西夏文字 英 Hsi-hsia script,Xi-xia script,Tangut script
漢字と西夏文字 37 文字の対照表 (S.W. Bushell) [BabelStone / Public Domain / 出典] |
漢字の字形を模倣して作られたため,外見は漢字と酷似するが,実質的には西夏人の独創性が多く盛り込まれた独特の性格をもつ文字である。公認字数は当初全体で6千百数字あり,のち 5,840 字に整理されるが,少数の単体字と多数の合体字からなる字形集合である。合体字は漢字と同じく,偏,冠,旁などの文字要素に分解できる。
西夏文字の創作については,いくつかの考え方があるが,西夏人数名(野利仁化栄が中心であったかもしれない)が核となり,若干の漢人が協力して,一挙に全体を作り上げたとみられる。[西田]
文字構成
西夏文字は外見上,筆画の多い煩雑な字形をもっている。たとえ,かなり限定された階層の人々の間にのみ通用していた文字であっても,当時普通に使われたのは,字形相互の間にはたらく連合関係が,予想される以上に大きかったためと思われる。
基本字と派生字
西夏文字の各字形がどのような構成要素から成り立っているか,いくつかの例を次に示す。構成要素は全体で 348 種類からなっている。要素を1つから最大6つまで組み合わせて各字形を構成する。〈仏〉は 2 つ,〈江〉は 3 つ,〈木〉は 4 つの文字要素と,5 種類の組み合わせ様式を採用する。このような組み合わせ様式は全体で 44 種類からなる。
西夏文字要素例
派生字
6千余字の西夏文字のなかには,一群の基本になる文字があって,それを中心にその基本字から何らかの手順で派生して文字が連合していたと仮定される。仮に文字B,Cが文字Aの字形全体を含んでいるとすると,両者の間に何らかの連合関係があって,文字B,Cは文字Aを基本にして派生した字形であると推測できる。次の例でI行および Ⅱ行の文字は意味の上で連合している。Ⅲ 行は音形式が共通している点で連合する。Ⅳ 行も意味上連合していると考えられる。
基本字と派生字の間にまず意味上の連合があり,ついで音形式の連合があった。前者の派生字はいわば会意字であり,後者の派生字は形声字に属する。そのほか,両者を一緒にした次の例のような意味・音形式の連合もありうる。
具体的に派生字形を構成する手順には上例で見たように,基本字に1つないし2つの文字要素を添接する方法「添接法」が使われた。
もう一つの字形派生法は,基本となる字形の一部を,別の要素に置き換える方法「置き換え法」である。次に,基本字形の,偏あるいは旁を置き換える例を示す。
単体字と部首
西夏文字には字形を分解できない単体字が若干あり,ちょうど漢字における部首に該当する。しかし,それらは象形字ではない。
上述のように,字形を分解して取り出せる文字要素も,同じように部首に相当するものと見なすことができる。次に示す「馬」に相当する文字要素は,単独では使われないが,諸文字から抽出でき,それらの字形がいずれも「馬に関する事柄」を示しているから,漢字の「馬」部に該当するものである。
文字要素の組み合わせ例を挙げる。
対称文字
何らかの形で,文字要素が左右あるいは上下に対称される形で配置された字形を,対称文字と呼ぶ。たとえば,左右に同じ要素を配置する字形,中央に縦1画を書き左右に同じ要素を配置する字形がある。
次の例は,要素 AB からなる字形と,要素の配置を入れ替えた BA からなる字形の 2 字の間で対称関係が成立する字形である。
否定文字
西夏文字字形構成の特徴の一つに「否定字形」がある。否定字形には 2 種類あり,一つは不を表す文字の偏をつけて構成し,いま一つは無を表す文字の旁を用いるものである。たとえば「低い」の偏を否定偏に置き換えて,「低くないもの=山」を構成する。「気」の中央と旁を無の旁に置き換えると「精気のないもの=屍」の意味になる。
連合関係
西夏文字の背後には,漢字とは比べられないような込み入った複雑な連合関係があった。「鎌」の字形を中心とし,漢字の旁・偏・冠を添接・置き換えによる意味の連合関係を次に挙げる。
双生字
意味上,あるいは,文法上密接な関連を持った2つの言語単位を,字形の上でも類似した形式で表現する手段がある。たとえば,「名詞・動詞双生字」呼ばれる,名詞形と,対になる動詞形が酷似した字形で書かれることもある。
数字
テキスト
サンプルテキスト
西夏文字で書かれた仏教の経典 [Public Domain / 出典] |
西夏文字写経 <コマ番号 5&rt; [国立国会図書館 インターネット公開(保護期間満了)/出典] |
ユニコード
西夏文字は,ユニコード U+1700..U+187FF に 6,136 字収録される。BabelStone Fonts および,Noto Serif Tangutから数種類の西夏文字フォントが入手できる。
注
- 西田龍雄 (2001)「西夏文字」河野六郎 [ほか] 編著『言語学大辞典 別巻 (世界文字辞典)』三省堂.
関連リンク・参考文献
- 西夏文字 | Tangut language | Tangutology
- Omniglot: Tangut
- Tangut (Xīxiàs) Orthography and Unicode
- 荒川慎太郎 (1997)『西夏語通韻字典』
- 大西 磨希子・北本 朝展,『文字が語りかける民族意識:カラホトと西夏文字』,ディジタル・シルクロード
- 中西コレクション(国立民族学博物館)西夏文字
- 西田龍雄著 (1967)『西夏文字 : その解読のプロセス』紀伊国屋書店.
- ― (1982)『アジアの未解読文字』大修館書店.
- ― (1997)「西夏文字j 漢字を超えた表意文字の傑作」『月刊しにか』 8(6)(87)