ルーン文字 英 Runic alphabet
ラテン文字導入以前からゲルマン人が用いていた文字で,古北欧語,古英語の資料が現存する。文字の成立は西暦 100~200 年といわれ,現存する最古の碑文は 3 世紀まで遡る。碑文の長さは 1 語のみの短いものから,数十語に及ぶ長いものもある。英国のルーン文字は,北欧に見られる字母と同じ雛形に修正を加えて作られたものである。ルーン文字のアルファベットは,最初の 6 文字(f-u-þ-a-r-k)をとってフサルク(fuþark,英国では fuþork)と呼ばれる。この文字で記された碑文は,北はスカンジナビアから南はルーマニア,東はポーランド,ウクライナ,西はアルザス,ロートリンゲンから英国に至る広い地域に分布している。ゲルマン語の圏外では,方言の特定が難しいものもある。 [1]
デンマークのモルトケ(E. Moltke)によれば,ルーン文字は,ラテン語のアルファベットにゲルマン語の表記に必要な若干の新文字を追加して編成したものである。この文字は当初,木に刻むことを念頭にデザインされたと考えられる。書き方は左から右,右から左のどちらでもよい。後世の石に刻まれた長い碑文には,両者を混在した「牛耕式」も見出される。 [1]
ルーン文字の発祥地について,モルトケはラテン文字起源説に基づき,諸般の事情(たとえば,最古期の碑文がデンマーク南部に集中していること)を勘案した結果,デンマークがルーン文字発祥の地であると結論している。ルーン文字は完成された形で忽然と歴史に登場する。この事実は,ルーン文字が特定の個人あるいは集団において意図をもって作り出された可能性を示唆している。 [2]
字体の変遷
ルーン文字は,24 文字から成る「ゲルマン共通ルーン文字」(Elder Futhark, 2~8 世紀) と,16 文字から成る「北欧ルーン文字」(Younger Futhark, 8~12 世紀) に大別される。前者は「アングロサクソンルーン文字」(Anglo-Saxon runes, 8~11 世紀) へ,後者は「中世ルーン文字}(Medieval runes, 12~17 世紀) へと変遷する。
ゲルマン共通ルーン文字
デンマークとシュレスヴィヒ・ホルシュタインで見つかった最も初期のルーン文字銘文は,すべて持ち運びできる物品に記されており,後 1 世紀に遡る。同様に共通ゲルマン・フサルクが用いられた,それ以外の銘文は,ゲルマン人大移動の時期に属し,中央ヨーロッパの様々な場所で発見されている。[3]
ゲルマン・ルーン文字の名称
個々のルーン文字は,第 15 字と第 22 字を除いて,その文字で始まる語を名称としていた。*付で掲げた元来のゲルマン語名称は,いくつかの韻文や他の写本資料に残されたスカンジナビアとアングロ・サクソンのルーン文字の名称をもとに再建したものである。[4]
北欧ルーン文字
800 年頃から,ノルド語に起きた音体系の変化に対応してルーン文字の数が 16 に減少した。
スウェーデン型フサルク
スウェーデンのエステルイェートランドにある 9 世紀前半のレーク石碑に刻まれた最も有名な碑文にちなんで,しばしば「レーク・ルーン文字」と呼ばれる。[5]
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デンマーク型フサルク
デンマークのシェラン島の Gørlev 石碑に記された 16 字母からなるデンマーク型フサルクである。 [5]
デンマークのイェリング墳墓群の 10 世紀の石碑 [Erik Christensen / CC BY-SA 3.0 / 出典] |
音価
いくつかの 16 字母フサルクは,多くの場合,音韻的区別を示すのには不十分であった。それぞれのルーン文字が示す複数の音価は次のとおりである。 [6]
[Wikipedia "Younger Futhark" History] |
アングロ・サクソン型フサルク
アングロ・サクソン人はブリタニアに共通ゲルマン・フサルクの一種をもたらした。しかし,スカンジナビアでの変化とは逆に,ルーン文字の数はアングロ・サクソン人のイングランドでは増加した。はじめは 28 個に,そして最終的には,総数 31 個が銘文に用いられた。10 世紀の写本には,さらに 2 個のルーン文字が記録されている。この変化は,アングロ・フリジア語の過渡期を経て古英語へと向かう移行における音韻変化が反映されたことによるものである。 [6]
テムズ・スクラマサックス (ベアグノズのサクス)唯一の完全なアングロ・サクソン型フソルク銘文。テムズ川で発見された 9 世紀の短剣 テムズ・スクラマサクス に刻まれたものである。[BabelStone / CC0 / 出典] |
碑文側 [不明 / Public Domain / 出典] |
中世のルーン文字
11 世紀以降のスカンディナヴィアの用法においては,異なる音素を区別しようとする,意識的な試みがなされた。これは「点のついた」もしくは「付点」ルーン文字として結実し,デンマーク語では stungne runner として知られている。次は,スウェーデンのヴェステルイェートランドの 13 世紀はじめの銘文で使用されているもので,ルーン文字「アルファベット」に類似したものになっている。 [6]
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テキスト
サンプルテキスト
ヨークシャーのソーンヒルにある 9 世紀初頭のアングロ・サクソンの碑文。《訳》ジルスウィズはベルフトスィズのために記念碑を(この)丘の上に建てた。彼女の魂(のため)に祈れ。 [7] |
ユニコード
ルーン文字のユニコードでの収録位置は U+16A0..U+16FFF である。
入力方法
ルーン文字用キーボードを,BabelStone: Keyboard Layoutsで配布されているドイツ語・デンマーク・スカンディナヴィアなどのキーボードの中から選択してインストールする。タスクバーにはその他の言語を表す「OL」が表示される。次の例は Common Germanic Fuþark のキーボードである。単語・短文を引用するような場合は, 多言語環境の設定 の簡易入力法を参照。
注
- ^ a b 秦宏一 (2001)「ルーン文字」河野六郎, 千野栄一, 西田龍雄 編著『言語学大辞典 別巻 (世界文字辞典)』三省堂, p. 1137.
- ^ 秦宏一 p. 1139.
- ^ Elliott, Ralph W. V.,熊切拓訳 (2013)「ルーン文字体系」Peter T.Daniels, William Bright [編], 矢島文夫 総監訳, 石井米雄, 植田覺, 佐藤純一, 西江雅之 監訳『世界の文字大事典』朝倉書店, p. 359.
- ^ Elliott, p. 354.
- ^ a b Elliott, p. 356.
- ^ a b c Elliott p. 357.
- ^ Elliott p. 359.
関連リンク・参考文献
- ルーン文字 | Elder Futhark | Younger Futhark | Anglo-Saxon runes | Medieval runes | ルーン石碑 | Runology
- Omniglot: Runic alphabet
- National Museum of Denmark National Museum of Denmark | Jellingprojektet
- Mystery of the FUTHARK alphabet
- ラーシュ・マーグナル・エーノクセン著; 荒川明久訳 (2012)『ルーンの教科書』アルマット; 国際語学社.
- ラルフ・W.V.エリオット著; 吉見昭徳訳 (2009)『ルーン文字の探究』春風社.
- レイ・ページ著; 菅原邦城訳 (1996)『ルーン文字』[大英博物館双書 失われた文字を読む; 7] 学芸書林.