ゴート文字 英 Gotic alphabet
ゲルマン民族に属するゴート人の言語をゴート語とよぶ。ゴート語は,通常,東ゴート語と西ゴート語に 2 分される。この言語の最大の文献は,4 世紀の半ば頃ウルフィラ(Wulfila, ca. 311~383)が訳したといわれる聖書のゴート語訳であり,このことから,ゴート語とは事実上,ウルフィラ・ゴート語をさすといえる。これは,西ゴート語であったといわれる。
ゴート語に訳された福音書,および,現存する他の断簡の書写に使われている文字がゴート文字である。ウルフィラはカッパドキアに生まれ,西ゴート族の間で司教として布教と啓蒙活動を行ったといわれる。現存するゴート語聖書はもとプラハにあったもので,一時オランダに渡ったのち,1669 年にウプサラ大学に寄贈され今日に至っている。336 葉中 187 葉が現存する。銀色のインクで書かれていることから Codex Argenteus 「銀写本」 の名がある (一部金文字)。 [1]
文字構成
ゴート語アルファベット
文字表で用いたゴート語文字フォントは,「銀写本」を再現するために作られた Gutisks Font である。
書体
写本中では「神」「イエス」「キリスト」「主」など神聖名(nomina sacra)は,常に下記のように略記される。
下の例で文字 e,j,s がちぎれているように見えるのは,一般的にいえば,長い丸みを帯びた線や,ペンをひねるような動作を必要とする部分を分けて書いたからであろう。
ï は音節の始めで用いる。次は,接頭辞と動詞からなる合成語の例である。
行末に来る鼻子音 [m],[n] を省略して記す場合がある(1)。また,合字を用いる場合がある(2)。ともに行末を揃えるために用いられる。
数詞 ains (1),twai (2),þreis (3) などがあるが,たいていは文字を数字として用いる。
ƕ:ゴート語アルファベットの 25 番目の文字をローマ字で転写するのに用いる文字(U+0192)。その音価は,「唇音化した h あるいは無声の w 」とされる。この文字は h と v の合字であり,ゴート語の音韻体系の中では単一の子音として働くという点を強調するために作くられたものである。 [2]
ゴート語テキスト
「銀写本」再現用フォント
図は「デジタル版銀写本」 Codex Argenteus Digital Reconstruction の一ページ(Mt 5: 42-47)を模して,筆者が LaTeX で組版したものである。フォントは Codex Argenteus General Project Information から入手。
ユニコード
ゴート文字のユニコードでの収録位置は U+10330..U+1034F である。 ユニコードに対応したゴート語キーボード(Input method)は現時点では存在しない。ユニコードを扱えるエディター,または,Unicode の文字表が表示可能なソフト BabelMap などを用いて文章を作成する。なお,ï は i (U+10339)とCOMBINING DIAERESIS: umlaut (U+0308)を合成して表示するが,フォントによっては意図通りにならない場合がある。たとえば,フォント ALPHABETUM Unicode では両文字が重なり合って出力される。【参考】 多言語環境の設定
マタイによる福音書
注
- ^ 秦宏一 (2001) 「ゴート文字」河野六郎, 千野栄一, 西田龍雄 編著『言語学大辞典 別巻 (世界文字辞典)』三省堂, p. 433.
- ^ ジェフリー・K.プラム, ウィリアム・A.ラデュサー 著 ; 土田滋, 福井玲, 中川裕 訳 (2003)『世界音声記号辞典』三省堂, p. 73.
関連リンク・文献
- Gothic language | ゴート語 | Gotische Sprache
- Codex Argenteus Digital Reconstruction
- Braune, Wilhelm (1981) Gotische Grammatik : mit Lesestücken und Wörterverzeichnis 19. Aufl.neu neu bearbeitet von Ernst A. Ebbinghaus, M. Niemeyer.
- 千種真一 (1989)『ゴート語の聖書』大学書林.
- 千種真一 (1997)『ゴート語辞典』大学書林.
- 高橋輝和 (1999)『ゴート語入門 改訂増補版』クロノス.
- 村石凱彦 (2001)『写真版ゴート語聖書』芸林書房.
- 小塩節 (2008)『銀文字聖書の謎 (新潮選書)』新潮社.