが,現今では,主にビハール州のビハーリー諸方言帯に限られて使われている。そのためこれを,ビハーリー文字(Bihari letters, Bihārī lipi, ビハール文字とも)ということもある。[坂田 p. 222]
方言地域による文字形
現在のカイティー文字は,地域的に 3 つの形をもつ。1)マイティリー方言地域で用いられる曲線の流れが非常に美しいティルフティー・カイティー文字。2)ボージュプリー方言地域で用いられるデーヴァナーガリー文字に近いボージュプリー・カイティー文字は,/u/ と /ū/を別々の文字で表す。3)マガヒー方言地域で用いられるカイティー文字の代表格であるマガヒー・カイティー文字。
方言地図 [Grierson 1903, p. 14] |
カイティー文字アルファベット:ティルフティー文字, ボージュプリー文字, マガヒー文字 [Grierson 1903, p. 24] |
ティルフティー・カイティー文字 Tirhuti-Kkaithi
マイティーリー語 Tirhuti-Kkaithiインドのビハール(Bihar)州東北部と,その北に隣接するネパール王国の平地部で話される,インド・ヨーロッパ語族,インド・アーリア語派に属する言語。この地方では,今では印刷にデーヴァナーガリー文字が使われるが,古くはサンスクリット語文献もマイティリー文字で書かれ,庶民と書記(カーヤスト)の記録・通信などはカイティー文字でなされる。
マイティリー文字(青字で示す)は,書記体系としてはデーヴァナーガリー文字とほぼ同じであるが,字形はそれよりも丸みを帯びてベンガル文字に近い。マイティリー文字が用いられる地域の中心ティルフト(Tirhut)地方にちなんで,ティルフティー文字(Tirhut lipi)ともいわれる(フォントはここからダウンロードする)。「ティルフト」とは「川岸の恵みを享受する(地方)」の意で,ガンジス,ガンダク,コーシーの3河川に囲まれた一帯を指す。[飯田貞二]
サンプルテキスト
ティルフティー・カイティー文字[Grierson 1881] |
関連サイト
ホージュプリー・カイティー文字 Bhojpurī-Kaithī lipi
ボージュプリー・カイティー文字 インドの,ウッタル・プラデーシュ州(Uttar Pradesh,「北部州」の意)の東部と,ビハール(Bihar)州の西部,および,それらの州の北に隣接するネパール王国の平地部で話される,インド・アーリア語派に属する言語(方言)。話者人口が4,100万人(推定)にものぼり,15世紀以来の文学的伝統があることなどを理由に,ボージュプリーを公用語化させようとする動きもあったが,強い支持を得るには至らなかった。なお,この地域では,カイティー文字の一変種,ボージュプリー・カイティー文字が用いられる。[飯田貞二]
ホージュプリー・カイティー文字 [Grierson 1881] |
関連サイト
- ボージュプリー語 | Bhojpuri language
- Omniglot: Bhojpuri
- ScriptSource “Bhojpuri”General Overview | Fonts & Keyboards
マガール・カイティー文字 Magahī-Kaithī lipi
マガール・カイティー文字 [Grierson (1899) 2nd ed.] |
標準カイティー文字
今日のカイティー文字は,基本的にデーヴァナーガリー文字とさして違わないが,書記体系としてはかなり簡略化されているため,正確な表記ができない欠点をもつ一方で,早く書ける利点をもつ。すなわち,デーヴァナーガリー文字の上部の横棒を省き,/i/ と /ī/,/u/ と /ū/をそれぞれ1つの文字で表記し,頻度が低く歴史的に新しい子音字を欠いている。
ユニコード
カイティー文字のユニコードにおける位置は U+11080..U+110CF である。ここではカイティー文字フォントとして, Noto Sans Kaithi を用いた例を示す。
注
- 飯田貞二 (1992)「マイティリー(語)」亀井孝 [ほか] 編著言『言語学大辞典 第4巻 (世界言語編 下-2 ま~ん)』三省堂.
- 飯田貞二 (1992)「ボージュプリー(語)」亀井孝 [ほか] 編著言『言語学大辞典 第3巻 (世界言語編 下-1 ぬ~ほ)』三省堂.
- 坂田貞二 (2001)「カイティー文字」河野六郎 [ほか] 編著『言語学大辞典 別巻 (世界文字辞典)』三省堂.
- Grierson, George Abraham (1881) A handbook to the Kaithi character (Calcutta : Thacker, Spink) InternetArchive
- Grierson, George Abraham (1903) Linguistic survery of India Vol. 5, Pt.2 Indo-Aryan Languages
関連リンク・参考文献
- Kaithi
- Omniglot: Kaithi script
- Pandey, Anshuman (2007) Proposal to Encode the Kaithi Script in ISO/IEC 10646 (3.80 MB)