バタク文字 英 Batak script
バタク語を表記するために用いられたインド系の音節文字体系。バタク語は,インドネシア共和国,北スマトラ州に広く分布する,それぞれが方言分化を示す近縁な諸言語の総称である。バタク文字は,すでに日常的には使用されなくなったが,学校教育の中でわずかに文化史教育の一環として教えられている。以下,柴田(2001)による。
スマトラ島には,インド系文字が広く分布し,バタク文字を始め,クリンチ(Kĕrinci)文字,ルジャン (Rejang)文字,ランプン文字(Lampung/Lampong)などが用いられ,これらを「スマトラ文字」と総称する。スマトラ文字の起源となったのは,パッラヴァ (Pallava) 文字である。この文字は,4 世紀頃から 9 世紀末まで南インドに存在した同名の王朝に由来する,南方ブラーフミー (Brāhmi) 文字,あるいは,タミル(Tamil)文字の系統に属する。後に,スマトラ文字を廃用に追いやった原因は,住民のイスラム化ないしはキリスト教化である。長らくイスラム化しなかったバタク人がキリスト教化(プロテスタント)したのはようやく 19 世紀に入ってからである。19 世紀末から始まったオランダによる初等教育は,ローマ字の普及を促進し,スマトラ文字の余命を消し去った。
変種の字体
バタク文字は,それが表記するバタク語の変種に対応して,カロ変種,トバ変種,ダイリ変種,シマルグン変種,および,最も古いと考えられているマンダイリン変種などの変種がある。各変種間の字体の差は小さい。次に示す各種変種の例文は,Tuuk (1971) から引用した。
カロ変種
バタク・カロ語 (Batak Karo) は,スマトラ島の中部および北部地域で、約 60 万人に話されている。
トバ変種
バタク・トバ語 (Toba Batak) は,スマトラ島北部、主にトバ湖の西側で約 200 万人に使用されてい。
ダイリ変種
バタク・ダイリ語(Batak Dairi language)は北スマトラ州で話約 120 万人に話されている。
シマルグン変種
バタク・シマルングン語(Batak Simalungun language)は北スマトラ州で約 120 万人に話されている
マンダイリン変種
バタク・マンダイリン語(Mandailing language)は北スマトラ州,リアウ州,西スマトラ州島で約 110 万人に話されている
文字組織
バタク文字は,音節文字で,自立的な「字母」と付属的な「符合」からなる体系である。字母は,内属母音(inherent vowel) /a/ を含んだ音節 /Ca/ (C は子音)を表記する。内属母音以外の母音は,字母につける符号によって表記する。ただし,母音のみの音節 /i/ および /u/ を表記する特別な字母がある。また,符合の一種である,内属母音抹消符合(U+1BF2 BATAK PANGOLAT)を使って, /C/ のみを表記することができる。下記トバ語例文の行頭の /halak/ を参照。
/C1 VC2/ 型の音節を表記するとき,母音を表記する符合は,/C2/ を表記する字母に添えて書かれる。筆順に従えば,〈C1 + C2 + V〉の順序に字母と符合を配列することになる。例文の 3 語目 /pogos/ は,(pa + -o + ga + sa + -o + U+1BF2)と書かれる。〈pa〉は,〈-o〉によって内属母音を置換して〈po〉となり,〈sa〉に続く〈-o〉は〈ga〉の内属母音を置換して〈go〉となり,〈sa〉の内属母音は〈U+1BF2〉によって抹消されて〈s〉となる。
バタク文字は,伝統的には,各行は下から上へ,次行は前行の右に書かれた。伝統的な書き方では,各文字は,先に示した字体を左へ 90 度回転した形で書かれる。読むときには,そのまま読んだり,書いたときの位置から右へ 90 度回転させて読んだ。このような書き方は,かつて竹筒が最も普通の書記材料であり,書記官は竹筒を体に垂直に保持し,手前から向こうへとナイフを使って文字を刻んだことによる。
バタク文字文例
「マルコによる福音書1, 1-4」[【出典】Eugene A. Nida ed. (1972) The book of a thousand tongues. (United Bible Societies) p. 122. 文例は非ユニコードフォント Unduh Font Batak: Toba, Variant を使用して出力。] |
バタク文字入出力
ユニコード
バタク文字のユニコードでの収録位置は U+1BC0..U+1BFF である。使用フォント:Noto Sans Batak
注
- 柴田紀男 (2001)「バタク文字」河野六郎, 千野栄一, 西田龍雄 編著『言語学大辞典 別巻 (世界文字辞典)』三省堂, pp.734-741.
- Tuuk, H. N. van der (1971) A grammar of Toba Batak. (The Hague, Nijhoff)
関連リンク・参考文献
- Batak script
- 中西コレクション(国立民族学博物館)バタク文字
- Omniglot Batak
- ScriptSource Batak