書写材料
ダルワン(樹皮紙 3)
カジノキ [Fraxinus/Public Domain/出典] |
ジャワのヒンドゥー王朝時代に,樹皮紙(布)はかなり生産されていたと推定され,ワヤン・ベベール(後述)の素材や儀式的用途(死者を包むカジャン),宗教カレンダーなどに使われたと見られるが,これまでのヒンドゥー教研究者は,ヤシの葉を使ったロンタール(貝葉)文書がヒンドゥー教文化の中で唯一使われた記録用媒体であったとした。[2]
ダルワン樹皮紙の製造工程
製造工程の概略はつぎのとおりである。1:切り取ったカジノキの幹から樹皮を開き剥がす。2:剥いだカジノキの樹皮を紙の仕上がりサイズを想定して 40 cm ほどの長さに切り揃え,表面の黒皮を削り剥ぐ。3:ジャックフルーツの木の台の上で,斜めの筋がついた金属の叩き具で,剥いだ樹皮を水に濡らして均等に叩き延ばしていく。4:それを 3 枚重ねにし,金属の叩き具で想定した紙のサイズに広げ一体化していく。5:一旦乾燥させ,その後水に漬けて,カジノキから出てくる糊分で叩き広げた紙の表面が非常に滑らかになり一枚の紙の状態に変化してくる。6:乾燥工程を経て,しなやかで紙同様のダルワン紙が完成する。多くの場合,仕上げ段階で表面を砧打ちし,椿のような厚手の葉っぱや艶のある宝貝でこすって平滑にしたり艶出しを行って,書写素材とした。[3]
ワヤン・ベベール
現在,インドネシアには2 セットしか残っていないジャワの伝統影絵劇ワヤン・ベベール(Wayang Beber:絵巻物)は,800 年ほど前のヒンドゥー王朝時代に始まったとされ,いずれも樹皮紙の上に描かれていた。ワヤン・ベベールは,幅 80 cm,長さ 4 m ほどだが,継ぎ目が一切見当たらず,全面が手が透けるほどの均質な薄さの巻物状であり,見事な彩色の絵物語が描かれている。[4]
絵巻物を広げた場景 [KassianCéphas / Public Domain / 出典] |
上演のために準備された巻物 [Gunkarta / CC BY-SA 3.0 / 出典] |
『スカル・タジとパンジの結婚』
南ジャワのパチタン地方のグドムポル村に伝わる『スカル・タジとパンジの結婚』物語は,15 世紀に創作され,マレーシア,カンボジアにも広がった。物語は,クディリ王国のブラウィジョヨ王の娘スカル・タジとジェンガラ王国のパンジ王子との恋物語であり,そのなかでいろいろな冒険譚が挿入されている。物語の骨子は 1 人の姫にたくさんの求婚者が現われ,姫は逃げ出してしまう。すると姫を探し出した者に姫を与えるということから競技や戦いがはじまり,勝ち残った者が姫と結婚できるという求婚譚物語である。この物語は 6 巻からなり,それぞれの巻には 4 つの絵図が描かれている。巻 1・4 場は,主人公パンジと王女が市場で出会う場面である。[5]
パンジと王女がパル・アムバの市場で出会う場面 [Unknown / Public Domain / 出典] |
上演する場合は,1 m ほどずつ巻き広げながら物語の場面が変わるとまた 1 m ほどずつ巻き送られていく。この巻き取る 2 本の棒を持ち,順繰りに巻き送っていく作業は「ダラン」と呼ばれる語り手が行う。ダランは物語の筋を朗々と唄しながら感情を込めて語る。しかし上演は基本的な筋以外はすべてダランの語りに任されている。上演は,新築,出産のお祝いや特別の祈願成就のために依頼主が頼み執り行われる。ワヤン・ベベールではグランの語りに合わせて少人数でガムランが演奏される。
1902 年頃の上演場面 [KassianCéphas / Public Domain / 出典] |
注
- ^ 坂本勇 (2008)「樹皮紙(Beaten Bark Paper)の埋もれた歴史」『百万塔 130』紙の博物館, p. 58.
- ^ 坂本勇 (2008) p. 60.
- ^ 坂本勇 (2000)「インドネシアの幻の紙―ダルアン・ペーパー」『季刊和紙 19』
- ^ 坂本勇 (2008) p. 61.
- ^ 宮尾慈良 (2000)『ジャワ島の舞台芸術研究 : 成立と展開』(博士論文:日本大学)
関連文献
- Wayang beber(ドイツ語)
- PHILIA バリ島カマサンなどの伝統樹皮紙絵画復活へ
- Inside Indonesia Wayang Beber di Ambang Zaman
- Kant-Achilles, Mally, Friedrich Seltmann (1990) Wayang bèbèr : das wiederentdeckte Bildrollen-Drama Zentral-Javas (Steiner)
- 坂本勇 (2013)『北の紙の道,南の紙の道―樹皮紙,ダート・ハンターの残した空白』弟24回雲南懇話会 (14.63 MB)
- 坂本勇 オーストロネシア語族の拡散と精霊の宿るBeaten Bark Paper (4.28 MB)
- 坂本勇 (2009)「樹皮布文化とオーストロネシア語族」『Biostory = ビオストーリー 12』