クリー文字 英 Cree writing
ウェスレー系メソジスト派のイギリス人宣教師エヴァンズ(James Evans, 1801~46)が考案した音節文字。インディアンの学校を開設するためにマニトバの小湖ライス・レイク(Rice Lake)へ遣わされたエヴァンズは, 1828 年から 3 年間滞在する間に,土地のオジブワ語を,ラテン文字で表示する体系の作成にとりかかったが,途中で断念し,かわりにピットマン式速記の知識から手がかりを得て,独自の音節文字を作り上げた。しかし,この文字の使用は,トロントの布教本部によって許可されなかった。 [1]
その後エヴァンズは,同じくアルゴンキン語族に属する北隣のクリー語(西部の平原クリー)のためにこの音節文字を修正して,インディアンに教えた。これが成功し,またたくまにクリー・インディアンは焦がした木切れでシラカンバの皮に伝言を残すことを覚え,エヴァンズは「シラカンバにことばを喋らせた男」として知られるようになった。(参照 Rev. James Evans Teaching Indians His System of Cree Syllabic Writing)おそらく 1841 年頃のこととされている。エヴァンズは,煙突の煤と魚油で作ったインクを使い,シラカンバの皮に印刷を始めた。活字は木を削って作ったが,のちには空いた茶箱から得た鉛が利用された。やがてイギリスの教会本部の支援によって,印刷機材がととのい,公会問答,賛美歌,新約聖書の一部が印刷された。1861年から翌年にかけて,旧約・新約聖書(William Mason 訳)が出版された。
この音節文字は,オジブワ語のために作成したものと実質的には同一であって,今日では,クリー語にも(とくにオンタリオの)オジブワ語にも広く用いられている,クリー文字の名称で知られるようになったのは,上記のように印刷物に使用されたのはクリー語が先であったという事情からである。
オジブワ語に始まったクリー文字は,それぞれの音韻体系に必要な改変を加えながら,同系統のナスカビー語,ブラックフット語でも採用され,また,異系統のアサバスカ語派である,キャリア語,チペワイアン語に,さらに,いくぶん遅れながら,エスキモー・アリュート語派のイヌイット語にも広まっていった。ちなみに, 1900 年代初頭にイギリス人の宣教師 S. ポラードが,ミャオ語のために創出したポラード文字はクリー文字が参考になっている。
使用する文字は,表記する言語や方言の特異性に合わせていくつかの変種があるが,基本は 9 個の単純な字形である。基本字形そのままでは子音と母音 /e/ が組み合わさった音節文字である。この基本字形が上下左右に向きを変えることで異なる 4 種類の母音を含む音節を表し分ける。語末で母音を伴わず子音のみを表示する際は語末子音字を用いる。
アルゴンキン語族の文字
北アメリカのインディアン語族の中で,アルゴンキン諸語はもっとも早くから研究されてきている。これらの諸語は一般に,東部アルゴンキン諸語(北は現ラブラドルから,南は現ノース・カロライナにかけて分布),中央アルゴンキン諸語(カナダの保留地で話されるオジブワ語,合衆国では,グレート・プレインズの東の五大語周辺等に分布),平原(Plains)アルゴンキン諸語(ノース・ダコタ,サウス・ダコタ,ワイオミング,モンタナ等の大平原地帯に分布)の 3 枝に分けられる。
クリー文字
クリー語は、カナダのアルバータ州以東の諸州と,アメリカ合衆国モンタナ州で,3 万人から 4 万人の人々によって話されている。クリー語内の方言は,西から東にかけて,平原クリー(Plains Cree),森林クリー(Woods Cree),湿原クリー(Swampy Cree),ムース・クリー(Moose Cree)の 4 方言がある。
文字構成
Moose Cree - Text [出典] |
オジブワ文字
オジブワ語は,北米大陸の五大湖からその西の平原にかけてオジブワ(チペワ)族により話されている言語である。アルゴンキン語族に属し、他のアメリカ諸語と同じく抱合語(複統合語)である。アメリカ先住民の言語の中でも話者が多く、また方言も多様である。カナダでは音節文字で書かれている。
文字構成
北オジブワ語サンプル [2] |
ブラックフット文字
ブラックフット語は,合衆国のモンタナとカナダのアルバータに居住するブラックフット族の言語である。英国国教会宣教師の John William Tims (1857-1945)が,ブラックフット族と 1883 年から 1895 年にかけて過ごした 12 年間に,オジブワ字音表を基に,ブラックフット語の表記沿った改変をほどこした書記体系を作成した。また,ブラックフット語による宗教書の翻訳を行った。
文字構成
サンプルテキスト[出典] |
ナスカピ文字
ナスカピ語は、およそ 525 人の話者が北ケベックの Kawawachikamach とラブラドル(カナダ)の Mushuau の Innu (自称)コミュニティで用いられる言語である。
文字構成
ナスカピ文字 [出典] |
アサパスカ語派の文字
含まれる言語数,語域,話者数のいずれにおいても,北米インディアン諸語のうち,最大の語族。「アサバスカ」は,ギャラティン(A. Gallatin, 1836)がカナダ北西部の湖名を採って言語・民族名としたもの。北西アサバスカ語派(アラスカ,カナダ北西部),太平洋岸アサバスカ語派(オレゴン,カリフォルニア),アパッチ語派(アリゾナ,ニューメキシコ,ユタ,オクラホマ)からなる。
キャリア文字
キャリア音節文字(または Déné Syllabics)は,1885 年にアドリアン-ガブリエル・モリイス神父によってクリー音節文字のシステムを変更・改変して作られた文字体系である。
文字構成
キャリア文字サンプル [出典] |
チペワイアン文字
チペワイアン族は,カナダ北方のマッケンジー川から東方のハドソン湾にいたる北方針葉樹林帯に居住しているインディアン部族、ディネ族のひとつである。人口は 18 世紀初頭に 3,500 人といわれたが,その後ヨーロッパ人がもたらした伝染病のため 1,000 人にまで減少した。しかし,1904 年にはカナダ・インディアン局の統計によると 1,800 人にまで回復し,現在では約 4,000 人。 [1]
文字構成
チペワイアン文字サンプル [出典] |
ユニコード
クリー語およびオジブワ語表記のための文字と,それを他の言語のそれぞれの音韻体系に合わせて修正したものが,統合カナダ先住民音節文字 U+1400..U+167F ,および,その拡張文字 U+18B0..U+18FF にまとめてユニコードに登録されている。
注
- ^ 宮岡伯人 (2001)「クリー文字」河野六郎, 千野栄一, 西田龍雄 編著『言語学大辞典 別巻 (世界文字辞典)』三省堂, p. 369.
- ^ Nichols, John D.,江村裕文訳 (2013)「クリー音節文字体系」Peter T.Daniels, William Bright [編], 矢島文夫 総監訳, 石井米雄, 植田覺, 佐藤純一, 西江雅之 監訳『世界の文字大事典』朝倉書店, p. 639.
関連リンク・参考文献
- カナダ先住民文字 | Cree syllabics | Naskapi | Ojibwe language
- Omniglot: Blackfoot | Cree syllabary | Carrier syllabary | Chipewyan | Naskapi | Ojibwe syllabary
- Languagegeek