最も子音の多い言語
最も子音の多い言語として,長い間,カフカースの言語ウビフ語(英:ubykh language,仏:L’oubykh,独:Ubychische Sprache,露:Убыхский язык)の 80(研究者により,81 ~ 84 と異なる)だったが,今では,ボツアナとナミビアの約 4,000 人によって話されるコオ語(!Xóõ [kǃxõː˥], ,あるいは,ター語 Taa,独:Taa-Sprache,露:Къхонг)の子音音素(分析にもよるが 84 から 159)がそれに取って代わることになった。
ウビフ語
北西カフカース語族の1つで,文字をもたず,現在,死滅しつつある言語である。1864 年,ロシアがカフカース北西部を征服(コーカサス戦争)した際,ホスタ(Хоста,ソチのやや南)以北の黒海沿岸に住んでいたウビフ人たちは,すべてトルコへ移住した。
ウビフ語の音体系の解明は,フランス人のカフカース研究家,ジョルジュ・デュメジル(George Dumézil 1898-1986)で,1930 年の時点でまだわずかに残っていた話者のなかでも,傑出した話者テフィック・エセンチ(Tevfık Esenç 1904-1992)の協力を得て,複雑な言語の文法,テキスト集,辞書を作るに十分なだけの記録を残すことができた。 [1] ウビフ語の最後の話者となたテフィック・エセンチは,1992 年 10 月7日,88 歳で永眠した。
ウビフ語は,その子音音素の豊富なことで知られている。子音体系で特徴的なのは, 口蓋垂子音 (Uvular) である。 円唇化音(qʷ, qʷ, χʷ, ʁʷ)と咽頭化音(qˁ, qˁʼ, χˁ, ʁˁ)と円唇化咽頭化音(qˁʷ, qˁʷʼ, χˁʷ, ʁˁʷ) とが,音韻的に対立している。一方,母音は極端に少なく,/ə/ と /a/ の2母音とされる。実際には前後の音環境により多くの母音が具現している。 [2]
ウビフ語正書法
今日ウビフ語は 言語学上の専門家だけではなく、この言語をもう一度生かそうという一般人の興味をも引き起こした。たとえば、ラテン文字,あるいはキリル文字のアルファベットを使用するこれまでのウビフ語正書法を,実用的な正書法として改正する試みなどがなされている。
キリル文字表記
ラテン文字表記
改正案
2011 年,Rohan S. H. Fenwick によって提案された実用的な正書法と,サンプルテキスト。
サンプルテキスト
コオ語
コオ語 (ǃXóõ /ˈkoʊ/,Taa /ˈtɑː/) は、厖大な音素と吸着音,咽頭音を持つことで知られるコイサン語族の 1 つで,コイサン諸語の南部コイサン諸語に属する言語である。話者は 2007 年現在、およそ 6,000 人で,主にボツワナ Botswana に住み,ナミビア Namibia に数百人の話者が居住する。人々は、彼ら自身を ǃXoon (pl. !Xooŋake) または ʼNǀohan (pl. Nǀumde) と称す。言語名 Taaǂaan は、Taa 『人間』と ǂaan 『言語』からなる。 [3]
音体系
Anthony Traill によれば,東 Taa は少なくとも 58 の子音、31 の母音と 4 つのトーンをもち,DoBeS の分析では西 Taa には少なくとも 87 の子音と 20 の母音,2つのトーンを有するといわれる。これらには,さらに,20 (Traill)あるいは,43 (DoBeS)の吸着音(click)を表す子音をを含む。分析にもよるが,Taa 語には 130 から 164 の子音音素が存在する。 [4] 一方,母音には,5 つの母音性質[a e i o u]があるが,ここでも Traill と DoBeS では異なる見解をとる。
East ǃXoon dialect (Traill)
Non-click consonants
Click consonants
West ǃXoon dialect (DoBeS)
Consonants other than clicks
Click consonants
サンプルテキスト
出典:Traill (1994) [5]
入力方法
以下の文字は,5種類のクリック音を表すものである。
関連リンク・参考文献
- Ubykh phonology
- Omniglot: Ubykh
- Ethnologue: Languages of the World: Ubykh
- 言語データベース The UCLA Phonetics Lab Archive: Ubykh
- The Last Ubykh Lesson from Tevfik Esenç | Ubykh
- Ethnologue: Languages of the World: !Xóõ
- 言語データベース The UCLA Phonetics Lab Archive: !Xóõ
- ǃXóõ Swadesh list
- Map of Taa language (ǃXóõ) from the LL-Map Project
- コイサン語族
- 逆に音素数が少ない言語は,大洋州の諸言語である。最も少ないのは,音素数わずか 11 の,パプアニューギニアのブーゲンヴィル島で話されている,パプア語に分類されるロトカス(Rotokas)語:子音 6 /p t k ɡ ß D/ 母音5 /i e a o u/ と,ブラジルのアマゾン川上流で話されている,ムーラ小語族のピラハー(Piraha)語:子音 8 /p t k ʔ b ɡ s h/ 母音 3 /i a o/ である。音素数 13 の言語は,ポリネシア語に属する,ハワイのハワイ(Hawaiian)語:子音 8 /p k ʔ h m n l w/,母音 5 /i ɛ a o u/,パプア語のナシオイ(Nasioi)語:子音 8 /p t k ʔ b m n ɾ/,母音 5 /i ɛ a o u/,音素数 14 の言語は,パプア語に属するタオリピ(Taoripi)語:子音 8 /p t k f s h m l/,母音 6 /i e a ɔ o u/,ポリネシア語に属するロロ(Roro)語:子音 9 /p t k ʔ b h m n ɾ/,母音 5 /i e a o u/である。《乾秀行(1998)「最も音素が少ない言語」『月刊 言語』(27 (5))》
注
- ^ Georges Dumézil «Récits Oubykhs» に収められている音韻表記によるテキスト。
- ^ 中川裕(1998)「ウビフ語」『世界言語編(上)』(言語学大辞典,第1巻,三省堂)
- ^ Taa language
- ^ これほどまで数字が異なるのは,ある種の複雑な音を,単一の音素として扱うか,それともより単純な音の組み合わせとして扱うかによるものである。たとえば,!Xóõ という言語名の最初の音,!X を,(喉頭摩擦音と歯吸着音の)同時調音による単一の音と見るか,それとも2つの独立した音が組み合わさったものと見るかによる。《ニコラス・エヴァンズ 著 ; 大西正幸, 長田俊樹, 森若葉 訳(2013)『危機言語 言語の消滅でわれわれは何を失うのか』(京都大学学術出版会)》
- ^ Traill, Anthony (1994) A !Xóõ dictionary (Köln : R. Köppe )