キュプロス文字 英 Cypriote script/syllabary

紀元前1千年紀のキュプロス島で用いられていた音節文字,キュプロス音節文字ともいう。断片も含めて,およそ 700 余りの碑文資料が残存する。その最古のものは前8世紀初頭,最新のものは前 3 世紀後半にまで及ぶが,大部分は前 5 世紀前後に属す。ヘレニズム期のコイネーの影響により,前 4 世紀頃からギリシア・アルファベットとの併用が顕著となり,前 3 世紀末以降,この文字の使用は完全に廃れ,これを最後にエーゲ世界から音節文字は姿を消した。 [1]
この文字で書かれた資料は,19 世紀の半ばごろにその一部が発見され,未知の文字として学者の関心を集めていたが,1869 年,キュプロス島中部のイダリオン(Idalion)でこの文字とフェニキア文字による 2 言語併用碑文が発見されたことが機縁となって,急速に研究が進み,それに続く 1870 年代に,スミス(G. Smith),シュミット(M. Schmidt),ジークムントとデーケ(J. Siegmund & Deecke)らの手によって解読がほぼなし遂げられた。この文字で書かれた言語はギリシア語であることが判明した。
下図はイダリオンで発見された,前 4 世紀初頭の碑文。上段 3 行がフェニキア文字,下段 4 行がキュプロス文字。 [2]
文字構成
この文字には,地域によりかなりの違いが認められ,通常,島の南西部で用いられた「パフォス文字(Paphian syllabary)」と,それ以外の地域で用いられた「キュプロス共通文字(Common Cypriote syllabary)」に大別される。両者は単に書体だけでなく,文字の方向に関しても,前者が左から右方向,後者はフェニキア文字の影響を受けたと思われ,右から左方向に書かれる。下記の文字表は「キュプロス共通文字」による。
キュプロス文字は,ちょうど日本語の仮名文字と同じように,原則として子音 1 個母音 1 個からなる「単純開音節文字」で,区別される母音は 5,子音は 13 で,文字の数は「共通文字」の場合,全部で 55 である。キュプロス文字の 1 行目はゼロ子音で,日本語のア行に当たる。
共通文字 | パフォス文字 |
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この音節文字は,ギリシア語のように閉音節をもち,子音の種類も多い言語を表記するには,決して適切とはいえない。この文字には,閉鎖音の系列がそれぞれ k-, t-, p- 1 種類しかなく,ギリシア語の無声~有声~有気(たとえば π~β~φ)という 3 種類の音を区別することができない。一方,語末子音や 2 つ以上の子音群は,母音を添えた形で表記され,その場合の支えの母音は,日本語などと異なり,語末では -e,それ以外では後続母音と同じになる。キュプロス文字のこのような開音節性や子音の区別の貧弱さ,また,そこからくるギリシア語表記の不正確さは,ミノア線文字Bと共通するものであるが,語末子音と子音群の表記に関しては,線文字Bよりかなり進歩している。

キュプロス文字テキスト
サンプルテキスト

「かれらは,オナシキュプロスの息子で医者のオナシロスとその兄弟達に命じた。戦闘において負傷した男たちを,報酬をとらずに治療するように,と」
出典:Bennett [3], Free Font: Code2001
テキスト入力
ユニコード
キュプロス文字のユニコードでの収録位置は U+A10800..U+A1083F である。

Free Font: MPH 2B Damase
文字表示テスト
Noto Sans Cypriot など,キュプロス文字対応フォントがインストールされていれば,下表右下セルにキュプロス文字が表示される。
正しい表示 | お使いのコンピュータでは |
![]() | 𐠩𐠑𐠰𐠡𐠀 |
文字入力方法
キュプロス文字を入力するための特定の入力手段は存在しない。【参考】 多言語環境の設定
関連リンク・参考文献
Cypriot syllabary
- Omniglot: Cypriot syllabary
- AncientScript: Cypriot
- Palaeolexicon: Cyprus
- モーリス・ポープ [著] ; 唐須教光 訳(1995)『古代文字の世界』(講談社学術文庫)
注
- ^ 松本克己(2001)「キュプロス文字」『世界文字辞典』(言語学大辞典,別巻,三省堂)
- ^ Haarmann, Harald (1991) Universalgeschichte der Schrift (Campus) 次は,フェニキア文字とキュプロス文字,それぞれの転写と(ドイツ語)訳である。
- ^ Bennett, Emmett L. (1996) Aegean Scripts. In: Daniels, Petre T. and William Bright (ed.) The world's writing systems (Oxford) 邦訳:矢島文夫[総監訳」『世界の文字大事典』(朝倉書店 2013)
