原カナン文字 英 Proto-Canaanite script 原シナイ文字 英 Proto-Sinaitic script
原カナン文字という名称は,主に 20 世紀になって上エジプトやパレスチナの各地から出土した,前 19 世紀から前 11 世紀前半のものとされる,土器・陶片・銅器などに見られる線形子音文字(linear consonantal scripts)の総称である。この時代と地域,字形などから推定して,セム語族に属するカナン語を表記したものであろう。カナンとは現在のシリアおよびパレスチナ地域の古称であるから,「原パレスチナ文字(proto-Palestinian script)」ともいわれる。[松田 2001a]
文字構成
この文字体系は 30 個足らずの字形が互いに弁別できればよかったから,字形は具象的なものから抽象的なものへと少しずつ変化し,北部のパレスチナ地方ではフェニキア語の子音音素を書き分けるのに必要かつ十分な 22 個の字母をもつ文字体系となり,前 11 世紀の後半頃には左向きの横書きという書字方向も固定するに至って,フェニキア文字へと脱皮したものと考えられる。[松田 p. 400]
原カナン・フェニキア文字表
原カナン文字サンプル
Первые 2 группы памятников [Unknown / Public Domain / 出典] |
ワディ・エル・ホル刻文
上エジプトの古代都市テーベ(Tjebes)の遺跡「王家の谷」に近い砂漠で 1998 年,ワディ・エル・ホル(wādī al-haul)洞窟の石灰岩の壁に下図のような前 19 世紀のものと見られる刻文が 2 種類発見された。その字形は原シナイ文字に酷似しており,初期原カナン文字の最古の,したがって,最古のアルファベット文字資料となる。[松田 pp. 400-401]
ワディエルホルの碑文 [Pulic Domain / 出典] |
古代の要塞都市 Khirbet Qeiyafa の発掘調査で発見された,5 行のテキストが書かれた 15×16.5cm のオストラコンである。ヘブライ大学の考古学者 Amihai Mazar は,この碑文はこれまで発見された原カナオン語テキストで最も長いと述べた。オストラコンと同じ箇所で見つかったオリーブ片の炭素 14 年代測定と土器分析により,約 3000 年前(紀元前 10 世紀)の年代が提示された。[Wikipedia: Khirbet Qeiyafa ostracon]
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原シナイ文字
シナイ半島のサラービート・アル=ハーディムで発見された,青銅器時代中期 (紀元前 2000 年-紀元前 1500 年) の年代と推定される少数の刻文に使われている文字。
この略画的な線文字は当初から,字母の種類が少ないことから「アルファベット的」なものであろうということ,さらに,シナイ半島で出土したことから,この刻文はセム語の 1 方言を表記したものであろうと想像されていた。まず,1915 年,英国のエジプト学者ガーディナー(Alan H. Gardiner)により,エジプト聖刻文字の影響を受けつつ頭音方式で作られた文字であろうと推定され,その後,1966 米国のオルブライト(W. F. Albright)により,頭音方式による子音文字であることが具体的に再確認された。[松田 2001b]
文字構成
原シナイ文字表
原シナイ文字 [حسني بن بارك / CC BY-SA 4.0 / 出典] |
原シナイ文字サンプル
原シナイ文字の例。左上から右下へ読み、mt l bʿlt(バアラト (女神) へ)と読まれる可能性がある [Unknown / Public Domain / 出典] |
注
- 松田伊作 (2001a)「原カナン文字」河野六郎 [ほか] 編著『言語学大辞典 別巻 (世界文字辞典)』三省堂, p. 397.
- -- (2001b)「原シナイ文字」河野六郎 [ほか] 編著『言語学大辞典 別巻 (世界文字辞典)』三省堂, p. 401.
関連リンク
- 原カナン文字
- Omniglot: Proto-Sinaitic / Proto-Canaanite